第46話 執着のテンシのゲームを終えて

「――どの……ノワール殿……!」

「おォ……! アッシュ、くん……?」

 理性を戻した後もしばらくの間、ぼぅっと過去を振り返っていたノワールは、アッシュの声にハッとする。


 アッシュは透明な球体バリアの中から顔を出し、小さな手の平でペチペチとノワールの頬を叩いていた。だが、ノワールがアッシュの名を呼んだ事でホッとして、彼の頬に自分の額をくっつけた。


「ノワール殿……ミナト殿は無事か?」

「うむ……。今は意識を失っているが、無事だァ」

「それならよかったのだ」

 アッシュは目に涙をため、震える声で呟いた。ノワールは「心配をかけてすまない」と謝ると、徐々に体を小さくしていく。


「ノワにぃ、アッシュさん」

 ノワールが通常サイズまで戻った瞬間、彼の体内にいるミナトが声を発した。その事にノワールとアッシュは目を輝かせ、勢いよく顔を見合う。


「ミナトくん!」

「ミナト殿!」

 ノワールは体内に顔を戻すと同時に、アッシュも中に招き入れる。そして、ノワールはミナトに頬擦りをし、アッシュは彼の胸に飛び込んだ。ミナトは倦怠感が残っているものの、大好きな相棒達に囲まれて嬉しそうに微笑む。


「全く君はァ……無茶ばかりしてェ」

「うん。ごめんね……」

 ミナトは少し眠そうな声で謝る。それから数秒程、ぼぅとした後、おもむろに口を開く。


「きれーな歌声だよね。ちゃんはもちろん、リツちゃんも。おまけにリツちゃんの歌声はなんか……不思議な感覚もして、すごかったし」

「ミナトくんも聴いていたのかァ?」

「うん。なんかね~、リツちゃんの歌声に手を引かれる感覚がして……目が覚めたんだぁ」


 意識を失っている間、ミナトは深くて真っ黒なところに沈んでいた。そこから脱出したくても体が全く動かなくて、ぼぅっとしていると不意に、リツの歌声が聴こえてきた。それに導かれるように、体が徐々に浮遊していった事で目が覚めたと、ミナトなりの言葉でノワール達に説明する。


「私はおとなしリツの歌声を耳にした瞬間、何故だか昔の事を思い出したぞォ」

「ふむ……これはめぐる殿から聞いた話なのだが……。奈ノ禍殿曰く、リツ殿は特別らしいのだ。ゆえに、そのような不思議な力が発揮されたのかもしれぬ」

「特別……。ねぇ、アッシュさん。リツちゃんの歌なら、おんくんのことも目覚めさせられるかもしれないからさ。一緒にお願いしてみない? リツちゃんに」

 ミナトはアッシュを抱きかかえ、ふと思いついた事を口にした。その提案にアッシュは「む……」と、迷う素振りを見せる。


「……迷惑では、ないだろうか……」

「うーん……だったらその分、ゲームでリツちゃんを可能な限り、サポートするってのはどう?」

「その条件をリツ殿が飲んでくれるのであれば……お願いしたいのだ」

「うん。とりあえず、ダメ元でも頼んでみよ~」

 ミナトはアッシュをぎゅっと抱きしめ、彼の背中を優しく撫でた。アッシュはミナトの胸に体を預けて、小さく頷く。



 ――鳴無リツなら無条件で了承してくれるだろうなァ。君達だって、仮にお願いを断られても、彼女をサポートするだろうに……全くゥ……。


 ミナトとアッシュの会話を聞きながらノワールはそう思ったが、あえて何も言わずに愛おしさを込めて彼らに頬擦りした。


「それにしてもさ、まるでノワにぃが歌ってるみたいだったと思わない? リツちゃんの歌い方」

「うむ。それがしもそう思ったのだ」

「ポルグラフィックの『私の心を、君の愛を射てくれ』を歌ってる時なんて、特にノワにぃぽかったよねぇ」


 ミナトは最後にリツ達が歌っていた曲を思い出しながら、どことなく嬉しそうにふわふわと笑う。アッシュも笑顔で何度も頷く。けれどもノワールは、ミナトとアッシュの言動にきょとんとした顔をする。


「ふむ……私っぽいとは具体的にどういう意味だァ?」

 ノワールの問いに、ミナトはどこか照れくさそうな顔をして、思わずアッシュの方を見る。ミナトの視線を受け、アッシュは微笑ましそうに小さく頷いた後、ノワールの方を見て口を開く。


「ミナト殿への真っ直ぐな愛がこもっているところが、とてもノワール殿っぽかったのだ」




「うまくいったってことでいいんすかね……?」

「多分……?」

 旋とリツはぴょんぴょんと飛び跳ね、ノワール達の様子を確認しようとするが、当然ここからは何も見えない。


「そろそろ様子を見に行ってみないっすか?」

「うん。ジブンもそう思う」

 そんな事を言いながら二人は、それぞれの相棒の顔を見る。


「……ここで待っていれば、いずれ向こうからやって来るだろう」

「そーそー。もしかしたら、大事な話をしてるかもしれないし? もう少しだけ、そっとしておいた方がいーんじゃない?」

 レイと奈ノ禍の言葉に、鳴無兄妹は納得し、その場に留まる事を決める。



 しばらくすると、ノワールが残り少ないを懸命に動かしながら、ミナトとアッシュを連れて旋達の元へ飛んできた。


「先程はすまなかった。ありがとう」

 ノワールは体内から顔を出し、頭を低くする。

「ノワにぃのこと、落ち着かせてくれてありがとね」

「ありがとうなのだ」

 ミナトとアッシュも、ノワールの体内から出てきて頭を下げる。


 レイと奈ノ禍は『お礼ならこの二人に』と言いたげに、旋とリツを前に出す。鳴無兄妹は小さく首を横に振り、照れくさそうに笑う。


 そんな二人を見たミナトは『可愛い兄妹だなぁ』と思うのと同時に、ふらりとノワールの方に倒れ込む。


「ミナトさん!?」

「大丈夫っすか!?」

「へーきへーき、いつものことだから。ノワにぃの、ちからを……つかいすぎると……ねむく……」

 まだ強い倦怠感が続いていたミナトはとうとう限界を迎えて、深い眠りについた。


「眠っただけだから安心してくれェ」

 旋とリツがあまりにも心配そうな顔でミナトを見つめるものだから、ノワールは少し困ったように笑う。アッシュも二人を安心させようとコクコク頷く。


 旋とリツはじりじりとミナトに近づき、彼の小さな寝息を聞くとようやく安心したのか、胸を撫で下ろした。鳴無兄妹のその表情を見てノワールは微かに笑った後、ミナトを体内に招き入れる。



 そのあと、鳴無兄妹の提案で一度、草原エリアへ瞬間移動装置でワープする。しかし、そこにはおとも他の生徒も既にいなかったため、すぐに休息エリアにワープした。



「鳴無リツゥ、ミナトくんとアッシュくんが君にお願いがあるらしい。だから今度、話を聞いてあげてくれないかァ?」


 解散直後、眠っているミナトと遠慮し過ぎるアッシュの代わりに、ノワールはリツにそう言った。突然の事にリツは一瞬、きょとんとしたものの、すぐに笑顔で「分かったっす」と答える。すると、アッシュは慌てて頭を下げ、「よろしくお願いするのだ」と言った。


 ノワール達と別れた後、旋とリツ達はそれぞれの寮に帰る前に診療所に寄るが、助けた女子生徒との面会は叶わなかった。


 旋はリツと別れる直前、男子寮と女子寮の境目で、ゲーム開始前の自分の態度について謝る。けれどもリツはその話をされるまで、そんな事などすっかり忘れていたのもあり、「気にしてないっすよ」と笑った。


 その様子を少し離れたところから眺めていた乙和は、どこか安心したような顔をしてから訳アリ生徒専用の寮の方へ歩き出す。


「乙ちゃまって~ほんとは甘々で優しいよね~」

「どこが?」

「ふふ……べっつに~。てかさ~乙ちゃまはあの二人に、こうちゃまと自分を重ねてたりするんじゃないのぉ? それでぇ、二人のことが気になるとか~?」

「……言ってる意味が分からないんだけど?」


 スリプの言葉に、乙和は少しムッとしたが、歩みは止めない。そんな彼女をからかうようにスリプは笑い、乙和の周りを飛び回りながら言葉を続ける。


「乙ちゃまと煌ちゃまは数年前まで~、あの二人みたいに仲良しだったんでしょ~? だからほんとは~煌ちゃまと仲直りしたいんじゃないかな~って思ったのぉ」

「……確かに昔は仲が良かったかもね? だけど、わたし達はもう、リツちゃんと旋くんみたいな関係には戻れない。どれだけあがいても、一生ね……」

 乙和は冷たくて、どこか悲しげな目でスリプを一瞥した後、スタスタと早歩きを始める。


「ふふ……乙ちゃまはさぁ……ほんとは誰を憎んでるのぉ?」

 スリプはニタリと嗤いながら、先を行く乙和の背中に向かって、そうぽつりと呟いた。



「レイ、記憶のことだけど……明日、ジブンが起きてから返してくれないか?」

「ゲームが終了した後にと約束した筈だが……明日でいいのか?」

 旋の言葉に、レイは微かに目を見開き、問いかけた。旋は少し遠慮気味に頷き、レイを見上げる。


「うん。今日は疲れたからさ、一晩寝て、万全の状態でいろんなことを思い出したいんだ。ワガママ言ってごめん」

「ワガママなどではない。我も……心の準備をする時間がほしいと思っていたがゆえに、その申し出は助かる」

「そっか……。じゃあ明日、記憶を返してもらうってことで。約束」

「あぁ……」

 旋が小指を差し出すと、レイは恐る恐る自分の指を絡めた。


 そして旋とレイはどことなく緊張した面持ちで、高等部男子寮の方へ、同時に歩き出した。

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