第40話 守る執着と抑えられない愛

 時は少し遡り――人形エリアで戦闘中のミナトとノワールは背中合わせで、一向に減らない執着のテンシ達を見上げていた。彼らの背に生えたは残り僅かで、息が荒く、いろんな限界が近い。ミナトに至っては本日、二枚目の花びらを食したのもあり、強烈な倦怠感と眠気にまで襲われている。


 人間ヒト花びらを食し、テンシの力を取り込んで使い続けると体に負担がかかり、それなりの代償が伴うからだ。


「さすがに……多すぎない?」

「むぅ……今回はやけにしつこいなァ……」

 呼吸は整ったものの、倦怠感と眠気は解消しないミナトは立ったままフラフラしている。そんなミナトの体をノワールは触手でさり気なく支えながら、苛立った声で執着のテンシ達を警戒する。


 執着のテンシは自分達が有利な状況だからか、ミナトとノワールを取り囲み、彼らの体力がある程度、戻るのを待っているようだった。それが余計にノワールの癇に障るが、ミナトのための休憩時間だと思い込む事で心を落ち着かせる。


「もしかしたら……めぐるくん達が……ここに残ることを、前提とした……数を、放っているのかもね~……」

 ミナトは眠気と戦いながら、途切れ途切れに言葉を発する。それを受け、ノワールはフルフルと複数の触手を全力で横に振る。


「いや、それは違ァう。ならミナトくんが、おとなし旋達を向こうに行かせる事など解っている筈だァ。君ならそんな風に納得するとも、考えているだろうしなァ。つまりこれは……ただの新手の嫌がらせだアァァ!!」

「ははっ……今の叫び声で、ちょっと意識がはっきりした。ありがとう、ノワにぃ」


 ウトウトしていたミナトはノワールの怒り声を聞いた瞬間、意識を持ち直し、返ってきた言葉の内容には触れずに小さく笑う。そのあと足にグッと力を入れて、自分達を嘲笑うように周囲を浮遊する執着のテンシ達を見渡し、ふとある事を思いつく。


 ――……これをしたら、ノワにぃに怒られちゃうだろうけど、少しくらいは無茶しないとね。のままじゃ、ノワにぃのことを守れないし。


 ミナトは心の中でそう呟くと、天を仰いだ。彼は常々、思っていた。人は弱いと。人間の体に文句を言うのは、両親に対して申し訳ない気持ちはある。


 それでも今みたいな状況になると、自分が人でなければ……とミナトは考えてしまう。人でなければ、ノワールに守られるだけでなく、自分も守る側になれるのに、と。


 だからミナトは考えた。今だけでも、人ではない体を手に入れれば……奪ってしまえばいいのだと。これだけたくさんいるのだから、一つくらい奪っても構わないだろうと。


 ——ノワにぃに対する想いと……ノワにぃを守りたいっては、誰にも負けないつもりだよ。ううん、絶対に負けない。


 正面を見据えたミナトの瞳には強い決意の色が宿っていて、けれども表情はやけに穏やかだ。彼のその微笑みに、何かを感じ取ったのか、執着のテンシ達が一斉に動き出す。それと同時に、ミナトは高く飛び上がり、真っ先に視界に入ったテンシのの一部を蹴り壊す。そして、その部分が回復する前に、体内へと侵入した。


「ミナトくん!?」

 ノワールにとって予想外の行動に出たミナトを、彼は追おうとしたが、他のテンシに行く手を阻まれる。それでも必死にミナトの元へ行こうと、無我夢中で触手を振るうが、なかなか前に進まない。


 執着のテンシの蒸し暑い体内にいるミナトは、汗だくになりながらもニコリと爽やかな笑みを浮かべた。

「この体、もらうね?」

 ミナトは大蛇にそう宣言すると、蹴りで頭部を破壊する。それから大蛇がその傷を回復している隙に、四本の紐をそれぞれ、うなじと腰辺りに自らした。


「っ……オレは、ノワにぃに、守られるだけなんて……イヤなんだ。オレだって……ノワにぃを守りたい。……絶対に守るからね、ノワにぃ」

 ミナトは脂汗を流して胸を押さえながら、得体の知れない力に呑まれないよう抗う。


 ――ノワにぃを守りたい。


 そんなミナトの執着心は次第に、その得体の知れない力を逆に呑み込んでいく。


「大好きだよ、ノワにぃ」

 ミナトは執着のテンシを乗っ取る事に成功すると、ふわりと微笑んだ。その次の瞬間、ミナトは執着のテンシの力をフルに活用し、他を薙ぎ倒していく。


 ノワールは何とか周囲のテンシの相手をしながらも、唖然とその様子を見つめた。そんな彼の背後に、空中から新たに現れた、執着のテンシが蔦と紐を振るう――。


「ノワにぃ!」


 ——その事に気がついたミナトは咄嗟に、ノワールと執着のテンシの間に割って入り、攻撃を受け止める。蔦と紐の攻撃によって、テンシのは破壊され、中にいるミナトの体からは血が噴き出す。


「ミナトくんっ!!」


 藤の花つばさを全て失い、残骸となった執着のテンシと共に落ちてくる、血塗れのミナトの体を、ノワールは複数の触手で受け止める。


 僅かに残っていたのおかげで、ミナトの体の傷自体は塞がっていた。だが、無茶をしたミナトの体の負担は大きく、辛うじて意識を保っている状態だ。


「ミナトくんっ……どうしてこんな事……」

「だって……ノワにぃを、守りたかったから……人は、弱いから……ひとのままだと、ノワにぃを……まもれないと……おもって……」

 そこでミナトは意識を手放し、静かに目を閉じた。彼の心臓は動いたままで、呼吸もしている。それでもミナトの体が裂かれた瞬間が……さっきの言葉が……ノワールの頭にこびりつき、彼の心を蝕んでいく。


 ノワールはおもむろにイソギンチャクのような体を真っ二つに開くと、ミナトを守るために中へ引き入れる。彼の体内の真ん中にある狼のような顔は、酷く悲しげで、その表情のままノワールはミナトに頬擦りする。その後、入れ替わるように外に顔を出し、残りのテンシ達を虚ろな瞳で睨みつけた。


 ——ミナトくんミナトくんミナトくんミナトくんミナトくん……ミナトくん……!


 ノワールは心の中でミナトの名を何度も呼び、執着のテンシを片っ端から触手で叩き潰しながら体を巨大化させていく。遠く離れた場所からも、その姿が見える程の大きさになると、叫び声を上げて島全体を揺らした。


 ミナトの無茶な行動を止められなかった上に、守られてしまった不甲斐ない自分への怒り。ミナトを傷つけた執着のテンシへの恨み。ミナトを苦しませ続けるに対する憎悪。その全ての感情が、彼の叫び声には混ざっている。


 ノワールは残りのテンシを一瞬で全て片付けると、空を見上げた。


つるけいすけェ!! 出てこいィィ!!」


 この場にいる執着のテンシを全て倒しても怒りが収まらないノワールは、ミナトを苦しめる元凶の名を叫んだ。呼ばれた本人は一切、反応を示さず、その事にノワールの怒りは余計に募る。


 ノワールは自分の感情を上手く処理する事ができずに、言葉にならない叫び声を上げ続けた。

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