第三章 執着のテンシ

第16話 亀裂

 ゲリラゲーム終了から一週間後。

 半壊していた校舎などは、カミ族の能力ですぐに修復され、生徒達はまた各々ゲーム外の日常を送っている。


「――めぐる、どうかしたのか?」

「へ……あー……ちょっとぼーとしてた」

 旋はに声をかけられた事でハッとし、時計を見た。四時間目が終わり、昼休みになっている事に気がついた旋は、タブレットの電源を切ってから立ち上がる。


  旋はゲリラゲームの翌日から今まで通り、授業を受けているが、あまり集中できていない。リツ寿の前では変わらず、普通に過ごしているが、傍に“ヒト”がいなくなると、ふとした瞬間に胸が痛む。守れなかった亡き友を思い出す度に苦しくなり、気がつけば授業が終わっている事が多い。


 姿を消した状態で、そうした旋をいつも傍で見ているレイは日々、心配が募っていき……今日、ある決断をする。


「あー……今日はお昼、どーしよっかなぁ……」

「旋、食事の前に少しだけ話がある」

「改まってどうしたんだ?」

「……やはり、忘れた方がいいのではないか?」

「は……? 何を……?」


 珍しく姿を見せたレイの顔はいたく真剣で、旋はきょとんと首を傾げる。そんな彼の頭に、レイは指輪をつけた左手を伸ばす。鈍く光っためっ色の石を目にした途端、旋は嫌な予感がして、反射的にレイの手を払いのける。


「ごめん……レイに頭を撫でられるのがイヤとかじゃないんだ。ただ、なんとなく、イヤな予感がして……そ、それで? 忘れるって何を?」

「前に旋が言っていただろう。『絶対に大切な人達を忘れたくない。どんなにジブンが辛くても、ちゃんと覚えておきたいと思ってる』と。しかし、旋はゲリラゲーム以降、よく辛そうな顔をする。亡き友を想い、酷く苦しんでいる。そんな風になるくらいなら、やはり忘れた方がいいのではないか?」

 レイの言葉に、旋は目を見開き、「いや……なに言ってんだよ?」と戸惑う。


「この一週間、旋はずっと彼の死を引きずっているように見えた。以前より笑う回数が減り、妹やさきこう寿じゅの前では無理に明るく振る舞う。旋……彼が死んだのは貴様の所為ではない。そうやって重い十字架を背負い、生き続けるくらいなら、貴様は全て忘れるべきだ。彼の事は忘れて、貴様は我の隣でまた、心から笑っていればいい。……旋の代わりに、我が全て背負おう」

「レイ……? さっきからなに言ってんだよ……冗談、だよな?」

 引きつった顔で一歩、後退った旋の腕を、レイは右手で掴んだ。


「今、楽にしてやる」

「何する気だよ……? レイ! 頼むから待ってくれ!」

 旋は、再び頭に近づいてくるレイの左手を掴み、必死に抵抗した。けれども、圧倒的にレイの方が力は強く、彼の左手がどんどん近づいてくる。


「イヤだ……ジブンは誰のことも忘れたくない!」

 レイの手が頭上まで迫り、旋はぎゅっと目を閉じ、腹の底からそう叫んだ。その直後、レイの動きがピタリと止まる。


 恐る恐る、旋が目を開くと、レイの顔面にモフモフの物体が張りつき、手足は触手で拘束されていた。


「ギリギリセーフ……だよね? 大丈夫だった? キミ」

 後ろから旋の手を引いて、声をかけてきたのは男子大学生のミナトだった。彼はニコリと旋に笑いかけ、「危ないところだったね~」と言いながらレイを見る。


「全く……悪いマオウ様だな~高校生を襲うなんて」

「その声……なばりミナトか?」

「お久しぶり~レイさん。相変わらず、勝手なことしてんね~」


 旋を庇うように、ミナトは前に出て、どこかトゲのある言い方でレイに近づく。そして、ワインレッドのモフモフ……アクマ族のアッシュをレイの顔面から引き離し、抱きかかえる。


「隠ミナト……どういうつもりだ?」

「それはこっちのセリフなんだけど? 嫌がってる子に何をしようとしてたのかなぁ? このマオウ様は」

 ミナトはジト目でレイを見て、軽く挑発するような言い方をする。


 レイはため息をつくと、「もう何もしないから放せ」と言う。

「ホントに?」

「あぁ、今は何もしない」

「わ~……その言い方だと後々なんかしそ~」

「……分かった。現段階では何もしない」

「それってあんま何も変わってないような……まぁいっか……ありがと~ノワにぃ、もう放していいよ~」

「うむ!」

 ミナトの言葉にイソギンチャクのようなテンシ、ノワールは廊下から伸ばしていた触手を引っ込め、教室の中に入ってきた。


「え……花みたいな翼があるってことはテンシ……だよな?」

「あ、大丈夫! ノワにぃは良いテンシだし、オレのだから」

 旋はノワールに生えている黒薔薇に似た翼を指さし、警戒しながら言葉を発する。旋の警戒心を解こうと、ミナトは慌ててノワールの隣に並び、「怖くないよ~」と言う。


「良いテンシ……あ! もしかして寿が言ってた、アクマとテンシの相棒の大学生、ですか……?」

「お! 煌寿くんから話は聞いてる感じ?」

「少しだけ……あとは、『会ってみれば分かるよ』って言われました」

 旋はミナトの言葉を聞いて、煌寿とのやり取りを思い出し、警戒を解く。なお、“嘉御崎くん”ではなく、“煌寿”と呼ぶようになったのは、単純に仲良くなったからだ。


「オレは大学三年生の隠ミナト。この子はアクマ族のアッシュ・シスタレンドさん。そんで、隣にいるがオレのにぃちゃんでテンシの――」

「ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ!」

「へ……?」

 ミナトの紹介を遮って、自ら名乗ったノワールのあまりにも長いフルネームに、旋は混乱する。


「ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ! 君には、“ノワールさん”と呼ぶ事を許可しよう」

「ありがとう、ございます……? ノワールさん?」

「うむ!」

 ノワールはご機嫌に触手をバタバタさせ、「また会えて嬉しいぞォ! おとなしめぐるゥ!」と口を滑らせる。


「わ~お……早速、やっちゃったね~ノワにぃ……」

「うむ! やってしまったなァ!」

 わざとだと思われても仕方のないテンションで、ノワールは元気よく自分の失言を振り返った。ミナトとアッシュはただ苦笑いを浮かべ、背後から感じる殺気にビクッとする。


「おい……ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェ」

「どうしたァ? レイ・サリテュード=アインビルドゥング」

 レイとノワールはなぜか、互いにフルネームで呼び合い、ピリッとした空気の中、対面する。


 一触即発かと思われたその時、旋が「レイ、ちょっといいか?」と口を開いた。

「たまになんか、初対面ぽくない相手もいるなぁとか、薄々、思ってたんだけど……さっきのレイの行動と、ノワールさんの言葉ではっきりした。ジブンは、学園に来るの、初めてじゃないよな?」

 旋の言葉にこの場にいる全員が、何も言えずに固まる。それを肯定と捉えた旋はレイに近づき、彼の左手を掴む。


「黙ってないでなんか言ってくれよ、レイ」

「我はただ……貴様のために……」

「そう思ってくれてるならさ、ジブンの記憶、返してくれないか?」

「それは出来ない……」

 レイの言葉に、旋は目を見開き、「どうしてだよ……?」と呟く。


「こんな記憶……返したところで貴様を余計、苦しめるだけだ」

「そっか……レイのこと、ジブンは信じてたのに。レイはジブンのこと、信じてくれてなかったんだな」

「何故そうなる? 我はただ……」

「ごめん、しばらく一人にさせてほしい」

 旋はそう言って、スッとレイの手を放すと、勢いよく教室を飛び出す。


「旋くん! あ~も~……レイさんとノワにぃはここで反省してて。二人を見張っててくれる? アッシュさん」

「うむ! 深く反省しておくとしよう」

「む……承知した」

 ミナトはアッシュを机の上に座らせると、顔面蒼白のレイを一瞥してから、教室を出た。

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