第三章 執着のテンシ
第16話 亀裂
ゲリラゲーム終了から一週間後。
半壊していた校舎などは、カミ族の能力ですぐに修復され、生徒達はまた各々ゲーム外の日常を送っている。
「――
「へ……あー……ちょっとぼーとしてた」
旋は
旋はゲリラゲームの翌日から今まで通り、授業を受けているが、あまり集中できていない。
姿を消した状態で、そうした旋をいつも傍で見ているレイは日々、心配が募っていき……今日、ある決断をする。
「あー……今日はお昼、どーしよっかなぁ……」
「旋、食事の前に少しだけ話がある」
「改まってどうしたんだ?」
「……やはり、忘れた方がいいのではないか?」
「は……? 何を……?」
珍しく姿を見せたレイの顔はいたく真剣で、旋はきょとんと首を傾げる。そんな彼の頭に、レイは指輪をつけた左手を伸ばす。鈍く光った
「ごめん……レイに頭を撫でられるのがイヤとかじゃないんだ。ただ、なんとなく、イヤな予感がして……そ、それで? 忘れるって何を?」
「前に旋が言っていただろう。『絶対に大切な人達を忘れたくない。どんなにジブンが辛くても、ちゃんと覚えておきたいと思ってる』と。しかし、旋はゲリラゲーム以降、よく辛そうな顔をする。亡き友を想い、酷く苦しんでいる。そんな風になるくらいなら、やはり忘れた方がいいのではないか?」
レイの言葉に、旋は目を見開き、「いや……なに言ってんだよ?」と戸惑う。
「この一週間、旋はずっと彼の死を引きずっているように見えた。以前より笑う回数が減り、妹や
「レイ……? さっきからなに言ってんだよ……冗談、だよな?」
引きつった顔で一歩、後退った旋の腕を、レイは右手で掴んだ。
「今、楽にしてやる」
「何する気だよ……? レイ! 頼むから待ってくれ!」
旋は、再び頭に近づいてくるレイの左手を掴み、必死に抵抗した。けれども、圧倒的にレイの方が力は強く、彼の左手がどんどん近づいてくる。
「イヤだ……ジブンは誰のことも忘れたくない!」
レイの手が頭上まで迫り、旋はぎゅっと目を閉じ、腹の底からそう叫んだ。その直後、レイの動きがピタリと止まる。
恐る恐る、旋が目を開くと、レイの顔面にモフモフの物体が張りつき、手足は触手で拘束されていた。
「ギリギリセーフ……だよね? 大丈夫だった? キミ」
後ろから旋の手を引いて、声をかけてきたのは男子大学生のミナトだった。彼はニコリと旋に笑いかけ、「危ないところだったね~」と言いながらレイを見る。
「全く……悪いマオウ様だな~高校生を襲うなんて」
「その声……
「お久しぶり~レイさん。相変わらず、勝手なことしてんね~」
旋を庇うように、ミナトは前に出て、どこかトゲのある言い方でレイに近づく。そして、ワインレッドのモフモフ……アクマ族のアッシュをレイの顔面から引き離し、抱きかかえる。
「隠ミナト……どういうつもりだ?」
「それはこっちのセリフなんだけど? 嫌がってる子に何をしようとしてたのかなぁ? このマオウ様は」
ミナトはジト目でレイを見て、軽く挑発するような言い方をする。
レイはため息をつくと、「もう何もしないから放せ」と言う。
「ホントに?」
「あぁ、今は何もしない」
「わ~……その言い方だと後々なんかしそ~」
「……分かった。現段階では何もしない」
「それってあんま何も変わってないような……まぁいっか……ありがと~ノワにぃ、もう放していいよ~」
「うむ!」
ミナトの言葉にイソギンチャクのようなテンシ、ノワールは廊下から伸ばしていた触手を引っ込め、教室の中に入ってきた。
「え……花みたいな翼があるってことはテンシ……だよな?」
「あ、大丈夫! ノワにぃは良いテンシだし、オレのにぃちゃんだから」
旋はノワールに生えている黒薔薇に似た翼を指さし、警戒しながら言葉を発する。旋の警戒心を解こうと、ミナトは慌ててノワールの隣に並び、「怖くないよ~」と言う。
「良いテンシ……あ! もしかして煌寿が言ってた、アクマとテンシの相棒の大学生、ですか……?」
「お! 煌寿くんから話は聞いてる感じ?」
「少しだけ……あとは、『会ってみれば分かるよ』って言われました」
旋はミナトの言葉を聞いて、煌寿とのやり取りを思い出し、警戒を解く。なお、“嘉御崎くん”ではなく、“煌寿”と呼ぶようになったのは、単純に仲良くなったからだ。
「オレは大学三年生の隠ミナト。この子はアクマ族のアッシュ・シスタレンドさん。そんで、隣にいるがオレのにぃちゃんでテンシの――」
「ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ!」
「へ……?」
ミナトの紹介を遮って、自ら名乗ったノワールのあまりにも長いフルネームに、旋は混乱する。
「ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ! 君には、“ノワールさん”と呼ぶ事を許可しよう」
「ありがとう、ございます……? ノワールさん?」
「うむ!」
ノワールはご機嫌に触手をバタバタさせ、「また会えて嬉しいぞォ!
「わ~お……早速、やっちゃったね~ノワにぃ……」
「うむ! やってしまったなァ!」
わざとだと思われても仕方のないテンションで、ノワールは元気よく自分の失言を振り返った。ミナトとアッシュはただ苦笑いを浮かべ、背後から感じる殺気にビクッとする。
「おい……ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェ」
「どうしたァ? レイ・サリテュード=アインビルドゥング」
レイとノワールはなぜか、互いにフルネームで呼び合い、ピリッとした空気の中、対面する。
一触即発かと思われたその時、旋が「レイ、ちょっといいか?」と口を開いた。
「たまになんか、初対面ぽくない相手もいるなぁとか、薄々、思ってたんだけど……さっきのレイの行動と、ノワールさんの言葉ではっきりした。ジブンは、
旋の言葉にこの場にいる全員が、何も言えずに固まる。それを肯定と捉えた旋はレイに近づき、彼の左手を掴む。
「黙ってないでなんか言ってくれよ、レイ」
「我はただ……貴様のために……」
「そう思ってくれてるならさ、ジブンの記憶、返してくれないか?」
「それは出来ない……」
レイの言葉に、旋は目を見開き、「どうしてだよ……?」と呟く。
「こんな記憶……返したところで貴様を余計、苦しめるだけだ」
「そっか……レイのこと、ジブンは信じてたのに。レイはジブンのこと、信じてくれてなかったんだな」
「何故そうなる? 我はただ……」
「ごめん、しばらく一人にさせてほしい」
旋はそう言って、スッとレイの手を放すと、勢いよく教室を飛び出す。
「旋くん! あ~も~……レイさんとノワにぃはここで反省してて。二人を見張っててくれる? アッシュさん」
「うむ! 深く反省しておくとしよう」
「む……承知した」
ミナトはアッシュを机の上に座らせると、顔面蒼白のレイを一瞥してから、教室を出た。
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