第13話 教えて! 「いい男」

「あー、ゴホン。気を取り直して、ちょっといい?」


 ルサがひとしきり彼の叔父について話し終わったとき、ナリリアが手を挙げていった。真面目なのは血筋のようだ。


「つまり、ルサ姫の理想はその叔父さんってことかしら?」

「いえ、そういうわけでは。中身は多分兄上たちと同じ感じでしょうし。あくまで観賞用の推しです」

「あれ……さっきからルーアンの扱い酷くない?ルサも同類なのに!」

「それら含めて皆の良さです。でも、恋愛したいかって言われると、ちょっと……大変そうじゃないですか」


 うんまあ、確かに……と、ナサは納得した。そもそもこの顔でありながらそういう理由でルーアン家の人間はモテない。だからこそ、国が……というか、人間が滅ばずに済んでいるのである。


 もしルーアン家が完璧人間ばかり輩出する家であれば、今頃世界は男だらけになっているだろう。いや、すでに子孫を増やせなくなった人間は絶滅しているかもしれない。


「なるほどねえ。まあ、おすすめできるいい男ならいっぱいいるけれど、そもそもの第一条件は何?」

「えーっと……顔はどうでもいいんですけど、性格として、婿舅問題になるような悪い感じの人は嫌です。あと、大量出血に耐えられる、お兄様たちのような丈夫な体の持ち主が嬉しいです」

「それだと、貴女の兄さんしか当てはまらないわ。そんな丈夫なのは、基本裏社会にしかいないわよ。出血に関しては私も聞いてるけど、慣れるっていう選択肢はどうかしら? ナイスガイなら多分いけるわよ」

「本当ですか?」

「ええ。じゃあそうねえ、近場が良いわよね。よし、私がおすすめするいい男は……この人よ」


 エクスピリア王国、十三王女ナリリア。顔ではなく、性格と生き様で選ぶ真のいい男好き。そんな彼女がルサにおすすめしたのは、コック姿でダンディーな、四十代くらいのオジサンだった。


「彼の名前はボーノ。訳あって苗字は無いそうよ。ここの城の料理長で、私の初恋の人。この城一番のいい男よ」

「素敵なオジサマですね。私、早速行ってみます!」


 ナリリアのファイルを抱えて、ルサは彼女の部屋から飛び出した。


「ルサ、待ってよ〜」


 あっという間に見えなくなったルサを追いかけるナサは、人の家だというのに、迷うことなく城の調理室へ向かっていた。


「なあ……ルサ姫って、俺たちと結婚する気無いのかな?」

「今更だな。まあ……どうなんだろう」

「何とも言えませんね」


 セカント王子がため息を付く。ルサが可愛いのは良いとしても、明らかに気にされてなさすぎる。


「もしかして僕達、魅力ないのかな……」


 フォーセ王子がボソッとこぼした。


「な、な、な、なんだと……!?」

「たしかに、ルサ姫の叔父君と比べると、……そうかもしれません」

「よし。男を磨くぞ」


 フィアスト王子を先頭に、王子たちは歩き出す。向かった先は城一番のいい男、コックのボーノのところである。


 ♡♡♡


「王子様方。どうなされた」


 彼らが初めて会ったボーノは、それはそれはナイスガイだった。


 かくかくしかじか、と説明すると、ふむ、とカッコよく唸ってから答えてくれる。


「大切なのはなぜルサ姫を振り向かせたいのか、ということです。自分の魅力を誇示するためではなく、それ以外の目的があるはず。それにまっすぐ進めれば、精一杯の努力ができるのではないですか」


 低くて渋い、ナイスな声。ダンディでかっこいいけれど、優しさの滲む表情。微かに微笑んだ目尻による笑い皺。


((((勝てない……))))


 王子たちは敗北を喫した。だが、ボーノは彼らに道を示した。そう。自分たちは、国のために、そしてまあ自分の恋心というもののために、ルサを振り向かせようとしているのではないか。それならば、魅力だけではなく、内面、能力、全てを磨いてルサに見合う男になろうじゃないか。そうなってからこそ、自分たちはルサにアタックする機会を、いや資格を得るというものだ。


 頑張ろう。


 決意を新たに、王子たちはとりあえず各々の執務に戻っていった。


 一方。


「お客さん、帰りましたか?」

「ああ。で、お嬢さん、何の用だ? というか、さっきの兄ちゃんは?」

「兄上には席を外していただいているんです。ちょっとその、デリゲートな相談をしたくて」


 ぽっと顔を赤らめるルサ。もちろん、誰の目から見てもかわいい。しかしボーノはいい男、それを顔に出したりはしないのだ。


「俺でよければ聞こう」

「私は……その、恋をしてみたいんです」

「ほう」

「ただ、それができる自信がありません。私はたぶん、元来男性が好きなタイプではないんです。でも、女性を好きになれるとも思えなくて。たとえ恋をしても、実らないのがわかっているんです」

「お嬢さんのような素敵な女性が。なぜと聞いてもいいのか」


 さすがボーノ、ルサの告白に変な反応を示さない。ルサはちょっとだけ、この人に恋をしたいと思った。


「はい。私は……いえ、僕は、男の子なんです。でも、男の子じゃないんです」


 ルサはだいたいの事情を話した。ボーノは驚いたものの、どうやら受け止めてくれたらしい。


「ふむ。俺が思うに、恋には大きく分けて2種類あると思うんだ。どっちがいいとかそういう話じゃないが、俺が経験したのはその2種類だ」


 ボーノの恋……気になる話題だが、どうやら彼が伝えたいのはそれではないらしい。


「1つ目は、鮮烈な恋だ。一目惚れとか、そういう感じのものだな。そういうのは狙ってできるものじゃないが、大きな恋の形だ。もう一つは、友達として付き合って、それから恋に発展すること。あんたには、これが向いていると思う」

「じゃあ、僕がするべきは、友達を作ること……?」

「そうだな。まあ、まずは身近な人に、友達になろうと言ってはどうだ」

「身近な人……。心当たりがあります。ありがとう、ボーノさん」


 ルサは満面の笑みを浮かべた。彼女(彼)が向かったのは、王子達の執務室である。

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ルーアン家の姫様 鷹司 @takatukasa

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