第15話 - 労働街エナハ 英雄参集

 爆発が起き、周囲が爆煙に包まれた。

 食堂に集まっていた労働者たちは、もんどりうって、叫びながら外に逃げていく。

 大砲が直撃したかのような轟音が響いていた。通常の人間ならひとたまりもない、火炎の一撃であったが。


 爆煙が晴れたそこには、レウとシャロの姿はなく。

 遠くのほうに、レウがシャロを抱えて、飛び退っているのが、見えた。見る限り、大したダメージは負っていないようである。


 火炎を放った男が、にんまりと笑う。


「ははっ! ここで終わりなんて、そりゃつまらねえよな! そうこなくっちゃ!」


「おい、あのバカは誰だ! 黙って闇討ちすりゃしまいだったじゃねえか!」「ありゃ、Bランクパーティー《太陽の旅団》だ! 頭が茹で上がったアホの集団だよ!」「こうなりゃ、俺らも出るしかねぇ。様子見は終わりだ、野郎ども」「目標の奪い合いだ」「女は生け捕り、男は殺せ、だな」


 突然の攻撃。緊急事態に際して、多くの労働者が逃げ出す中、食堂の中に居座る奴らがいた。

 快活な男の集団のほかに、ゆらりと立ち上がり、レウとシャロに殺気立った視線を送る奴らが――数十人。


 それら全てが、冒険者。

 彼らは、武器を取り出し、戦闘態勢に入る。


 ――お前らにこれより、安寧はない!

 ――世界中の猛者に、お前らを殺す大義と名分が与えられたのだ……!


 ダイオンの言葉が蘇る。この状況の説明は、一つしかない。

 昨日の今日で、ギルドが、レウとシャロの討伐の依頼を、出したのだ。


「クエスト達成で、高額の報酬と、無条件の一ランク昇格。人数制限はなし。はははっ! こんな条件、みたことねえよ! お前ら、どんな恨みを買えばここまでギルドに構えってもらえるんだ?」


 快活な男がそう言って、笑った。

 レウはそれに答えない。否。答える暇がない。

 全方向から飛ばされる殺意に備えなければいけない。

 シャロの小柄な体を引き寄せ、守ろうと身を固める。

 どこから、誰が、仕掛けるか、わからない。そんな時。


 天井が、崩れ落ちた。

 その穴から――真っ赤な装備に身を包んだ男が飛び下りてきて、手のひらを構える。


「ここは、予想外だろう! 【火炎槍】発動!」


 そう叫んだ瞬間、火炎の槍がレウに放たれた。まさかの不意打ちにレウは――素早く上に視線を向け、神速の剣捌きで迫りくる火炎を斬り捨てる。


「ごめんよ!」

「え、ぎにゃ!」


 そしてすぐに、シャロの肩に手を当て、彼女を踏み台にして、空を飛んだ。

 天井の穴から落下してくる男は驚愕をする。空中で獲物となったのは、奇襲をした側であった。

 弧を描いた白刃が、男を斬りつける。絶叫と共に、そいつは、血飛沫をまき散らしながら逆のほうへ飛んで行った。


「それはもう、昨日見たんだよ」


 ほどなくしてシャロの元に降り立つ少年。

 だが、この一連の攻防の隙に、取り囲んでいた冒険者たちが一斉に動き出し、レウに攻撃を始めていた。


「《暴虐愚連隊グロテスク・アーミー》! 出番だテメエら!」


 勢いよく、一人の男が飛び出した。先ほどの赤い装備とは違う、暗い色の衣装を身にしている。

 その男が両手に持った剣で、乱舞するような連撃をレウに浴びせる。

 両腕が青白く光っており、なにかしらの強化魔法が発動していることが推測できる。


「全員が二刀流! 全員が一級の身体強化魔法の持ち主! 残酷で鳴らした血の嵐を御照覧あれ!」


 まともに受けた時点で、連撃を捌くのに手いっぱいとなるだろう。

 これだけの多対一だと、それは致命的な隙となる。


 だからレウは、二振りの刃の嵐の、針の穴のような間隙に、己の剣を静かに振るった。

 剣の切っ先は男の両手の指を刎ね飛ばし、二刀が零れ落ちる。


「がぁあああ……!」

「情けねえ! 下がってろ!」


 そして、同じような暗い色の男が三名同時に、レウに襲い掛かった。

 剣、鎌、戦槌。多様な武器のどれから打ち合うか一瞬思考した、その時。


「【火炎の拳撃バーニング・ハンマー】!」


 あの快活な男の声が響き、レウや襲い掛かる三名の冒険者共々、爆炎に包まれた。


 この場にいる、全員共通の目標が、レウだ。

 だが、だからといって彼らは味方同士ではない。

 むしろ、一つの首を奪い合う、ライバルでもある。

 隙を見せたが最後。同じパーティーでない者の無事など気にせず、攻撃が叩き込まれるだけだ。


「はーっはっはっは! 今、隙を見せたなぁ、レウとやら!」

「ゴホ! ゴホ! てめ、《太陽》の! 無茶苦茶しやがるぜ、こいつ!」


 周囲の冒険者が、立ち昇る爆煙を払う。

 そして、今度こそ、あの少年の肉体は焼け焦げているだろうと誰もが確信する。

 しかし――煙が晴れると、そこには、レウに襲い掛かった三人の男たちが壁のように連なり、二人を爆発から守っていた。

 よく見ると、彼らの喉に、揃って、美しい真一文字の傷が刻まれていたのだ。

 レウは、火炎が届く前に、三人の喉を一瞬で掻き切り、物言わぬ肉の塊に変えた。

 そして、強引に腕や服を掴み、即席の肉の盾にしたのだ。


 用済みとなった盾を蹴り飛ばすレウ。

 そして彼は、シャロに手を伸ばした。


「シャロ。とりあえずな、ここから抜け出すぞ。……手を放すな」


 シャロは黙って、差し伸べられた手を握る。

 そして二人は、強く、互いの手のひらを握りしめた。


 そのまま、シャロを引っ張るようにして、レウは真っすぐに駆け出す。

 その先は――火炎をまき散らす、快活な男。

 そいつは、実に嬉しそうに笑う。


「そうこなくっちゃなぁ! レウ! 【火炎の拳撃バーニング・ハンマー】!」


 再び炎の衝撃が襲い来る。が、彼はまだ、わかっていなかった。

 そんなものは、魔崩剣にとって、何の脅威でもないのだ。


 レウの剣が滑る。

 あらゆるものを、燃やし壊す火炎の魔法は、少年の一刀のもとに切り崩され、形を失った。

 

 炎を越えた二人は、火炎の男のすぐ近くまで近づく。そして、レウの剣が、閃いた。

 その男の胸元がばさりと、斜めに大きく切り裂かれる。


 そのままバランスを崩す男。地面に倒れるかと思いきや。

 がしりと。最後の力を振り絞って、レウの胸倉をつかんだ。

 そしてそいつのもう片方の手には、再び燃え盛る魔法の炎が。

 血を吹きこぼしながら、男はにんまりと、笑う。


「【火炎のバーニング・】」


 今際の一撃はしかし、レウに放たれることはなかった。

 先ほど閃いた刃が翻り、レウの胸倉に伸びた腕を、一撃で斬り落とした。

 そして、炎の拳がこちらに振り下ろされる前に、レウは男の足元を蹴った。

 男は転び、発動していた魔法は明後日の方向に飛んでいき――食堂の壁を破壊した。

 そのまま彼は、満足そうな笑みを浮かべ……目をゆっくりと閉じた。


 悲鳴が聞こえる。その男の名を呼ぶ声が聞こえる。だがレウは意に介さず。

 決して放さなかった手を、また強く握り。


「行くぞ」


 といって、食堂の穴から外に飛び出した。

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