第6話 イグノーベル伯爵領 後編
「よしよし、痛いの痛いの飛んでいけ」
手のひらの痛みに悶えるユサをなだめつつ、ナサはイグノーベル領の領民たちに目を向けた。
こちらを見て、一体何だと困惑している。簡易な演説台に乗ったイサが主な注目を集めているようだ。
「お、皇子!?」
声が聞こえた方に目をやると、屋敷のバルコニーに伯爵夫妻がいた。
夫人の方はなかなかに美人である。
(まあ、ルサのほうが可愛いけどね)
ルサの可愛さを思い出してでれっとなったナサは、あたりを見回した。
涙ぐむユサを除いて、みんなでれっとなっている。演説台に乗ったイサでさえもそうなのだが、全領民の注目を受けている以上、それは威厳的な問題でだめだと思う。
(やっぱ、イサは皇太子向いてないよな。俺もだけど。なんなら全員向いてないけど)
ユサはよほど痛かったのだろう。涙ぐむと言うより、もはや泣いている。可哀想だが、適材適所だ。
普段おっとりゆったりしているだけあって瞬発力はいまいちなテサ、絶対に嫌がるノサ、このあと話さなければならないイサ。
ナサもだめだ。普段から軽い彼は、手拍子の音も軽い。多分、ここにいる5人にしか聞こえないような音だろう。
つまり、最適なのは普段無駄に元気なユサというわけだ。
「あなた方は皇子、で間違いないのですか」
伯爵の発言を受け、呆然としていた領民たちが意見をまとめたらしい。領民の一人がこちらに問いかけてきた。拡声器のようなものを持っている。
「そうだ。みんな同じような顔だからわからないと思うが、私はイサ・ルーアン。皇太子だ」
イサにしては威厳がある声だ。領民たちもその威厳を感じ取ったらしい。
「なんと!皇太子殿下がいらっしゃるのですか」
先程と同じ男が言った。声がでかいからだろうか。
(いや、殿下て。君たちは貴族が何か?俺たちが偉いとかそういうことは言わんけど、殿下て。陛下だろ。殿下とか、本来なら親戚ぐらいしか言わないぞ…?)
ナサはちょっと怒ったようである。それは皆も同じようだ。なぜなら、
(それってつまり、ルサにも同じ態度を取るってことだろ!?)
現在、皇子たちの行動理念は全て『ルサ』である。
「そうだ。皇子総出でやってきたのだから当然だろう」
「なんと!皇子殿下がた総出でございますか!?」
さっきから同じことしか言わない領民たちに、イサは飽きてきたらしい。
「そういっただろう。それで、今回で向いたのは他でもない、善政を敷いていると聞いていたイグノーベル領で、反乱が起こったと聞いたからだ」
偉ぶるのは慣れてないなあ…と思いながら、イサは演説した。
「私達の調べによると、イグノーベル伯爵は善政を敷いていたはずだ。どういうことか説明してほしい」
「隣の領主を見れば、悪政を敷いていることは一目瞭然です!隣の領地では、税も安く、娯楽もたくさんあります!それに比べて、ここでは税は安くなく、賭博や娼婦、煙草等の娯楽が制限されています!」
男が元気よく叫ぶ。己が正義であると、信じて疑っていない顔だ。
(なるほど、少し政治に無関心すぎたらしい。まずは教育水準を上昇させなきゃな)
ナサはそう思った。それはテサも同じで、何やらシュミレーションしているようだ。
(どれもこれも、政務から逃げた父さんのせいなんだよなぁ)
困った父親である。それ以上に困った国王である。
「なるほど。それは、正しいな」
「そうでありましょう!?」
「ああいや、イグノーベル伯爵がだ。今そなたが挙げた娯楽は、全てが悪影響を与えうるものだ。わかるか?」
「悪影響ですと!?」
「そうだ。まず賭博だが、これが流行ると身を持ち崩すものが出てきてしまう。伯爵はそれを防ぎたくて制限したのだな。次に娼婦だが、これは女性からの搾取をもとに成り立っている。その上、治安がよく領民の生活が安定していれば、娼婦のなり手もいないだろう。最後に煙草、これは論外だ。口には出さなかったが、麻薬の類も含まれているだろう?それは公国で禁止している。なぜかわかるか?」
イサが珍しくまくしたてる。落ち着いているが、内心穏やかではないのだろう。
「心を侵すからだ。人から知性を奪い、家庭を奪い、安寧を奪う。麻薬は悪魔だ。肝に銘じておけ。麻薬は国を滅ぼす。隣にも視察に行かなくてはならないな」
イサが領民を睨む。
(なるほど、これに怒ってたのか)
ナサは納得し、テサとともにシュミレーションを始めた。
「最後に税だが……。おそらく、隣の領地が格安の税で成り立っているのは、その娯楽施設で稼いでいるからだろうな。一方のこちらでは、税はごくごく常識的なものだ。病院等の設置でしっかりと還元しているようだし、問題はまったくない。よって、この訴えはここにいる皇子全員の権限を持って取り下げる。では、解散せよ」
暫くぽかんとしていた領民たちだが、状況を理解し始めた者から順に帰っていった。
その後伯爵夫妻と話し、学校を開くことで合意した。
隣の領地へもより、帰ってくるのが遅くなった皇子たちは、随分満足そうな文官達を見て状況を把握し、嫉妬のあまり暴れまわった。
結果、王妃より拳骨を食らい、ルサの「かっこいい」もお預けとなったのだった。
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