第2話 状況整理

 建物内に足を踏み入れためぐるとリツは、適当な部屋に入り、呼吸を整えていた。窓には近づかず、身を屈めて二人はテンシを警戒する。

 繋いだリツの手が震えている事に気がついた旋は、彼女の顔を心配そうに覗き込む。

「大丈夫か?」

「たぶん、大丈夫っす……」

 そう言った声も、微かに震えていた。リツはぎゅっと旋の手を握り返し、弱々しく笑う。そんなリツを見て、旋は空いてる方の手で彼女の頭を優しく撫でる。


「へへっ……旋にぃ、ありがと」

 リツは照れくさそうに微笑みながら、目頭に溜まった涙を拭う。彼女は怖くて、涙をこぼしそうになったのではない。亡くなった人の事を想い、悲しくて泣きそうになったのだ。

 旋が視界を遮ってくれたおかげで、焼かれて切られながら喰われる瞬間は見ていないが、断末魔と生々しいしゃく音は聞こえていた。それに遠目だが、真っ赤な棘に腹部を刺された人は目にしている。それだけでも十分、ショックな光景だ。

 簡単には現実を受け止めきれない状況だが、リツはなんとか気持ちを切り替えようと、深呼吸をする。


「無理はしなくていいからな?」

「うん、ありがと。……ねぇ、旋にぃ……これって、もしかしなくてもアレっすよね……?」

「あぁ……デスゲームってやつだろうな……」

 映画や漫画の中だけの話だと思っていた事に、自分達が巻き込まれてしまったのだと改めて実感し、旋とリツはため息をつく。二人は手を繋いだまま、その場に座り込み、同時に天井を見上げた。


「やっぱりそうっすよね……おかしいと思ったんすよ。旋にぃはともかく、こんな裏でもなければ、アタシがこうりゃく学園にスカウトされる理由なんてないっすからね……」

「いやいや、逆だって! リツは歌やギターの才能があるから分かるけど、なんで何もないジブンが? って不思議だったし……」

「いやいや、アタシのこと、買いかぶりすぎっすよ! 歌もギターも良くて人並みっすからね……旋にぃの、ジオラマやフィギュアを作れる才能の方が評価されるべきっす!」


 そこまで会話してふと、こんな時に何を褒め合っているのだろうと冷静になり、二人は苦笑いを浮かべた。

「……流石にまだ、混乱してるんだろうな、ジブン達」

「そうっすね……他にもいろいろ思うところはあるっすけど、今はゲームのことだけを考えないと……」

 優先すべきは、ゲームをクリアする事だ。そう判断した二人はまず、テンシが言っていた言葉を振り返る。


「確か怪物テンシは、『鍵と箱を見つけ出せ』とか言ってたよな?」

「うん。あと、『箱の中にいる契約相手と手を組め』とも言ってたっす」

「契約相手ってのはまぁ、箱を見つければ分かるとして……問題はその箱と鍵の在処ありかだよなぁ……」

 肝心な部分が全く分からず、旋とリツは同じタイミングで腕を組み、首を傾げた。ヒントすらなく、いきなり手詰まりになりかけている。しかし、不意にある疑問が浮かんだリツは、旋の方を見た。

「そういえば、旋にぃはどうしてこの建物に入ったんすか?」

「あ~……それがさ、ジブンでもよく分からなくて……勘? 的な……?」

「そうなんすか……」

 わざわざ人の波に逆らい、更にはテンシが近くにいたこの建物に駆け込んだ理由が、旋自身も本気で分からないようだ。眉毛を八の字にして、頬を搔いている。


 旋の返事を受け、リツは今いる部屋を見渡した。窓や扉の配置、天井と床……家具などが一切ないため分かりづらいが、どこかで見た事がある。そんな気がしたリツは、今いる建物の見た目や出入り口も思い返し、何かに気がつくとハッとして再び旋を見た。

「旋にぃ、ここって、保健室っぽくないっすか?」

 リツの言葉に、旋は素早く部屋全体を見渡す。

「確かに……それに、この建物自体は昔の校舎っぽい見た目だったような……?」

 旋の自信なさげな言葉に、リツは力強く頷く。


 テンシに気を取られ、建物の全体像をしっかり把握できていないものの、校舎のような見た目はしていた。ノスタルジックなジオラマを作る際に写真で見た、一昔前の校舎とよく似ている。

 旋は冷静にそこまで思い返せたところで、鍵の在処が閃く。

「なぁリツ……これもあくまで勘だけど、もしここが校舎とするなら、鍵は職員室にあるんじゃないか?」

「なるほど! 職員室の壁にたくさんかかってるイメージあるっすもんね!」

「うん。でも、ほんとにただの勘だから……」

「だとしても、とりあえず行ってみた方が良いと思うっす! 行動しないと、何も始まらないっすからね」

「確かにそうだな……よし! 行ってみるか」


 このまま己の勘だけで、命懸けのゲームを進めてもいいものかと、旋は悩んだ。けれども、前向きなリツに背中を押され、職員室に向かう決心がついた。

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