第7話 えっ、そんなに?
怒涛の仕事地獄を片付け、国内の改革も片付いた頃、ようやくルサとの面会許可が下りた。
(僕たち、皇子なんだけどな。母は強しっていうけど、さすがになあ)
不満を感じつつ、皇子たちはルサとの面会許可に書ききれないほどの喜びを感じていた。
「ルサ?入るぞ」
ルサの部屋に入ると、ルサが花嫁衣装を着て待っていた。
真っ白なドレスだ。ルサの長く艷やかな髪と、その美しい容姿。シンプルだがそこかしこに細かい刺繍がされてあるそのドレスは、素晴らしく似合っていた。
皇子たちは、もうコメントのしようもなかった。ただ泣きながら抱きついた。5人で、一気に。
2ヶ月前のルサなら、そのまま押し倒されていたかもしれない。しかし、華奢な体型を保ちつつ、どうやったか鍛えたのだろう、そのまま兄たちを抱きとめた。
それから、どれくらいそうしていただろうか。
「ルサかわいいよお。お嫁になんていかないでよお」
「帝国と戦争するから行かないで!お願い!」
「ルサの香り………………」
「生まれてきてよかった」
「ルサ居た……。妄想なんじゃないかと思ってた……」
皇子たちの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃである。
「泣かないでください、兄上」
ルサが5人をよしよしする。幸福を噛み締めながら、5人はルサの花嫁衣装に顔を埋めた。
そう。花嫁衣装に、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を。
「てめえら何やっとんじゃいオラ!」
良家の姫君にあるまじき言葉遣いで、王妃は激怒した。
あわあわしているルサの目の前で、王妃は皇子たちを、まるまる半日は叱った。ドレスを洗わせながら。
「さて、と。ルサごめんね、目の前で怒ったりして。コイツラに怒っちゃっていいわよ。大事な花嫁衣装だもの」
「えっと、なら……」
戸惑いつつ、くるりと皇子たちの方を向くと、正座したイサの頭に拳骨を振り落とした。
「いっっったっっっ………」
頭を抱えて、イサがうずくまった。結構な勢いで泣いている。
「「「「えっ、そんなに……?」」」」
それを見ていた弟たちの顔が青ざめる。次は、テサの番である。やっぱり怒っていたのかなんなのか、ルサは容赦なくそこに拳を落とした。
「っっっっったああああああああ!」
テサが珍しく大声で叫び、これまた頭を抱えて泣きじゃくる。
「「「えっ、そんなに?」」」
次はナサの番である。恐る恐る目線を上げると、そこにはやはり、拳が迫っていた。
「……………う、うわああああああん!」
今度は泣き出した。すごい勢いである。今に泣き声がおぎゃーになるのでは、と思うほどだ。
そして、次はユサ。
「っ!!!!!!!!」
珍しく静かだ。と思ったら、気絶していた。
「ユサ、大丈夫………?ルサ、や、や、やめて……!」
……ノサの大きな悲鳴が、王都中に轟いた。
「ル、ルサ……?その力は……?」
「母上様が僕に武術指南役をつけてくださいました。バリバリ鍛えていますので、その成果をお見せしようかと」
細い腕に力こぶを作ったルサがにっこり微笑む。かわいい。かわいいが、如何せん痛い。
「えーっと、ルサ、それは最終兵器にしようかな?」
「そうですか?」
「うん。やっぱりお姫様だから、その溢れ出る可愛さとか、ルサ自身の魅力で戦うほうが外聞がいいんじゃないかな……?」
「たしかにそうですね……外聞は気にしないと」
考えるルサもかわいい。が、痛い。
「あのー、母さん?」
「何かしら」
「一体全体、誰を武術指南役に?」
「甥っ子を」
「甥っ子って、あれ?」
「そう、あれ」
王妃の甥っ子……ナイル。決して川で洗濯してたら生まれたわけではない。
もやしももやし、ひょろひょろのミスター華奢男である。
但し、頭は理不尽なくらいにキレる。理不尽なくらいに肝心なとき役に立たないが。ビビリなので、危険があると逃げるのである。
皇子たちの従兄弟であるため、身分も高い。そんなわけで文官の端くれである彼は、しっかりルサを愛していた。と言っても、ビビリなので何か仕掛ける度胸はなく、眺めて楽しむタイプのようだが。
「なるほど……よし」
「ノサ、どうしたの?」
「あいつをルサにつけよう。そして護衛にするんだ!」
目覚めた兄たちも、それに賛成した。
その様子を見たルサは、薄々悟っていた。
出立の時は、近い。
♡♡♡
「そろそろだな」
エクスピリア帝国の帝都・クピア。その中心に位置するエスリ城、そこにある皇帝の執務室にて。
帝国の王子たちが、父である皇帝に集められていた。
「あの……一体何がでしょうか?」
一番上の王子が恐る恐る尋ねた。皆、何かしらヘマをしたと思って怯えているのだ。
「ルーアン公国の姫君が嫁いでくる日だ」
そう言えば、そんな話があった。今のところ、王子は4人とも未婚だ。
「彼女のハートを射止めた者を時期皇帝としよう。と言っても、接触できるのはこの国に到着し、式が執り行われるまでの一日間だけだがな。準備を始めるといい」
未だ決まらぬ王太子に、一同は悶々とした日々を過ごしていた。これで決まるのだと思うと、皆武者震いが止まらない。
しかし、女性を口説くことが果たして皇帝としての器に関係するのだろうか。
王子たちの無言の疑問に、皇帝が答えた。
「不思議に思っていることだろう。だが、こうするしかもはや手はない。何故ならお前たちは皆、皇帝としてなんら不足がないからだ」
皇帝が遠い目をする。
「お前たちの母は皆、余に王太子を年齢で決めるのだけはやめてくれと言い残して死んだ。だからそれは守りたい。とはいえ選ぶ基準がない。一時期は戦いでもさせようと思ったが、そんなことをしてお前たちの仲に亀裂が生じたり、誰かが死んだりしたら帝国は大事なものを失うこととなる。ではどうすべきかと、余は悩んだ」
唐突に語り始めた皇帝に、王子たちはただただ戸惑った。
「そして同じ頃、余にはもう一つの悩みがあった。それが、ルーアン公国から嫁いでくる姫なのだよ」
「ルーアンといえば小国です。何故そんなにお気になされる?」
「うむ。あそこの皇族は男系でな。五十人の子を設け、4人しか男子の生まれなんだ我が一族に、希望を齎してくれると思ったのだ」
そう、女系一族は、いくら王女とはいえ46人いると、貴族家に嫁いだり冒険の旅に出かけたり科学者になったり駆け落ちしたりと、まあ大変なのである。
「しかし、最近あそこでは革命が起こっている。眠っていた龍が目覚めるように、その国力は飛躍的に上昇している。元々の力が開花したのだ。当初は余の后にしようと思っていたのだが、怒らせてしまってはまずい。そして今日ピンときたのだ。この2つの問題を片付ける、一石二鳥、一挙両得な秘策を!」
皇帝は、すごくテンションが上っていた。
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