第二章
第11話 帝国の後継者
婚礼の相手を決めるため、順番にルサと面会することになった帝国の王子たち。くじ引きで一番最初を引き当てたのは、シアド王子だ。
しかし彼は、ルサに合うことができなかった。ルサの感情の高まりに伴い、可愛さも増大してしまったため、今会うのは危険だと判断したナイルが面会を謝絶したのである。
というわけで、シアド王子は一言も話さない(名前も知らない)侍女とふたりきりという、奇妙な状況に置かれていた。
「面会謝絶ということは、俺だけ会えないと?兄上たちは会えるのに?」
ナイル――ルイナは、最初の質問には頷き、2つ目の質問には応えなかった。他の王子たちも会えない可能性があるからだろう。
「ねえ君、せめて一言ぐらい話してくれない?」
顔は美人なはずなのに、何故か食指が動かないルイナに首を傾げながら、困ったシアド王子が言った。
「はじめまして」
ビビリなナイルはなるべく話さない。ルサはともかく、ナイルの変装はバレる可能性がある。
「ああうん、はじめまして」
会話が終了した。
「……えっと、とりあえず名前を教えてくれないかな?」
「ルイナです」
無表情でナイルが言う。正確には微笑を浮かべてはいるのだが、社交辞令にすらなっていない。
「可愛い名前だね」
ルイナがペコリとお辞儀をした。王子にとっては気まずい、ナイル的には有り難い沈黙が流れる。
「どうして姫君は俺に会わないんだ?まさか嫌われているんじゃないだろうな?」
ルイナが首を横に振った。嫌われているわけではないとホッとしつつ、沈黙が痛いシアド王子はもう一度会話を試みた。
「で、何故会ってくれないんだ?」
「私の口からは申し上げられません」
長文が出てきたので少し嬉しかった。しかし成果はほぼゼロ、むしろ謎が深まった。
そして日が暮れた。
♡♡♡
「長男のフィアストだ。よろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
フィアストは魅了状態になった!
「次男のセカントです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
セカントは可愛さの意味を知った!
「シアドだ。よろしくな」
「はい、シアド様」
シアドは自分の名前をお気に入りに追加した!
「末っ子のフォーセです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。同い年だそうですね」
フォーセは母親と父親に感謝した!
――翌日、王子たちは四人揃ってルサとの面会を果たしていた。
ちなみに面会謝絶の理由を聞くと、
「その……目元が腫れてしまったので」
と、恥ずかしそうにルサが答えた。ナイルと三人がサッと王子たちの前にガラスの板を突き出し、ルサを守る。
ガラスと王子たちの衣装に、血の汚れが付いた。
鼻血を拭いつつ、王子たちは後悔した。これでは嫌われてしまったに違い無い……と。
しかしルサは、
「大丈夫ですか?これくらいなら貧血にはならないと思いますけど……初めてだともしかしたらがありますから、気をつけてください」
事もなげに鼻血を拭く用と思われる真っ赤なハンカチを差し出した。
ルーアン公国において、ルサの可愛さによる流血沙汰はほぼ毎日のことである。悩んだ時期もあったが、幸せそうに気絶している兄たちを見ていると、その悩みはなくなった。
ルサもまた、ルーアン家の人間なのである。王子たちは、何だか複雑な気分になった。
そして、1週間後。
「えー、それではルサ姫。我が息子たちの中で誰が気に入ったのか、教えてもらいたい」
皇帝が、家臣たちの居並ぶ中でそう言った。
本来ワクワクしたり緊張したりする場面のはずだが、帝国の王子たちは冷や汗を流していた。
なぜなら、その後面会し続けたものの、鼻血を出して気絶するという終わりを迎え続けたからだ。
「えっと……私には決めきれなかったんです。それに、会って数日で結婚相手を決めるというのは、この先の人生を決めるのに、あまりに軽率だと思います」
まあ確かに、無理のある話である。そもそも国の趨勢をかけているのだ。数日の流血続きの逢瀬で決めるというのには無理がある。
「うむ……」
皇帝も考え込んだ。本来政略結婚とは、親の決めた結婚相手に会ったその日から身を捧げるものである。とはいえ、こちらは国の趨勢をかけているのだ。たしかにそう軽率に決めるわけにもいかない。
「ですから」
ルサがニッコリと微笑んだ。可愛い。
「一度私が王子様方全員と婚約を結び、またしばらく後にお兄様たちとも話し合って、後継者を決定するというのはどうでしょうか?」
すらすらと話した。声も可愛い。仕草も可愛い。
「よし、ではそうしよう!」
そうして、帝国の今後は決定した。ルサの言葉は一言一句全てそのまま、国の決定として伝えられた。
ルサが後継者を決定する……と、そう書いて。
部屋に戻ったルサを、ナイルはすごく褒めた。
「すごいですよ! つまりルサ様が後継者にいずれかの皇子様方を指名すれば、帝国を乗っ取れるんです!」
この瞬間、帝国がルーアン公国の属国になる未来が、ある程度決定した。
ルーアン家の姫様・ルサの手に、その命運は託されたのである。
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