第6話逃亡

表情が変わった。

「おい」

車を走らせながらそう言った。

僕は察した。

数分後近くの公園の駐車場に車を停めた。

エンジンを切る。

車内のライトやナビの光は消え暗闇に満ちた。

 顔はあまり見えないが、おそらくこちらを睨みつけている気がする。

すると父は深いため息と共に無言で僕を一発殴った。

ボコ(殴り音)

 分かっていたがさすがにいきなり殴られると頭がくらっとくる。

そして喋りながら拳を振るい始めた。

「ったく、めんどくせぇんだよ」

ボコ(殴り音)

顔にヒット。

「ご、ごめんなさい」

「うるせぇ」

舌打ちしながら殴る。

何度も殴る。

痛い。

一応少しだが腕で顔をガードしている。

抵抗ではない、自分を守るため。

ドス、ボコ(殴り音)

箇所によって音はそれぞれ違って聞こえる。

顔に当たれば勿論痛いが、上手くガードできれば軽減できる。

ずっと防御できればなんとか乗り切れるかもしれない。

しかし、そのような時間もすぐに終わった。

「何ガードしてんだよ」

そう言い腕を解き思いっきり僕の顔に殴った。


そろそろ夜明けが近い。

何発殴られただろうか。

引っ切り無しに殴られていた訳ではない。

時折何か喋っていたが聞いていなかった。というのも僕はずっと謝っていたからだ。

そして段々と皮膚の感覚が可笑しくなってきた。

顔はおそらく腫れているだろう。

父は横で煙草を吸っており、今は束の間の休息というやつだ。

すると吸いながら父は喋り始めた。

「お前、死ぬか?」

「え?」

急な発言に僕はぞっと背筋が凍った。

それと同時に今まで感じてこなかった焦りと不安を覚えた。

「冗談だっつーの笑」

笑いながら言った。

少しだけ安心した自分がいる。

しかし、このままだと時間の問題だろう。

いつか本当に殺されるに違いない。

どうする自分。

 気が付くと父は煙草を吸い終え、飲み残していた缶コーヒーを飲み干しそこに吸い殻を捨てた。

このまま後半戦突入か。

しんどい。

母はこれを毎日味わっているのか。

何とも言えない感情になった。

普通なら悔しいと思い父を憎むはずなんだろう、しかし僕はその感情とは少し違う気がする。

昔の家庭、普通の生活に戻りたいだけ。

確かに少しは父に対して憎しみの感情を持っている。

だが、前の生活に戻れれば僕はそれでいい。

「おい、お前これ捨ててこい」

しかし、どうすればいいのだろうか。今の自分にはただ殴られる事しかできない。

父の暴走を止めれればきっと元の生活に戻れる。

きっと母も喜ぶはず。

「おいっ!聞いてんのか!」

ボコ(殴り音)

顔を殴られた。めまいがする。

どうやら喋っていたようだ。

「す、すいません」

「チッこれ捨ててこい」

そう言われて吸い殻の入った空き缶を渡された。

「分かりました」

車のドアを開け公園のゴミ捨て場に歩く。

外は徐々に明るくなり、東の空は曙色になっていた。

歩きながらふと思う。

『お前、死ぬか?』

冗談だとしても実の子供に言うことだろうか。

そもそもだが、何故僕だけこのような待遇を受けなければならないのか。

いや、もしかしたら僕と同じ境遇の人もいるのだろう。

もし居たらその人はどう思っているのだろうか。

何を願っているのだろうか。

普通とは実に不思議だ。


ゴミ捨て場に到着した。

そして空き缶を捨て車に帰ろうとした。しかし、驚くことに足が止まっていた。

体が拒んでいる。

自分でも分かっていたはずだ。

このまま戻っていいのか。

また殴られるに違いない。

自分に問いかけた。

「すうぅ....」

ゆっくりと大きく深呼吸した。

今日の出来事や今までの出来事を全てを思い出す。

「ごめん、母さん」


気が付くと僕は逆の方角に歩いていた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る