第12話 ルーアン顔
「で、色々一段落したわけだけど、ルサはどうしたい?」
数日後。行う予定だった結婚式を急遽婚約パーティーに切り替え、色んな所への説明を終わらせて、ルサと王子たちは同じ部屋で、まったりした時間を過ごしていた。
なるべく接触が多いほうがいいだろうということで、城の中に5人(使用人は居る)で過ごす空間を与えられたのである。
しかし、そこに異物が混じっている。
「そうですね。長期的な目標としては、やはり恋がしたいです。甘酸っぱい恋って、いいですよね。王妃様も、すっごく幸せそうですし」
「そうか。ねえ君、女の子好き?」
「え、俺? もちろん好き……です?」
「あ、敬語? いいよいいよ、同年代だし」
「じゃあ、それで……?」
ルサの隣でソファに腰掛けるナサを、話しかけられたシアド王子が訝しげに眺める。
帝国の、恐らくは税金で買ったであろうクッキー。律儀にそれに手を出すことはせず、持ってきた羊羹で我慢しているあたり、さすがに王妃は教育がしっかりしているようだ。
が、そもそもの前提からして間違っている。
「なぜ、ナサ殿はここに居られるのか?」
真面目なフィアストが聞いた。
「じゃんけんでグーを出したからだね」
やはり前提からして間違っている。慣れていない王子たちが、どうツッコむか思案している間に、話は進んでいった。
「で、誰かルサにおすすめの女の子はいないかな?」
「おすすめというか……彼女は同性愛者なのか?」
「あれ、そうなの?」
「私はどちらかというと、どっちもですね」
「どっちもかあ。じゃあ、女の子の方はシアド君に任せるとして、男の人が好きな王子はいるかな?」
「うーん、ルサ姫を迎えている時点でそうなんですが、私たちは皆女性が好きですね」
セカント王子がやさしく言った。彼は比較的動揺していない方である。
「そうだな。男に詳しい人間など私達の身近には……」
難しい顔で考え込むフィアスト王子(超真面目)。と、末っ子のフォーセ王子があ、と声を上げた。
「イケメン……というより、いい男に詳しい人、知ってます。一人だけですけど」
「ほほう。それは一体?」
まあ、そりゃ居ないよねと思っていたナサは、目を光らせた。
「僕の姉です」
年齢が近いから敬語はいらない……つまり自分は敬語を使うべきだ。
そう考えたフォーセは、真面目でピュアな弟である。
♡♡♡
「わーお。これは可愛い花嫁様ね」
噂のイケメンが現れたから隣の国まで偵察に行く、という理由で結婚式を欠席した女傑、それがフォーセ王子の5歳年上の姉・ナリリアである。
彼女は今、自室でアルバムに埋もれていた。そのアルバムは全て非常に分厚く、それぞれ特定の"いい男"のものらしい。
「でしょ? それで、姉上には彼女にぴったりな男性を探してほしいって、ナサ皇子が」
「そう。……ん? あれ、ナサ皇子って、確か顔はいいけど中身がイマイチなルーアン公国5人の皇子の一人の?」
アルバムから出てきたナリリアは、胡乱げにナサを見た。まあ実際、ナサは纏う雰囲気からしてペラッペラである。が、しかし。
「そんなことはありません!」
ルサが憤然として、ナリリアの前に立ちはだかった。
「確かに、ナサ兄様はペラッペラです。しかし、その内面にだって、カッコ良いところも素晴らしいところもあります。例えば、私のために一生懸命になってくれるところとか、出かける前に少しでも他のお兄様の助けになるようにと、仕事をこなしてからくるところとか!」
普段穏やかで可愛いルサが、こんなにも苛烈に可愛く怒っている。帝国の王子たちは、大きな衝撃を受けた。
「ルサ……」
「他のお兄様たちだってそうです。たしかに情けないところはありますし、顔だって結構いいけど物凄く良いってほどじゃありません」
と、雲行きが怪しくなってきた。
「え? あれ? ルサ?」
あら、とノーリアクションで話を聞いていたナリリアがびっくりしたように目を見開いている。一応彼ら、イケメンのはずである。しかも、かなりの。
「あれ、ルサ? なんでそんなことになってるのかな?」
「お兄様。実はこの前、王妃様と一緒に女子トークをしたのです」
「そうなの? もしかして、僕らが仕事してた時?」
「いえ、ごく最近、お化粧教室のティータイムで、です。王妃様は私にある肖像画を見せて下さいました」
ナリリアに話を聞きに行ったはずが、というか怒っていたはずが、なんだか話が変わってきている。
「その肖像画は、私たちの叔父上……メンテのお父上とのことでした。私たちの家系は血が強すぎて、双子でも四つ子でも単なる親戚でも、ほぼほぼ同じような顔をしています」
「そうだね。でもメンテの顔からして、普通に叔父上も同じような顔してたんじゃないの?」
ルサの言葉に、ナサが疑問を呈する。
(顔が同じなのは否定しないのか……)
シアド王子は釈然としない。確かに似ているが、そんなに同じなのだろうか。
「それが、全然違ったんです。いえ、顔の作りは同じなんです。ただ、泣きぼくろがあって、その位置と大きさが素晴らしいバランスで……なにより、我々の顔にマッチしているんです。それはもう、物凄く。といっても、兄上たちに落書きをしても表現しきれなかったので、たぶん細かな顔立ちの違いだと思います。
王妃様が見せてくれた私たちの叔父上は、もはや国宝級というより、美の神というより、世界滅ぼす気かな?みたいな美しさでした」
我々の顔というあたり、もはや同一人物みたいな扱いである。
しかし、同様に世界滅ぼす気かな?みたいな可愛さを持っているルサがいうならと、王子たちも俄然興味が出てきた。
そもそも、あまり伸びしろがなさそうな皇子たちの顔が、そんなになるものなのかと。
「で、僕その肖像画を持ち歩いてるんです」
と、ルサは特大ポケット(ドレスなのに何故かついている)に手を入れた。
(なぜ持ち歩く!?)
そもそも肖像画なんて大きいもの、持ち歩くにも不便だろう。そう思案したシアド王子は、ふと違和感に気づいた。
(なんだろう、なんかおかしいような……いま一瞬、何かありえないことが起きなかったか?)
そう。普通にありえないサイズのポケットも、保管が厳重すぎる肖像画も、十分異常だ。
しかし、それらを超える違和感が、確かにあったはずなのだ。だが、あまりにも自然すぎて気付けなかった。
「さて、これを見てください」
それは写真のような、おそらく極めて正確にその男性の姿を写した肖像画だった。
ルサが可愛い形が整った右手の薬指で、男性の右目の下を隠している。おそらくそこに泣きぼくろがあるのだろう。
そこに描かれて(写されて)いたのは、皇子たちとは違う人物だとなんとなくわかるものの、なるほど確かにほとんど同じ顔をしたルーアン顔の男性だった。やはり結構イケメンだが、普通のルーアン顔である。
「皆さん覚悟は良いですか?」
ルサのあまりに真剣な口調に、皆思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
「……いかがでしょうか」
そう、おそらくは位置と大きさのバランスと、そして彼だけが持つ顔立ちの特徴なのだろう。
彼らは絶句した。一目見てその美しさに絶句した後、そっと視線をそらした。これは多分、アレだ。最高に可愛らしく微笑んだときのルサみたいな、見ちゃいけないものなのだ。
ルサのように致死性ではない。だが、そう長時間見つめていることはできない。どうしても。
「すごいでしょう。僕は毎日、これを拝んでいるんです。これを描いた絵師は、写真のように何でも精巧に写し取るという才能を持っているんだそうです」
ルサがその肖像画を直視できるのは、多分ルサも同じ領域にいるからだ。
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