第5話 イグノーベル伯爵領 前編

「じゃあ、行くか」

「ちょっと早くない?」

「先に行っておいて、ベストなタイミングで登場するのがベストだろう」


 ベストが重なるのは、ノサ。相変わらず、ルサが絡むとやる気十分である。


「じゃあ早速行く?」

「行っちゃおう!」


 早速皇子たちは出かけることにした。ルサは、王妃に任せてある。礼儀作法など、女性として生きていくための知識を学ぶのだ。


 皇子たちの留守中は、文官たちが政務を行う。面白そうなこと(お祭りなど)があると、皇子たちはいなくなるので、慣れてしまった。


 基本的にナサやユサあたりが飛び出し、テサがゆっくりついていく。そして、テサを皇太子としての自覚やらなんやらが欠如しているイサが追い抜き、現地で集合したら一週間は帰ってこないだろう。


 ノサは残っているのだが、寝ている。無理に起こそうとしても起きない上に寝相が悪くなり城が半壊するので、放っておくことしかできない。


 お陰で文官たちはかなり優秀なのだが、仕事が厄介すぎるゆえに本人たちが気づく余裕はない。


 しかし、今回はちょっと勝手が違った。


「じゃあ行ってくるねー!」

「待ってますよー!」

「行ってらっしゃいませ」


 馬車に乗ってあっという間に見えなくなる皇子たちを、ルサと十人の文官が笑顔で見送る。今回は皇子みんな一緒に行くようだ。


「やっといなくなったな…」

「ああ。長かった…」


 文官がしみじみとつぶやく。思い立ったらすぐ行動で、皇子たちの出発は早かったのだが、彼らには何百年にも思えた。


 そう、彼らは待っていたのだ。


 皇子という邪魔者がいなくなり、思う存分ルサを可愛がれるようになるのを!


「ではルサ様、中に入りましょうか。今日は皇子様たちに代わり、我々が座学をいたしましょう」

「ありがとう!」


 満面の笑みに、文官たちは幸せを噛み締めた。


 なお、仕事は全て終わらせてある。


 ♡♡♡


 そんなこととは知らない皇子たちは、馬車の上でごきげんだった。


「よしよし。そういえば俺さ、ルサの歌作ったんだよね。国歌にしない?」

「何?聞かせてみろ」

「フッフッフ。ルサ可愛いよ〜死にたいくらいだよ〜優しいよ〜素晴らしいね〜神名乗ってもいいと思うよ〜絶対幸せにするぞ〜かわいいね〜ルサ最高!」


 ご丁寧にどこから取り出したのかヴァイオリンでの伴奏もついていた。


「素晴らしい。絶対に国歌にすべきだ。あと、ナサは音楽家になることを推奨する」

「いいんじゃないかな?」


 実に楽しい旅路だった。なお、その会話はほぼ全てがルサの話題である。ちなみに唯一の例外は、テサの「お花を摘みに行ってきます」だった。


 ♡♡♡


「いい加減、ここも税を下げろ!」

「なぜ娯楽を制限するんだ!お前ばかり楽しみたいんだろう!」


 イグノーベル伯爵領、領主館。そこに大勢の民たちが押し寄せていた。


「…そんなことできるわけ無いだろう」


 外の喧騒に、この館の主は呟いた。ただでさえ深い眉間の皺が、より深くなる。


「まあまあ、気にしない気にしない」


 紅茶を持ってきた妻が、その眉間をもんでくれる。彼女は伯爵の顔に皺ができることが許せないようだ。


「とはいえ、放っておくわけにもいかないだろう。最近は反乱が増え、統治がなっていないという理由で潰される貴族が増えているようだし。二の足を踏むことにならなければいいけどな」


 伯爵の言葉に、夫人は眉をひそめた。


「皇子様方とは仲がよろしいのでしょう?」

「いいことはいいが…彼らに私の正当性が理解できるだろうか?気のいい青年たちではあるのだが、果たして国を任せられる器かというと、微妙なところだ」

「顔はよろしいのにねえ」


 旦那の前で行ってのけた夫人は、なかなかの大物である。しかし伯爵は、そのようなことで目くじらは立てない。


「そうだな。でもまあ、王不在で国をまとめていくのは生半可なことじゃないだろう。…最近、仕事はほぼ文官に任せきりという噂だが」

「まあ。それなりに仕事はしていらっしゃった印象でしたのに。沢山おられますから、その分仕事は多くないとは思っていましたけど。考えてみれば、いくらなんでも仕事が少なすぎる気もいたしましたね」


 夫人は元気な青年たちを思い浮かべた。


 と、屋敷が大きく揺れた。


「な、何だ!?」

「わかりませんわ。…何があったのですか?」


 ドアを開けて入って来た執事によれば、領民たちが屋敷の扉をこじ開けようとしているらしい。


 状況を確認するため、二人はベランダに出た。


「これは…」


 想像以上に酷かった。領民の殆どがここにいるのではないだろうか。


 ベランダに姿を現した伯爵夫妻をみて、領民たちが口々に何かを叫び始めた。なんと言っているのかわからないが、罵詈雑言に類するものであることはわかる。


 そして、民衆のうちの一人が夫妻に向かって石を投げようとした、その時。


 誰かが手を叩く音が、高らかに響いた。


「はい、ちゅうもーく!」


 屋敷の庭の隅っこで、箱の上に立ち叫ぶ青年たちがいた。全部で5人。


「お、皇子!?」


 イグノーベル伯爵の言葉に、領民たちは耳を疑った。


 まさか、皇子達が直接ここへ出向いたのだろうか。

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