第3話 お兄ちゃん…いい響きだ

「うーむ、可愛い。可愛いなぁルサは」

「そうだなぁ」


 この前会ったおっさんに触発されたのか、孫が生まれたおじいちゃんのようにナサとテサが会話する。


「お、おい。ルサが…ルサが!」

「どうしたんだ!?」


 ひどく慌てた様子で、イサが駆け込んできた。


 もしや、妹(いや、弟だが)になにかあったのではないか、と二人は身構えた。


「お兄ちゃんって言った…」

「「ナンだとお!」」


 重大事である。ルサは一昨日まで、声を出すのもあまり上手くはなかったのだ。そのルサが、お兄ちゃん、である。


 自分もその恩恵に与ろうと、一目散に駆け出した。


「ルサ!」


 部屋では、ルサが言葉を学んでいた。ちなみに、座っている。生まれてから地下牢で生活していたルサには、立つための筋肉がまだ存在しないのだ。


 振り返ったルサは、二人に向かって微笑んだ。最近覚えた動作である。


「お兄ちゃん」


 まだたどたどしいが、ルサはたしかにそう言った。


 心を鷲掴みにされて悶える二人に、ルサが首を傾げる。


「お兄ちゃん?」


 疑問形、これも最近覚えた。そして、今ルサは「お兄ちゃん」と「痛い」、「お腹すいた」しか語彙がない。その中で、最も最近覚えた言葉を使ったのだ。


「「かわいいいいいいいいいいいい」」


 可愛さのダイレクトアタックが決まり、二人のお兄ちゃんはすでに瀕死である。


「痛い?」


 気遣うような声色に、お兄ちゃんは死んだ。


 ばったりと倒れて動かない二人に、ルサが慌てふためく。


「お兄ちゃん!」


 どうやら、しっかりと意味を理解しているようだ。言葉は知らなくても、体は十七歳(調べた)なのである。


「ルサ様…。可愛すぎだろ」


 もはや隠す気もなくルサを眺めている兵士たちは、倒れた皇子に構うことなく、ルサに夢中である。


「お兄ちゃん!」


 大きな声を出せば蘇生するかもしれないと考えたルサは、必死に叫ぶ。


(ルサよ、それが俺たちを殺していると、何故わからない…)


 ルサが可愛すぎる皇子たちは、すっかりルサが彼であるということを忘れていた。


 ルサが見つかって3日。ルサは未だ、ドレスを着ている。


 ♡♡♡


 あれから一ヶ月が過ぎ、ルサは言葉を覚えた。


 そう、それはあっという間だった。やはり、ルサは十七歳なのである。ある程度の規則性を覚えてからは早かった。


「お兄様、一人称は何が良いでしょうか」


 自分が男であると知っているルサは悩んでいた。そう、一人称である。


 自分が見つけ出された経緯を聞き、即断即決で女として生きていくことにした。


 幸い、声変わりしないので声はほとんど女である。しかし、やや丸い性格とはいえ、心は男だ。


 帝国に嫁いでからはまだしも、ここではありのままの自分でありたいと願っている。


 しかし、じゃあ僕にするか俺にするか、それとも男女両用の私にするか。


 悩んだ挙げ句、答えは出なかった。何しろ、ルサはそこまでこだわりがないのである。選んだのは、兄たちに相談するという手だった。


 もちろん、最初そんな気は毛頭なかった。あの兄たちである、喧嘩に発展するのではないかと危惧していたのだ。


 しかし、接するうちにルサは気づいた。


 そう、彼らは賢いのである。はっきりとした自我を獲得したルサにとって、目の前で争うというのがどういうことなのか、兄たちならわかるとルサは信じた。


 故に、ルサは相談した。


「一人称?そうか…。ルサは何がいい?いや、ないから聞いたんだな」


 そして、兄たちはルサの思いに気づいた。


「どうする?俺としては、俺と同じ俺…いや、僕が可愛いと思う」

「私だろ。常に女の子であってくれるんだぞ」

「だが、ルサは男だ。女の子なら苦しまなくて済むんだろうが、そうはいかないぞ」


 兄たちはルサへの愛がすぎるが、しっかりとルサに配慮する。


「あ、男と言っても去勢されているので、女の子の服を着るとか、女言葉を使うということに違和感はありません」

「そうか?でもなあ…」

「やっぱり、僕がいいんじゃないか?」

「そうだな。俺…だとガツガツしてるが、ルサはそういう感じじゃないしな。よし、じゃあ僕でいいか?」

「うん。ありがとう!」


 兄たちは、こうしてルサの力になってくれる。ルサは兄たちが大好きだった。


 その日から、ルサは自分のことを僕と言うようになった。


「兄上、僕はそろそろ立ってみたいです」


 一人称に合わせて、皇子たちを兄上と呼ぶようになった。


(お兄ちゃんって言ってほしいな)


 と、皇子たちは思うのだが、今の兄上というのも捨てがたく非常に悩ましい。


「そうか、立ちたいか。じゃあ、訓練をするぞ?」

「望むところです」


 最近は文字を覚え、どんどん語彙を増やしているようだ。


 そして、訓練が始まった。だらしない体ではないが、筋力がほぼ皆無なルサはにとって大変なものだった。しかし、ルサは2週間ほどで走れるまでに回復してみせたのだ。


「すごいな」

「こんなこと、当たり前でしょう?それより、僕はいろんなことを学びたいのです。文字も覚えましたし、図書室で本を読もうと思います。それで、その間、兄上たちにお願いがあります」


 可愛い妹…弟のルサにおねだりされては、断る訳にはいかない。


「おう、なんだ?何でも言ってみろ」


 ドンと胸を叩く。今の皇子たちには、空だって飛べるだろう。


「かっこよい兄上たちを見てみたいのです!」

「か…?今は、かっこよくないのか?」


(もう立ち直れないかも…)


 イサが思ったように、皇子たちはだいぶショックだった。


「イケメンだとは思いますが、やる気が感じられません。頼りないボンボンのお兄ちゃんにしか見えないのです。僕は、格好良い兄上たちが見たいです。バリバリ働くやり手な兄上がほしいです」


 ルサに言われ、心当たりしかない皇子たちは決心した。


(よし、ルサの言う『バリバリ働くやり手な兄上』になってやろう。期間限定で!)

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