第15.5話 アクマとテンシとヒト

 大学エリア内、グラウンド。ゲーム開始から三十分程、経過した頃。

 周囲に恐怖のテンシの残骸が飛び散る中、一人の男子大学生と、一体の人ならざるものが立っていた。


 男子大学生の背中から黒薔薇の花びらが舞い落ち、消えた途端、彼の体はフラフラと揺れ始める。


「は~……ノワ、アッシュさん、おつかれ~」

 柄の部分が長いワインレッドのおのを持った男子大学生……なばりミナトは、そう言いながらフッと後ろに倒れる。そんな彼を、黒いイソギンチャクのようなテンシ、ノワール・ローザは全身で受け止めた。


 ゲームが始まる前、ノワールはミナトの肩に乗れるサイズだった。しかし、今は全長二メートルを超えており、百七十八センチのミナトを余裕で包み込める大きさだ。


 斧は二頭身のアクマの姿に戻り、ミナトの腕の中にすっぽりおさまる。モフモフの可愛らしい彼の名前は、アッシュ・シスタレンド。アクマ族、唯一の生き残りだ。


「うむ! お疲れ様だぞォ!」

 ノワールはそう言うと、触手を二本伸ばし、アッシュごとミナトをぎゅっと抱きしめる。

「お疲れ様なのだ。ミナト殿、ノワール殿」

 アッシュはニコニコと笑いながら、労いの言葉を返す。


 ミナトの体には傷一つないが、彼が着ている白いワイシャツや赤橙色のカーディガン、黒のチェック柄のズボンは所々、破けている。また、体のどこにも痛みはないが、けんたいかんはひどく、同時に強烈な眠気もミナトを襲う。


「あ~……今回もなんとか生き残ったぁ……」

 ぼぅと空を見上げていたミナトはそう呟くと、重いまぶたを閉じ、そのまま眠りにつく。ノワールとアッシュはいつもの事だといった感じで、その場から動かず、ただ静かにミナトの目覚めを待つ。


 そよ風が、ミナトの髪と頬を撫でた。






「うわ! ……え……なに、いまのおと……」

 しばらくして、中等部の方から聞こえてきた爆発音で、目を覚ましたミナトは辺りを見渡す。


「別のエリアで誰かが盛大に暴れているなァ」

「あぁ……これって、三姉妹ちゃんとこの……あの子ら、全然、人の話聞いてないなぁ……」

 ミナトはゲーム開始前の出来事をぼんやりと思い出し、やれやれとため息をつく。なお、三姉妹はわざとを中等部エリアに連れて行ったのだが、ミナトは彼女らが話を聞いていなかったのだと思っているらしい。






 それから程なくして、各エリアに放たれた合計三百体のテンシの全滅により、ゲーム終了を知らせる機械アナウンスが流れた。


「ふふ……強いなぁ……若い子達は」

 まだ明るい空を見上げ、ミナトはふわふわと笑う。そのあと彼は、「さてと……」と言って、立ち上がろうとしたが、まだ上手く体を動かせない。


「……ノワにぃ、抱っこ」

「ほぉ……今、確実に『抱っこ』と言ったなァ……一体、君は何歳だァ?」

 白と橙色のメッシュが入ったミナトの黒髪を、ノワールは触手で撫でながら、どこか意地悪な口調で問いかける。


 うっかり昔のように甘えてしまった事を、ミナトは後悔しつつ、少し恥ずかしそうに「……二十歳です」と答えた。

「うむ! その年で『抱っこ』とは……全く、仕方のない子だなァ」

 ノワールはとても嬉しそうな口調でそう言うと、イソギンチャクのような体を真っ二つに開き、中にミナトを招き入れる。


「アッシュさんも一緒に」

「む……ノワール殿、失礼するのだ」

「うむ!」

 ミナトはアッシュを抱きしめたまま、ノワールの体内に沈み込んでいく。


 体の中心部分に到達すると、角が二本生えた狼のようなノワールの顔がある。ミナトはその横に腰を下ろすと、ノワールの顔にもたれかかった。


「部屋に戻る前に……おんくんのとこ寄りたいなぁ。今回もなんとか生き残ったよって……報告したいしさ……連れてってくれる? ノワにぃ」

「……うむ。分かっている……」

 ミナトは目を閉じるのを我慢しながら、ノワールにお願い事をする。


 さっきまでご機嫌だったノワールはどこか面白くなさそうに返事をすると、足の様に触手を動かし、前に進んだ。

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