第3話 鍵と箱
そっと保健室を出た
「あった……」
突き当りの職員室らしき部屋の扉を開いた瞬間、旋は思わずそう呟いた。壁に取りつけられた、ざっと百を超えるフックとそれにかかっている鍵が、目に入ったからだ。
自信がなかった旋とは違い、
フックの上には民家や神社、カラオケなど、さまざまな建物の名称が書かれたプレートがあった。
“シャボン玉の館”と記されたプレートの下にだけ、フックが三つ取りつけられている。ところが、鍵は誰かが既に持って行ったようで、その三つのフックには何もかかっていない。
鍵の形や色もさまざまで、その中の二つが淡く輝いていた。
「光っている鍵を取ればいいんすよね……?」
「多分……リツはどっちにする?」
「う~ん……こっちみたいっすね」
旋に問いかけられ、リツは二つの鍵にそれぞれ手を伸ばしてみる。すると、一番右下のフックにかかっている
旋が手にした
「確か、ライブハウスって広場のすぐ近くで見たよな?」
記憶を辿り、それっぽい建物があった事を思い出した旋は、そう口にする。
ライブハウスを見て内心、テンションが上がっていたリツは正確な場所もしっかり覚えているようで、コクンと頷いた。
「よし、だったらまずはライブハウスへ行こう」
「いいんすか……?」
「当たり前だろ。魔王城の場所は知らないし、近場にあると分かってるライブハウスに向かう方が効率もいいしな」
旋がこう言ったのは、リツを納得させるためである。
ゲーム終了時までに生き残れたとしても、契約相手を見つけていなければ、テンシに喰べられてしまう。そのため、ライブハウスの場所が分かっていなくても、リツを優先する気でいた。
当然、リツもクリア条件を忘れてはいないため、旋を心配そうに見つめるが、彼が言っている事も一理あり、納得せざるを得ない。
「大丈夫。ジブンは絶対に死なないって約束する。だからにぃちゃんを信じてくれ」
旋はニッと笑い、真っすぐリツの瞳を見つめる。一度、旋が“にぃちゃんモード”に入ると、何がなんでも譲らない。それが分かっているリツは、自分が守られる側である事にもどかしさを感じつつも、小さく頷いた。
「よし! そうと決まれば、テンシ達が動き始める前に、走ってライブハウスに向かおう」
そう言うと旋はリツの手を取り、職員室を飛び出した。
無事、ライブハウスの前まで着くと、リツは少し緊張した面持ちで、鍵穴に鍵をさした。鍵を回すと自動で扉が開いたので、二人はそっとライブハウスに足を踏み入れる。ゆっくり扉が閉まるのを背に感じながら、何もないロビーを進んでいく。
ホールへと続く扉をリツが開くと、照明がついているステージの上に、大鎌を持った派手な女の子が立っていた。
「ヤッホー! 待ってたよ〜。あーしは“シニガミ族”の
ギャル風の女の子、奈ノ禍は元気よく自己紹介をすると、
緩く巻かれたシルバーグレーの長髪。パステルパープルの毛先と
そんな明るい見た目で奈ノ禍が、『
「死神……?」
「そ。あーしはシニガミだよ★」
思わずこぼれたリツの呟きに、奈ノ禍はピースサインで答える。その言葉にリツは、じぃと奈ノ禍を見つめながら、じりじりとステージに近づいていく。
「え、ちょ、なになに! あーしの顔になんかついてる?」
「ホントに死神サンなんすか?」
「そだよ~」
「なんか、想像してた死神サンとは少し違うっすけど……とってもかわいいっす!」
「わ~ありがと! あーたもお肌スベスベでかわいいよ★」
奈ノ禍は心底、嬉しそうにステージから降りてきて、照れ笑いを浮かべるリツとハイタッチを交わす。
「アタシは
「りつ……ほんじゃまぁ、リッツーって呼ぶね! あーしのコトも気軽に、あだ名とか名前で呼んでほしいな★」
「はいっす! 奈ノ禍サン!」
奈ノ禍は“りつ”と呟いた際、悲しげな顔をした。しかし、すぐさまニコッと笑って、明るく元気に振る舞ったため、彼女の表情の変化にリツと旋は気づいていない。
リツと奈ノ禍のやり取りに、思わずほっこりしながら二人に近づいた旋は、自分も自己紹介をしようと口を開く。
「ジブンはリツの兄で――」
「旋って名前でしょ?」
「へ……? どうして分かったんだ……?」
一発で名前を言い当てられ、旋は目を丸くする。
奈ノ禍はそんな旋の瞳を真っすぐ見つめ、なんとも言えない複雑そうな顔をした。そして少しだけ何かを考えた後、誤魔化すように「ただのカン★」と、おどける。
「妹がリツってコトは~兄が
「すご! 名前の由来まで当たってる。両親が音楽好きだから、この名前にしたんだってさ」
旋とリツは感動し、「お~」と奈ノ禍に拍手を送る。
「うんうん、そんな感じかなー? って思った! てコトで、改めてヨロシクね、リッツー。それから旋っちも」
奈ノ禍は微かに眉毛を下げつつ、大鎌を持っていない方の手で、二人と握手を交わした。
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