第46.5話 それぞれの夜 前編

 同日深夜、零時過ぎ。訳アリ生徒専用の男子寮の一室。


 ノワールはそろりとベッドから降り、眠っているミナトとアッシュを見て、二本の触手でハートマークを作る。このままずっと彼らの寝顔を眺めていたい気持ちはありつつも、ノワールはミナトの携帯端末を持ってそっと部屋を出た。ミカと大和やまとに電話をかけるために。


 基本的に、生徒が親などに電話をかける際は運営による監視及び、通話内容の記録もされる。だが、ノワールは相棒サイドで、ミカ達は元生徒であるため、自由に電話をかける事を許されている。


 ノワールは一階の誰もいない食堂まで行き、携帯を体内に入れてからミカに電話をかけた。スリーコール後、電話口からミカと少し遅れて大和の声が聞こえ、ノワールは微かに笑う。


 ミナトがゲームに参加した日は必ず、ノワールはミカ達に電話をかける。ゲームについての報告が終わると、ミナトやアッシュの最近の様子を伝え始め、彼らの話ばかりする。そのため、ミカに「ノワールは最近、どうなのよ?」と聞かれるのが、恒例となっている。


 ノワールが自分の命を差し出した事はミカ達も当然、最初は知らされていなかった。けれども、執着のテンシのボス・オブセシオンに全てを暴露された日に、ノワールは自棄になって彼女達にもその事を伝えて叱られた。その際、「ミナトくんさえ家に帰せればいいだろォ」なんて平然と言った所為で、ミカと大和を泣かせてしまう。


 それ以来、ノワールは『ミナトくんだけを帰す』などと口が裂けても言えなくなったが、まだその気でいる。それが解っているのか、特にミカは毎回「ミナトを泣かせたら許さないから」と、遠回しにノワールにも生きて帰ってくるよう言う。直接的な言葉を使わず、ミナトの名前を出した方が、少しくらいはノワールに響くと信じて。


 ミカと大和は今も親や友人を盾に取られたままで、身動きが取れない事を歯がゆく思っている。また、我が子を心配する気持ちはあれどミナトの意思を尊重すると、苦渋の決断を下した。自分達がミナトの立場なら、同じようにノワールもおんも見捨てられないと思ったからだ。


 ミナトは……ノワールや悧音達ルーザーの件を知った日から、両親と連絡を取らなくなった。彼なりの両親に対する負い目と決意の表れらしく、ノワールに強引に電話をかけるよう言われても、その時ばかりは必ず逃げてしまう。だから最近はノワールも諦めて、彼だけでミカ達に電話をかけるようになった。


「たまにはゲームに関係なく、電話かけてきなさいよ」

「またお話聞かせてね〜」

「うむ……分かったぞォ」

 今日の電話の締めは、この言葉といつもの「おやすみ」だった。そのあとノワールはふとあの事が気になり、毎週視聴しているアニメの放送開始五分前にアラームをセットしてから、寮を飛び出した。




「おい、小僧」

 一方、ミナトは夢の中で、とある存在に声をかけられていた。


 何もない真っ白な空間の中、ミナトは声のした方を振り返る。すると、そこには色白の綺麗な男性が立っていた。


「あ! 風のカミさまだ~」

 ミナトは男性の姿を視界に捉えると、顔を綻ばせて手を振る。彼に『風のカミさま』と呼ばれた男性は、ヒラヒラと手を振り返してから腕組みをした。


 オールバックにした、はなろくしょうのメッシュ入りの黒髪。美しい筋肉を見せつけるように、はだけさせた黒シャツは一つもボタンを留めていない。ワイドパンツとサンダルもシャツと同じ色だ。左足首には、ピンクの花と水色の雫型のチャーム付きアンクレットをつけている。身長はミナトとほぼ変わらない。


 この風のカミは、ミナトがこうりゃく学園に入学した日から度々、彼の夢の中に現れるようになった。最初の頃はただ姿を現すだけだったが、ある日を境に話しかけてくるようになり、今ではちょっとした交流が続いている。


 とは言え、ミナトは『風のカミさま』の事をまだあまりよく知らない。

 子ども生徒ではなく、教師など大人と契約を結ぶため、ここ数年は海外のゲームに参加する事が多い。アッシュとミナトの両親とは親しい間柄である。なぜかノワールの事は『ノワ坊』と呼び、彼とはあまり仲が良くない。


 それから、ノワール曰く『生粋の女性好きの遊び人』である事。この風のカミについて、ミナトが知っているのはこのくらいだ。


「今回随分と無茶しやがって。ノワ坊は兎も角、ミカと大和とアッシュを悲しませるような事はすんじゃねぇよ」

「うん。今回流石に無茶し過ぎたなって、反省してる」

「ほんとかよ……?」

「うん。あ! そうだ~。ノワにぃが『絶対にヤツが風で殴ってきたァ』的なことを言ってた気がするんだけどさ~。もしかして、オレ達のこと助けてくれた? 風のカミさまも」


 ミナトは一度、僅かに眠りから覚めた際にはっきりしない意識のまま、ノワールがアッシュにそんな事を言っていたのを聞いた。その後、すぐまた眠りについたため、聞き間違いかもしれないと思いつつもミナトは念のため、風のカミに問いかけてみる。


「さぁな。ノワ坊の勘違いだろ。大体、俺様は小僧達を助けられる立場にない訳だしな。手助けなんかしねぇよ」

「そっか~」

 風のカミはぶっきら棒な態度でそう言い、ミナトもすんなりと引き下がる。


「たくっ……相変わらず、大和みてぇな緩さだな。それでいて、変に頑固なところはミカにそっくりだ」

 どこかフワフワしているミナトの顔を覗き込み、風のカミは呆れたように言葉を発した。


「へへへ~……なんか照れる~」

「……褒めてねぇけどな」

 風のカミはそう言って、「フッ……」と笑った後、徐々にミナトから離れていく。


「もう帰っちゃうのか?」

「あぁ。あんま長居して、運営側のカミ共に勘付かれたら面倒だからな」

「そっか~……」

 少ししょんぼりした顔をするミナトを見て、風のカミは困ったように笑う。


「ったく……またこうやって会いにきてやるから、んな寂しそうな顔すんなよ……。俺様と長話するより、今日は体と精神をしっかり休めろ。分かったな?」

「うん。分かった。ありがとう」

 風のカミの言葉にミナトは嬉しそうに頷くと、笑って手を振る。その事に風のカミは少しほっとしたような顔で軽く手を振り返すと、ミナトの夢の中から消えた。


 それからすぐにミナトは深い眠りにつき、それ以降は何も夢を見なかった。




 時を同じくして、真夜中の草原エリア。


 ――これで最後かな……。


 シニガミ族のはそれぞれ違う色がついた音符型のを一ヵ所に集めた後、四葉のクローバーをマイクに変形させた。そして、それらの魂をあの世に送るため、綺麗な声で悲しい詩を歌う。


 掌サイズの魂らがゆっくり天に昇ると同時に、亡くなった生徒達の記憶の一部が奈ノ禍の中に流れ込んでくる。


 シニガミ本人にその意思はなくとも、旅だって逝く魂達の記憶の一片を見てしまう事に、奈ノ禍は罪悪感を抱く。けれども今回ばかりは例外で、リツ達が助けた女子生徒の魂がなかった事を確認できてホッとする。


 その女子生徒は無事だと聞かされてはいたが、診療所を管理するヨウセイ達に彼女との面会を断られた事で、奈ノ禍は少しばかり疑っていた。本当は女子生徒の処置が間に合わず彼女は命を落とし、その事をリツ達に隠す気なのではないかと。


 後からその事実をリツとめぐるが知ったら、余計にショックを受けるかもしれない。奈ノ禍はそう考え、あの世に送った魂の中に、女子生徒のものがない事を確認するまで不安だった。


 ―—はぁー……我ながら疑り深くてイヤになる……。


 奈ノ禍はリツや旋達のように一度、信頼した相手に対しては最後まで信じようと思えるが、それ以外の存在はすぐに疑ってしまう。そんな自分の性質に嫌気が差しながらも、マイクを四葉のクローバーに戻す。


 シニガミ族は最初からこの世界に住む種族で、MEALミール GAMEゲームに協力しているのは奈ノ禍だけである。彼女がゲームに協力するようになったのも約三年前で、おとなしリツが二人目の相棒だ。


 奈ノ禍がゲームに関わる事を他のシニガミ……特に彼女の兄は反対した。それを押し切って、運営に協力を申し出た奈ノ禍に、兄はせめてシニガミ族の仕事だけは続けるよう命じる。


 元々はシニガミ達が持ち回りで定期的にてん島にやってきて、魂を一気にあの世へ送っていた。だが今は、奈ノ禍がこの島の魂を全てあの世に送っている。それが、ゲームに協力し続ける奈ノ禍に出された条件だからだ。


 それゆえ、ゲームが行われた日の深夜に奈ノ禍は毎回、シニガミの仕事を淡々とこなしている。

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