第2話
ご飯にふりかけ、卵焼きに唐揚げ、茹でたブロッコリーはゴマ油と塩少々を絡めてナムル風にした。これならマヨネーズが無くても味が付いていておいしく食べられる。ちょっとだけ空いたすき間には、ベビーチーズとミニトマトをピックで串団子のように刺したものを押し込んで何とか体裁を整える。
「ま、こんなもんかね」
美沙は小判型の弁当箱を、先日買ってきたナプキンの上にのせてみた。寒色は食べ物に似合わないというが、どうしてどうして。濃紺の布にカラフルなお弁当箱の対比が美しく、SNSに上げたくなるほどだ。
やっぱり買って正解だった。色もデザインも、お弁当を一層おいしそうに見せてくれる。弁当箱の蓋を閉じてナプキンで包むと、ミニバッグに収める。
今日から娘の高校生活が始まる。どうか三年間、お弁当をおいしく食べられるように。それが母としての願いだ。もちろん、良い成績を取ってほしいし、部活動などにも積極的に参加してほしい。しかし何よりも、本人にとって楽しい高校生活を過ごして欲しいのだ。それでなくとも、何かと悩むことの多い年ごろだ。食事も喉を通らないような目にはあってほしくない、それが偽らざる親心だろう。
「ママ、ありがと。おいしかった」
美沙は耳を疑った。このところ、口を開けば生意気な憎まれ口ばかり叩く娘が、そう言って空っぽの弁当箱が入ったミニバッグを返してきたのだ。
「そう……良かったわ。明日は何がいい?」
「何でもいい」
張り合いがない返事を……と軽くへこんだ。が、その先があった。
「ママの作るの、何でもおいしいもん。だから何でもいいの」
「……え?」
「あー、ごめん。ヨっちゃんからLINEきた。そんじゃ、そういうことでね」
スマホ片手に言い訳がましく早口でそう言うと、美弥は慌てて二階の自室に逃げて行った。
「ふふっ……」
LINEを口実に照れて逃げ出したのだろう。生意気な口をきいていても、やはりまだ子どもなのか。いつになく素直なリアクションに、美沙は胸の奥がじんわりと温まっていくのを感じた。
「ねぇママ、卵焼きにマヨ入れるって本当?」
「そうだね。マヨの油分が、卵をふっくらさせる効果があるからね」
「酸っぱくないの?」
「ないよ。味がわかるほどは入れないからね」
「ふーん……あ、なんか手伝う?」
「あら? じゃあ、そのジャガイモ洗ってくれる? タワシでごしごしやっていいから」
「うん、いいよ。これで何作るの?」
「この前ネットで見た、ハッセルバックポテトだよ。パパのビールのアテにも良さそうでしょ?」
「あー、それ見たことある! おいしそうだよね~」
最近の美弥は、何かと台所に入ってきては、美沙の料理にいろいろと質問するようになってきた。それだけでない、以前は、手伝いも拒んでいたのに、自ら手伝いを買って出るほどだ。以前と比べて刺々しさが減り、美沙にとってもストレスが軽減されている。
きっかけは、やはり弁当だろうか。初日のメニューは、確かに彼女が好きそうなものを入れたが、それが予想以上に好評だったようだ。
喜んで食べてくれるなら、作る側も張り合いが出るというものだ。もちろん、仕事や家事に追われ忙しい身の上だ。時には冷凍食品の詰め合わせみたいになる弁当でも、美弥は喜んで完食する。
弁当だけではない、最近は一緒に夕食を作りながら、他愛ない話で盛り上がったりする。クラスメイトに韓流スターによく似たかっこいい男子がいること。語尾が必ず「んね?」と言う、変な口癖の社会科の先生がいること。体育の時間に、どこかの犬がグラウンドに乱入してきて大騒ぎになり、授業どころじゃなくなったこと。
「――でね、何とか先生が保護して飼い主さんに引き渡したのに、その日の夕方にまたやってきて、今度はサッカー部の練習に乱入して一緒にボール追いかけていたんだもん、笑っちゃったよ~」
一時は小憎らしい態度ばかりで、我が娘ながらほとほと手を焼いていただけに、今の関係は本当にうれしい。
「そういえばさ、ママの買ってくれたお弁当用のバッグとナプキン、素敵だよね。最初は地味だなぁって思っていたけど。友だちにもどこで買ったのって聞かれたんだ」
「手づくり市だよ。ほら、ママの勤め先。毎月やっているでしょ」
「あー、あれかぁ」
あの日、スタッフとして参加していた手作り市。昼休み休憩の際に、何気なく売り場を見て回っているときに見つけたのは、まさにグッドタイミングだった。
「確かに、今ってハンクラが流行っているよね。インスタとかでも、手づくりのピアスとか上げている人いるし。今度、あたしも見に行こうかな」
「そうね、また同じような物が売っていたらいいね」
美沙も、またあの売り子の女性に会いたいと思っていた。あのミニバッグのおかげで、娘とも良い時間を過ごせるようになったことを伝えたいのだ。
また参加して欲しい。会って礼を言いたい。そう思っていた。
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