第42話 ノワール・ローザ=パーシャリティー①

 ──アルカンシエル・ローザ=パーシャリティー=クエルフ・ファミーユ・リムシェ……またの名を、偏愛のテンシ。彼はカラフルなイソギンチャクのような触手体に、虹色の薔薇によく似た翼が生えている。


 そんな彼が唯一、生み出したテンシが『ノワール・ローザ=パーシャリティー=クエルフ・ファミーユ・リムシェ』だ。


 彼らは他のテンシ達と違い、他種族に手を出さない。食事はたまに、木の実や植物を口にするだけで、何十年も二体だけで穏やかにのんびりと過ごしていた。




「パパ上、私は同族テンシを食してみたいぞォ」

 そんなある日、ノワールは長年抱いていた願望をアルカンシエルに伝えた。


 すると、アルカンシエルは少し思案した後、「それも一つの愛と言えるだろう」とノワールを肯定し、自身の触手を斬って差し出す。こうしてテンシの味を覚えたノワールは、密かにアルカンシエル以外の同族を喰らうようになる。




「我は旅に出る。ノワール、お主ももう立派な個体故、と言う存在に縛られず、自由に生きよ。だがもし、何か助けが必要な際は、この羽に向かって私の名を呼ぶと良い。さすれば必ず、我はノワールの元に姿を現わそう」


 水面下で他種族を喰っていたテンシ達が本性を現し、シエルトが混沌とし始めた頃。アルカンシエルは日々、激化するテンシと他種族の戦いに嫌気が指したのか、故郷のシエルトを離れる事を決めたらしい。その際、彼はそんな言葉を言って、自分の虹色の花びらを一枚、ノワールに渡した。


 ノワールは寂しさを感じながらも親離れすべく、その言葉を受け入れる。


「旅立つ前に一つ……ノワールに謝らなければならない事がある。以前、お主が同族を食してみたいと願望を口にした際、我は『それも一つの愛と言えるだろう』と言ったが、あれは間違いだった。我の所為で、道を踏み外させてしまい、本当にすまない。だが、安心してほしい。我が父シテンシは今後、同族を食さないのであれば、ノワールを許すといってくれた。故にノワール、どうか二度と同族を食さないと、約束してはくれぬか?」


 アルカンシエルの言葉を受け、ノワールは触手体から狼に似た顔を出し、「何故だァ? パパ上」と問う。それに対し、アルカンシエルは「同族を食す事は本来、許されないからだ」とだけ答える。


「うむ……何だかよく解らないが……パパ上がそう言うのなら、食べないでおこう」

 どこか腑に落ちない表情をしつつもノワールがそう返事すると、アルカンシエルは安堵したように小さく息を吐いた。


「ノワール、きっとお主にも本当の愛を見つけられる日がくる。必ず、な……」

 アルカンシエルは最後にその言葉だけを口にすると、空高く飛び立った。彼が言った『本当の愛』が何なのか、今のノワールには一ミリもピンとこない。




 それからしばらく経った頃。

「やはりテンシは美味いなァ」

 ノワールはムシャムシャと同族テンシを食していた。


 最初の頃は、アルカンシエルとの約束をノワールはしっかり守っていた。だが、木の実など主食となる物がなくなり、彼の空腹が限界に達した事で、つい魔が差してしまったのだ。更に、やはり同族は美味しいと改めて感じ、アルカンシエルとの約束より己の欲望を優先するようになる。


 ノワールはテンシを食べつつ、適当に日々を過ごした。




 月日は流れ、MEALミール GAMEゲームが始まると、ノワールは堂々とヒト側についた事で、同族から裏切者の烙印を押される。それと同時に、『ノワール・ローザ=パーシャリティー=クエルフ・・リムシェ』に改名させられた。


 ――テンシをたくさん喰べられるかもしれなァい。


 全く裏のないその考えだけで、ノワールはヒト側についたのだが、テンシであるが故に歓迎されなかった。


「テンシ族と相性のいい人間がなかなかいなくてね……」

 運営にそんな嘘をつかれ、薄暗い真四角の建物の中に、ノワールは何十年も閉じ込められてしまう。ご機嫌取りのつもりなのか、時々、運営から提供されるテンシの残骸を食しながら、ノワールは退屈な日々を過ごす。




 割と気が長いノワールも流石に限界を迎えると、触手をバタバタさせて駄々をこね始める。


「相棒が見つからないと言うならばァ、私のみで戦うゥ」


 建物の中で暴れ回るノワールを見かねた運営は仕方なく、契約相手を失ったばかりの少女を、彼の相棒として差し出す。それが、後にミナトの母となる少女……くまミカだった。


 ノワールがミカと出会って間もない頃は、互いに反発し合い、よくケンカをしていた。そんな彼らの間を、アッシュと後にミナトの父となる少年……なばり大和やまとが取り持ってくれたのもあり、徐々に関係性が変化していく。


 ミカが抱える傷を知ると、ノワールは少しずつ彼女に寄り添うようになった。ミカと因縁深い“風のカミ”との問題を、アッシュ達と共に解決した事もあった。また何より、ゲームを共に乗り越えた事でミカとの絆が芽生えていく。


 そんな時、悲劇は起きた。


「ミカくん……! 目を覚ましてくれ……ミカくん……!」


 ノワールを庇い、ミカが負傷したのだ。ノワールは酷く動揺し、ミカの手を握りながら、何度も彼女の名前を呼び続けた。


 結果的にミカは一命を取り留めたが、二度と同じ目に遭わせないよう、食事よりも彼女を守る事を優先しようと決意。ゲームの最中は戦いに集中し、テンシを食べるとしてもミカの安全が確保されてから、残骸のみを食すようになる。


 ノワールは己の欲望を満たすより、大切な相棒を守る事を優先するようになったのだ。それゆえ、主食はと同じ物を食べるようになり、その美味しさに感動もした。


 ある日の午後。ノワールは触手で器用にフォークを使い、美味しそうにナポリタンを食していた。


「ねぇ、ノワール。どうして最近、あまりテンシを食べなくなったの?」

「この先、一生、テンシが食べれなくなるより、君を失う事の方が嫌だと思ったからだァ。君とお別れするのはとても悲しい」

 ミカの問いに、ノワールは真っすぐな瞳で答える。ノワールのその返事に驚いたのか、ミカは一瞬だけ目を見開き、しばらく黙り込んだ後、おもむろに口を開いた。


「だったらさ……わたしがこの学園を卒業する時に、ノワールも一緒にここを出て、うちに来る?」

 思いがけないミカの言葉に、ノワールは驚くが、すぐにうれしそうに頷いた。


 とは言え当然、運営からそんな許可など下りる訳がない。そう考えたノワールは風のカミの力も借りて自らの死を偽装、顛至島を抜け出してミカの家に転がり込んだ。その後はミカと大和の恋模様を静かに見守り、時には二人と楽しい時間を過ごした。


 唯一、残念だったのは、大和に『ぼくらと一緒に顛至島を出よう』と誘われていたアッシュが、それを断った事だ。


 初対面の時からノワールとアッシュは、妙に波長が合うようだった。


 ノワールは体内から狼のような顔を出し、アッシュをじっと見る。アッシュもノワールの目をじっと見つめ返す。


 その数秒後。ノワールとアッシュはどちらからともなく、ぎゅっと抱きつき合う。


「アッシュくん!」

「ノワール殿!」


 互いの名前を呼び合った後、ノワールとアッシュは即興で謎の舞を踊った。


 こうしてノワールとアッシュは、夜な夜な星空を眺めながら、互いの事などを語り合う仲となる。


「ところでアッシュくんはなぜ、テンシである私を受け入れてくれたんだァ?」

「ノワール殿は他のテンシと違って、優しいと直感したからなのだ。ノワール殿となら、友になれると」

 アッシュの答えを聞いたノワールは、ますます彼の事が好きになり、彼らは日に日に仲を深めていく。


 ゲームの際は連携して互いの相棒を守り、ヒトが寝静まった夜は広場で語り明かす。どれだけ話しても話題は尽きず、彼らは掛け替えのない時間を共に過ごした。


 ゆえにノワールは当然、アッシュとも一緒に暮らしたいと、強く思っていた。けれども、皇掠学園に残る事を決めたアッシュの考えを尊重し、涙ながらに彼とは別れた。



 こうりゃく学園での出来事を経て、ノワールにも大切だと思える存在ができた。それと同時に、友情の意味を知り、他者に対する思いやりの心も得た。


 けれども、『本当の愛』と呼べる感情はまだ見つけられていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る