第41話 瞬間移動と詩の力
その頃、草原エリアにいる
レイと
以前にも、連れ去られたミナトを追って、この島に乗り込んできたノワールが同じ状態になっていた事。その際、ノワールが周囲を気にせず、暴れ回っていた事を知っているレイは、より強く
「じゃあ、このまま放っておけって言うのか? そんなの、何の解決にもならないだろ?」
「それは、そうだが……我らが奴の元へ向かったところで一体、何が出来る」
レイの言葉に、旋は「それは……」と言い淀む。
すると、リツが「できることはあるっす」と、レイと旋の間に割って入る。そして、シャボン玉の中での出来事を簡潔に話した後、奈ノ禍と自分の歌でノワールを落ち着かせようと提案した。だが、奈ノ禍は険しい表情で、首を横に振る。
「リッツーが特別なだけで、シニガミの力はそんなに万能じゃないから……」
「アタシが特別とか、実感はないのでよく分かんないっすけど……それなら尚のこと、助けに行くべきじゃないっすか!」
リツの返答に、奈ノ禍は『余計なコトを言ってしまった』と内心、自分自身に舌打ちする。
「だったらジブン達は何かあった時に、歌っているリツと
旋まで前のめりにそんな提案をするものだから、レイは小さくため息をつく。鳴無兄妹がこうなると絶対に引かない事を、レイと奈ノ禍は理解している。ゆえに彼らの方が折れ、声を揃えて了承する。
「ただし、あまり近づき過ぎず、身の危険を感じた際には即座に撤退すると約束出来るか?」
「うん! 約束する」
「約束するっす!」
レイの言葉に元気よく返事をする鳴無兄妹を、奈ノ禍は苦笑いで一瞥すると、人形エリアの方に目を向ける。
「ところで……ここから向こうまで結構、距離があるケド、移動はどうするの?」
「そのことなんすけど、旋にぃとレイサンって瞬間移動できる装置的な物は作れたりするっすか?」
リツの問いかけに、旋は思わずフリーズする。その数秒後、「その手があったか〜!」と膝をつき、項垂れた。
「め、旋にぃ……?」
「早く走れるスニーカーってなんだよ……。
そこまで呟いた後、旋はすぐに気持ちを切り替え、スッと立ち上がる。それから戸惑い気味のレイに、『こんな瞬間移動装置を作りたい』と案を伝えた。
まず、旋がアイテムの形状や機能を思い浮かべ、物を形作る。レイはそれに触れ、島の全体図を記憶させる。そうして完成したのが、タブレット状の地図アプリのような装置だ。行きたい場所をタップし、移動したい者達は全員、装置に触れて決定ボタンを押せば、目的地へワープできるシステムになっている。
「移動先は人形エリア付近……この辺りかな? よし、それじゃあ――」
「はいはーい! スリプちゃん達も一緒に連れてって~」
旋が装置を操作し、リツとレイと奈ノ禍がそれに触れたタイミングで、スリプが手を挙げながら近づいてきた。
スリプに引き止められ、奈ノ禍とレイは露骨に嫌そうな顔をする。一方、旋とリツは乙和達にもついてきてもらうべきか、否か悩んだ。
「……旋っち。あいつは無視して行こ?」
「え~冷た~い。乙ちゃまの情報とスリプちゃんの能力は役に立つのに~」
「情報?」
奈ノ禍がそのワードに食いつくと、スリプはニヤニヤしながら乙和の耳元に近づく。
「乙ちゃまは~ミナトちゃまの好きな曲も知ってるもんね~?」
「うん。ミナトくんはポルグラフィックの『愛を届けるみちへ』が特に好きらしいよ?」
「情報ありがと」
スリプに対して内心、少しイラっとした乙和は、リツと奈ノ禍に必要であろう情報を即座に察し、迷わずそれを提示する。その事にスリプは頬を膨らませ、奈ノ禍は礼を言う。
「どうして今、言っちゃうの~って……うわ~ん、またスリプちゃんのこと半分こにしようとしてるぅ」
「スリプちゃんのことは無視して早く行ってあげて? わたし達が一緒に行ったところで、スリプちゃんがまた迷惑をかけるだけだろうし」
乙和はスリプを鷲掴みにすると、旋達にそう伝える。
「だってさ。てコトで、行こ。旋っち」
「う、うん。それじゃあ、決定と……」
奈ノ禍に促され、旋は決定ボタンを押す。その瞬間、旋達四名はその場から消える。
「あーあ……行っちゃったぁ。てかてか〜ほんとに行かなくてよかったのぉ? ミナトちゃま達も~乙ちゃまを助けてくれたことあるのに〜」
「……いつ?」
「ほら、乙ちゃまってよくお外で寝てるでしょ? その時に、ヤンチャな男の子達が絡んできて~ミナトちゃま達が追い払ってくれたの〜。ゲリラゲームが始まる前には〜スリプちゃん達に、乙ちゃまを安全な所に連れて行くように言ってくれたし〜」
スリプの話を聞いた乙和は、「そうだったんだ……」と呟き、何かを考え出す。そんな乙和をスリプはワクワクしながら見つめ、彼女の気が変わる事を期待した。
「……でも、だったらなおさら、これでいいよ。今のスリプちゃんはほんと、何をしでかすか分からないし。迷惑をかけるくらいなら、何もしない方がマシでしょ? 恩返しはまた今度ね?」
「ちぇ〜」
期待通りの言葉が返ってこなかった事に、スリプはまた頬を膨らませる。乙和は呆れたような顔で、その頬をつつくと、ノワールの方を見つめた。
人形エリア付近にワープした旋達は、ノワールの叫び声に思わず怯む。それと同時に、旋の背中に何かが激突し、彼は驚いて振り向く。
「アッシュさん!?」
「ミナト殿! すまぬ! 無我夢中で気がつかなかったのだ! それに、レイ殿と奈ノ禍殿と……」
「旋にぃの妹の鳴無リツっす! 中学三年生っす!」
「旋殿の妹君であったか!
初対面とは言え、こんな時でもリツとアッシュは、丁寧に自己紹介を始める。ノワールの咆哮にかき消されないよう、大きな声を出して。
それを見かねた旋とレイは今後のためにも、外部からの大きな声と音だけを遮断するバリアを張った。
「アッシュさんも、ノワールさん達が心配でここまで来たんですか?」
「その通りなのだ。正直、某の声に耳を傾けてもらえるか分からぬが……ノワール殿のあの姿を見て、ミナト殿に何かあったのではないかと思って……。いても立ってもいられなくなったのだ。そういう旋殿達も?」
「はい。実は──」
旋はこれから自分達が何をしようとしているのか、アッシュに伝える。
「なるほどなのだ……ところで、リツ殿と奈ノ禍殿はどんな曲でも歌えたりするのだろうか?」
「はいっす! メジャーからインディーズまで幅広く聴いてるつもりなので、ある程度は歌えるっすよ」
「リッツー程、詳しくはないケド……あーしもよっぽどマイナーな曲でなければ
「では、ノワール殿が好きな曲も、歌ってみてはくれぬだろうか?」
アッシュはそう問いかけた後、三つの曲のタイトルを順番に述べた。それらはノワール曰く『私の気持ちを歌っている曲』らしい。それゆえにアッシュは、これらの曲も効果があるのではないかと、リツ達に伝えた。
「その三曲なら結構、カラオケでも歌うので問題ないっす!」
「あーしも
「では、よろしく頼むのだ。某は可能な限り、ノワール殿に近づいて、説得を試みてみるのだ」
リツと奈ノ禍の心強い返答に、アッシュは安心したような顔になると、バリアの外へ出ようとした。けれども旋は、そんな彼の名前を呼んで引き止める。
「だったらこれで移動してください。今いるバリアと同じように、外からの大きな音とかは遮断して、中からの声はきちんと届くようになっているので」
「旋殿……恩に着る。ありがとうなのだ」
アッシュは感激したようにお礼を言うと、旋が作り出した透明な
旋とアッシュがやり取りをしている間に、準備を済ませていたリツと奈ノ禍は顔を見合わせる。リツはギターで前奏を弾き始め、奈ノ禍はスタンドマイクに手をかけた。旋とレイはバリアの最終調整をした後、もしもの時に備えて武器を作り出し構える。
前奏が終わると、リツと奈ノ禍はユニゾンで歌い始める。一曲目はロックで疾走感のある爽やかな曲だ。
リツはノワールとまだ少ししか会話をしていないが、その中で彼の『ミナトに対する愛』は感じ取っていた。だからリツはノワールのその部分を、自分の心に憑依させ、彼になりきって唄う。ノワールの少し狂気も孕んだ、真っ直ぐ過ぎるミナトへの愛を歌声に込めて。
リツと奈ノ禍が歌い始めた刹那、強い風が吹いた。それは彼女達の歌声を、ノワールの元へ運ぶように、真っすぐ進んでいく。
強風はノワールの耳に歌声を届けたついでに、彼の頬を目一杯、叩くように通り過ぎていった。その衝撃にノワールはハッとすると同時に、リツと奈ノ禍の歌声に気がつく。
その次の瞬間、まるで走馬灯のように、ノワールは過去の出来事を一気に思い出す──。
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