第46.5話 それぞれの夜 後編

 ――ん……? あれって……れいれい、だよね……?


 シニガミの仕事を終え、リツが眠っている寮の部屋へと戻る道中。は一人で歩いているレイを見つけ、軽く手を振りながら彼に近づく。


「れいれい、こんな時間に何してんの?」

しゅう奈ノ禍か……我は今、散歩中だ。貴様は……シニガミの仕事か?」

「まぁね。れいれいはなぜに散歩? 普段、そんなしてないよね?」


 シニガミの仕事中に、今までレイに会った事がない奈ノ禍は不思議に思い、彼に質問する。すると、レイはどこかばつが悪そうな顔で、視線を逸らしてから口を開く。

「その……明日、めぐるに記憶を返すと、約束したのだが……不安で仕方がなくてな……。もし、記憶を返した事で、旋を深く傷つけてしまったらと思うと……」

 レイのそんな言動に、奈ノ禍は呆れたように深いため息をついた。


「れいれいがそんなんでどーすんの? 旋っちのコト、れいれいが一番信じてあげなきゃなのに」

「それは……そうなのだが……」

「旋っちはれいれいが思ってる程、弱くないよ。それにこう言っちゃなんダケド、精神面だけなら、れいれいより旋っちの方が強いんじゃない?」

 奈ノ禍の言葉にレイはハッと目を見開き、彼女の方を見る。


「今はれいれいが旋っちの相棒なんだからさ。もっと信じてあげなよ、大切な相棒のコト。もう二度と……失わないためにも……ね?」

 奈ノ禍は一瞬だけ悲しげな目をした後、無理に笑ってそう言った。


 この島に来てからの境遇が似ている奈ノ禍の言葉だろうか。レイは彼女の言葉に重みを感じ、すんなりと受け入れられた。

「愁詞奈ノ禍……」

「……なーんてね★ れいれいも、あーしには言われたかないよね~。ま、でも旋っちのコトは信じて、約束は守りなね」

 言ってから奈ノ禍は、なんだか説教くさくなってしまったと思い、わざとお道化る。しかし、お道化た部分に対してレイは首を横に振り、穏やかな顔でお礼を言おうと口を開く。


「いや、貴様の言う通り――」

「だァ!!」


 だが、猛スピードでぶつかってきた黒い物体に吹き飛ばされてしまう。


「れいれい!? え……なに今の……って……のわるん……?」

 目の前からいきなりレイが消えた事に奈ノ禍は驚き、焦り気味に彼が吹っ飛んでいった方へ走った。けれども案外すぐに、レイを下敷きにしているノワールの姿が見えて立ち止まる。


「見つけたぞォ! レイ・サリテュード=アインビルドゥングゥ! まずは、勢いよく飛び過ぎて、ぶつかってしまった事を謝っておくぞォ。すまないィ!」

「……ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェ……。貴様、何の用だ?」

 夕食をモリモリ食べて完全回復したノワールは、を広げて体内から顔を出す。レイはそんなノワールを押し退け、立ち上がると彼を睨んだ。


「うむ。君に聞きたい事があってなァ。結局、おとなし旋の記憶の件はどうなったんだァ?」

 ノワールは全身の触手をうねうねさせながら、レイに問いかける。それに対して「明日、返す約束をした」とレイが答えると、ノワールは嬉しそうに『ぐわっ!』と大口を開け、をバサッと広げた。


「それはよかったぞォ! 鳴無旋の記憶が奪われて、彼が自分達の存在を忘れている事に、ミナトくんはどこか寂しげだったからなァ! きっとミナトくんも喜ぶぞォ!」

 クルクル舞い踊るノワールの言動にレイは顔をしかめ、奈ノ禍は『ん~……?』と首を傾げる。


「貴様……あの発言はうっかりではなく、わざとだな? なばりミナトの為なら己の命すらも差し出す貴様であれば、その様な行動に出るのも頷ける。それに貴様は元々、旋の事も気に入っていたからな。我よりも旋を理解し、どうせこうなる事を見越しての発言だったのだろう。思惑通りに事が進んで満足か?」

 レイは険しい表情で、淡々と言葉を発した。片やノワールは「ん?」と動きを止め、一瞬だけキョトンとする。


「いや……あれは本当にただのうっかりだァ!」

「あ、やっぱり? あーしも一瞬、れいれいと同じ考えが浮かんだんダケド、うっかりの方がのわるんぽい気もしたからさ。ほら、のわるんて衝動的と言うか、素直だし?」

「うむ! 私はとても素直だァ」


 ノワールと奈ノ禍のやり取りにレイは固まり、数秒後にほんの少し頬を赤く染め、目元を手の平で覆う。

「……何と言うか……疑ってすまなかった……。ん……? いや、うっかりならば、余計に質が悪い筈だ。ゆえに、謝る必要はない、のか……?」

「うん。そう思うよ。れいれいは真面目だね……」

 レイの反応に、奈ノ禍は苦笑いを浮かべる。ノワールはどこか愉快そうに、触手でレイの肩を軽くつついた。


「でもさ、のわるん。本気で隠し通さないとダメな他人の秘密までうっかり話して、大惨事になったらミナっちにも迷惑かけるかもだしさ。もうちょい口を固くできないワケ?」

「ん? 私は本気で隠し通さないと駄目な他者の秘密に関しては、絶対に口を滑らせないぞ。何かのきっかけで偶然、知ってしまった事なら尚更なァ」

 珍しく真剣な口調のノワールの発言に、奈ノ禍は少し驚きつつも、「それならいいケド」とだけ言う。


「ん……? 待て、貴様ら。ならば、旋の記憶の件は、本気で隠し通さずとも良かったとでも言いたいのか?」

 レイは眉間にシワを寄せ、奈ノ禍とノワールをじっと見る。彼の問いを聞いた後、奈ノ禍とノワールは一度、互いに顔を見合わせてから素直に頷く。


「そもそもあーしとミナっちは特に、最初から旋っちの記憶を返すべき派だったでしょ……。のわるんはタイミングとかが良くなかっただけで、あーしらも何とかしようとは考えてたし」

「その通りだァ!」

 奈ノ禍とノワールの返答に、レイは何とも言えない顔で、「確かにそうだったな……」と力なく呟く。どこかしょんぼりしているレイの肩を、ノワールはニヤニヤしながらまた触手でつつく。それを見た奈ノ禍が、「のわるんってさ……」と喋り始める。


「れいれいのコトも割と気に入ってるよね? ミナっちや旋っち達とはまた違う感じでさ。前々からそれが不思議で仕方なかったんダケド、れいれいのどの辺を気に入ってるワケ?」

 奈ノ禍の問いにノワールは「うむ……」と呟き、数秒程、黙った後にニヤッと笑いながら口を開く。


「強いて言うならば、レイ・サリテュード=アインビルドゥングは変に真面目過ぎるところが愉快だなァ! 私のあの発言がわざとではなかったと解った時の、さっきの表情も面白かったぞォ!」

「あーね……」

「貴様……」

 ニヨニヨ顔のノワールの発言に、奈ノ禍は呆れて苦笑いを浮かべ、レイは眉間のシワを深くした。レイの反応に、ノワールはまた愉快そうに彼に顔を近づけるが、ふと何かを思い出したような表情をする。


「あとこれは昨夜、レイ・サリテュード=アインビルドゥングをずっと見張っていた時に気がついた事だがなァ。君から微かに、私の大好物と同じような匂いがしたぞォ。だから無意識に、そこも気に入っていたのかもしれないなァ」

「は……?」

 ノワールはレイの匂いを少し嗅いでから、うんうん頷きながらそんな事を言った。彼のその言葉にレイは不機嫌そうな低い声を出すが、ノワールは構わずこう続ける。


「今朝、言っただろうォ。『一晩中、至近距離でレイ・サリテュード=アインビルドゥングと共に過ごすのは、なかなかキツイものがあったァ……』とォ。あれはご馳走の匂いだけを嗅がされ続けて、辛かったと言う意味だァ。まァ、長らくそれを食していないおかげか、なんとか最後まで耐えられたがなァ」


 ノワールの元大好物が何なのか、奈ノ禍も知っているため、彼女は目を丸くする。元大好物と同じ匂いで、尚且つ己を『ご馳走』などと表現されたレイは不快感を露わにした。


「貴様……我を――」

 レイが何か言葉を発しようとした瞬間、けたたましいアラーム音が鳴り、彼の声がかき消される。


「おォ! もうすぐアニメが始まる時間だァ! 鳴無旋の記憶の件はミナトくんにもきちんと伝えておくぞォ。それではさらばだァ」

 ノワールは携帯端末のアラームを止め、レイと奈ノ禍にそれだけ言うと、休息エリアの方へ飛び立ってしまった。


「……ホント、のわるんてかなりマイぺだよね……」

「……愁詞奈ノ禍、我は本当にアレと同じ匂いがするのか……?」

 深刻な顔でレイがそう問いかけてくるものだから、奈ノ禍は「ちょっとごめんね」と言ってから少し彼の匂いを嗅いだ。それから「あ~これは……」と、少し考えた後、何か思いついたような顔でレイを見る。


「花の匂いに近いかな。アレからも確かに時々、花の香りっぽい匂いはするケド、逆にほぼ無臭の個体もいるし。ミナっち曰く、のわるんて昔は植物もよく食べてたらしいし、その中にあーしらが知らない大好物があったかもだしさ。アレのコトだって、決めつけなくてもいいんじゃない?」

 奈ノ禍の言葉に、ノワールに『元大好物と同じような匂い』だと言われてからずっと、不服そうだったレイの表情が和らぐ。


「確かにそうだな……。正直、『ご馳走』発言だけは引っかかるが……そもそもあの男の言う事はあてにならない事も多い。ゆえに気にするだけ無駄か……」

「そーそー。深く考えるだけムダだって」

 レイと奈ノ禍はそう結論付けると、もう話す事もなくなったからと、互い相棒の元へと帰っていった。

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