第4話

 「何なんだあれは! 図々しいにもほどがあるよ」

 センター長の近藤幸次郎こんどうこうじろうが苦虫を噛み潰したような顔で事務室に戻ってきた。週明けに、事の顛末を打ち明けた結果がこれである。

 明日香の作ったものを自分が作ったと偽って手作り市に参加していたのは、明日香の言った通り、彼女のママ友の仰木千佳おおぎちかだった。

 ばれないとでも思ったのか、はたまたこの前の売り上げが相当良かったのか、彼女は何食わぬ顔をして再び参加を申し込んできた。そこで近藤は「ちょっと聞きたいことがある」と申し込みに訪れた彼女をセンターの会議室に連れて行ったのだ。美沙も、渋る明日香を電話で呼び出して半ば強引にその場に同席させた。これなら千佳も言い逃れはできないだろうと踏んだものの、彼女にとっては屁でもなかったようだ。

 千佳曰く、明日香の作品はもっと評価されるべきだから、自分が代わりにこうやって販促の機会を設けているのであって、褒められこそすれ非難されるいわれはない。むしろ世渡りが下手な明日香はマネージメントを買って出た自分に感謝すべきだ。材料費と売値の差額は、自分が受け取るべき当然の報酬である。だから明日香は黙ってもっとたくさん作品を作るべきだ云々……。自分勝手な主張をマシンガントークでまくしたて、近藤に口をはさむ隙すら与えなかったという。

 対する明日香は、ただ黙ってそこにいるだけだったらしい。そういえば、美沙に声をかけてきたときも、蚊の鳴くような小さな声だった。美沙自身、まだ美弥が幼かった頃のママ友付き合いでは、気の強いボス的なママに手を焼いた記憶がある。明日香の性格を考えれば、千佳の勢いに押され、何一つ反論できなかったことが容易に想像できる。

 結局のところ、千佳は次の手作り市にも参加すると言い張り、明日香にはそのための作品を一つでも多く作るように依頼した。いや、依頼というより強要と言ってもおかしくなかったと近藤は憤る。

 「じゃあ、結局はまた参加を許すんですか?」

 「癪に障るが、あの奥さんも一緒に出店すると決まったからな。でも、その次はない。今までは先着順で決めていたが、次からは抽選にしよう。出店希望者が多いから抽選……ということにして、次の次の回からは締め出すしかないね」

 忌々しげにそう言うと、近藤は美沙が差し出した茶を飲んで一息ついた。なるほど、それなら抽選に落ちましたという口実で彼女を除外することはできるだろう。とはいえ、それが一時しのぎでしかないのも承知の上だ。

 「あの奥さんもなぁ~。もっとガツンと言ってもバチは当たらないだろうに……」

 「この調子だと、もしかして勝手にネット販売もしているかもしれませんね。いっそのこと、税務署に密告しましょうかね。どうせしこたま荒稼ぎしているんじゃないの?」

 池上も憤懣やるかたないといった風情で口をとがらせる。

 「ただなぁ……ちょっとあの奥さんも最後には妙な態度だったんだよ」

 「――というと?」

 「うん、ちょっと笑ってさ。『いっぱい作るからいっぱい売ってね』って言ったんだよ。妙な薄笑い浮かべてさ」

 美沙はふと、先日の会話を思い出していた。


 「この刺繍は、うちの田舎で代々伝わっている伝統的なものを、自分なりにアレンジしてデザインしています。単なる模様に見えるかもしれませんが、実はいろんな意味が込められているんです」

 明日香は手提げ袋の中から、小さいポーチやハンカチなどを取り出して見せた。手作りらしいそれは、色も形もさまざまだが、美弥のそれと似たような刺繍が施されている。

 「このポーチは化粧品が入っているんです。それで、白粉花おしろいばなをかたどった紋様にして美を祈願する意味を込めています。こちらのハンカチの波のような紋様は、漁師が水難除けのお守りに刺繍していたものです」

 「じゃあ、このバッグとナプキンは、どういう意味なんですか?」

 美弥が自分のそれを指して訊ねた。

 「ああ、これは……食べるものに困らないようにというおまじないの紋様と、家族円満というおまじないの紋様を組み合わせたものなんです」

 道理で……と美沙は納得した。あれだけ反抗的だった娘と、今ではすっかり仲良くなり、毎日のお弁当をおいしいと食べてくれる。おまじないの効き目がどれほどのものかは分からないが、少なくとも橋本家にとっては、確実に効果があったということだろう。

 考えたくはないが、彼女が刺繍に込めた「おまじない」は、そのまま「呪い」につながるのではないだろうか。ふと、そんなことを考えてしまったのである。

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