第10話 世界で一番幸せな花嫁

「何だ、あれは……」


 とうとう花嫁がやってくる日。帝国の王子基準でも一張羅と呼べるような上等な服に身を包んだ4兄弟は、数百人は居る華麗な花嫁行列に目を疑った。


「……戦争でもする気かな?」


 第3王子・シアドがつぶやく。彼らは内心、その可能性を覚悟した。


「あれが花嫁か」


 山を越えてくる行列の中、一際目立つ、真っ白な馬車がやってきていた。

 馬はもちろん白馬で、馬車を引く五頭の馬には、それぞれに「白馬の皇子様」が乗っていた。


 言うまでもなく、あの兄弟である。


「まさか、あれって……」

「皇子、か?なぜ総出で……」


 末っ子フォーセの言葉を、フィアストが引き継ぐ。


「ああでも、戦争する気はなさそうです。武装していません」


 五百人の兵隊は、礼装は着ているものの、武器になりそうなものは持っていなかった。


 ちなみに本当はみんな完全武装でルサを守りたかったのだが、


「……馬鹿じゃないの」


 という王妃様のお言葉と、ルサが見せた五百人の兵士が一瞬でぶっ飛ばされそうな謎の戦闘力によって、なんとか戦争を回避した。


 そして、それから数十分ほど後。


「ルサ様のご到着でございます!」


 唯一行列に参加した、3人の国民が宣言した。女性が一人と男性が一人、あともう一人は両性らしい。これは心の話だが、体の方はよくわからない。


 4兄弟が揃って見守る中、馬から降りた皇子達が馬車の扉を開く。


「おお……」

「何と美しい」


 帝国の貴族達からも、称賛の声が聞こえる。


 扉の先にいたのは、艶めく長い黒髪を持つ、世にも美しい姫だった。


「始めまして、ルサと申します。不束者ですが、王子さま方、お義父さま、これからよろしくお願い致します」


 そう言って、ルサは微笑んだ。これにより、美しいという印象に、世界で一番可愛い、という(彼らにとっての)真実が付け加えられた。


 その場所には、他に約2名の女性が乗っていた。一人は王妃、もう一人は女装したナイル。


「皇帝陛下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう。王子様方、お初にお目にかかります。ルーアン公国の王妃でございます。息子がご迷惑をお掛けしていること、行方不明の夫に代わって謝罪いたしますわ」


 息子だけでなく夫の方も、ヘタれて重要な会議から逃げだしたり、国王の骨董品コレクションの中に、何故か盗まれた帝国の国宝が入っており、返すのを渋った末に金を取られたりと大変迷惑をかけている。


 ちなみに礼をしただけで、ナイルは何も言わなかった。


「……イサ兄様、テサ兄様、ナサ兄様、ユサ兄様、ノサ兄様、お見送り、ありがとうございます。王妃様、花嫁修業など、結婚準備のお手伝い、大変有り難うございました。皆も、こんな遠くまで見送りに来てくれて、本当にありがとうございます」


 ルサが目元を拭いながら言う。兵士は当然全員が泣いているし、皇子は自主規制、王妃も涙ぐんでいる。


(これで見送りのつもりなのか? ……そうか、普通ここまで沢山いるのはせいぜい見送りのときまでだよな。いや、帝国に到達してる時点で見送りの範疇からは逸脱してるが)


 茶髪で目立っているのではと、どタイプな可愛いルサを目の前に内心気にしまくっているシアド王子は思った。


「……ん?」


 シアドの耳が、凄まじい地響きを捉えた。耳の遠い名誉大臣(昔はすごかった)ですら聞こえたほど、大きな音である。


 そして、叫び声も聞こえた。


「ルサさまああああああああああ!」


 ……ルーアン公国の全国民が、走って追いかけてきていた。


 いくら隣国とはいえ、ルーアン公国からこのエクスピリア王国首都クピアまでは、結構な距離である。


「「「「「「「え……?」」」」」」」


 帝国の一同は困惑したが、ルーアン公国の方は、結構受け入れている。そうだって、ある程度予測できたから。


「ルサ様、頑張れーーーーーーー!」


 地面が割れるのでは、というような大声で、全員が叫んだ。ルサ様頑張れ!という字と、ルサの似顔絵が描かれた横断幕を掲げている。


 よく見れば、横断幕を支えているのはメンテだ。彼が先導してきたらしい。他にも、もやしなはずの文官連中や執事、城の衛兵、メイド、貴族たち(イグノーベル伯爵夫妻も)。


「みんな……、ありがとう」


 ルサが顔を覆って泣き出す。きっと嬉し泣きだろう。


「「「「「ルサ……」」」」」


 ただでさえ酷かった顔が更に酷くなる皇子達。王妃も、ハンカチで顔を隠した。


「私、世界で一番幸せな花嫁です。もっともっと幸せになって、私が帰る故郷のみんなも、ずっと幸せでいてください。私、頑張ります!」


 顔を上げて、ルサが宣言した。その可愛いパワーに、国民もまた、世界一幸せな国民になった。


「あと、国が空っぽなのは心配です。皆さんちゃんと、火は消しましたか?帰ったら焼け野原なんて、私イヤですよ」


 ルサが悲しそうな顔をする。国民は消火活動のため、脱兎のごとく、いや光のごとく走り去った。


「お兄様たちも……私の育てていた花壇が心配です。きれいな花束、楽しみにしてるんですよ」

「ルサ……でも……」

「僕はルサと一緒に作りたいよ!」

「ルサのほうが何億倍も素敵だよ!」

「離れたくないよお……」

「いやだあいかないでえええええ!」


 この期に及んで情けなさ過ぎる皇子たちの頭に、王妃が5発ずつげんこつを見舞った。


「かっこいいお兄ちゃんをしなさい!演技でもいいから!ねえ、ルサちゃん」

「はい、もちろんです。お兄様達はかっこいいです」


 ルサがそう言って微笑む。そんなことを言われたら、5人は走り出すしか無い。


「さて、私は行くわ。ルサちゃん、これは私からの贈り物!女の魅力をあげる武器であり、いざという時は身も守れるわ」


 そう言って王妃は、青い髪飾りを手渡した。


 そして、帰ってゆく。唯一残る四人以外、誰も見えなくなった時、ルサはまた少し泣いた。


 そして、エスリ城へと向かうため、もう一度馬車に乗り込んだ。今度は帝国の馬が手綱を引いている。


「よし!じゃあ僕も、頑張らないと。だって僕は、ルーアン家の姫様だから」


 ルサは、最高に可愛い笑顔を浮かべた。死ぬ危険を感じたナイルが、そっと視線を外したほどに、彼女は可愛かった。

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