決意の夜に

 俺とリリカナさんは、村に戻って村長に報告した。


 弟くんたち無事だったことに喜んだが、森の子供たちの死体には村長も心当たりはないと言った。


 軍が動いていた。何かの軍事行動なのだろうか。あの子供たちを殺す理由があったはずだ。そしてエリックがいるという事は仮面の結社も関連しているのかもしれない。


 ハルカナさんの子供たちが森に入った理由もわかった。

 何かにのだという。


 子供たちの無念が、呼びかけたのだろうか。


『ぼくたちを見つけて欲しい』

『恨みを晴らしてほしい』と。


 夕食はハルカナさんの手料理を振舞われることになった。

 レオンとリーシャと共に、ハルカナさんの料理を食べた。

 

 食料も少ないだろうに、弟たちの恩人だからと、たくさん用意してくれたのだ。

 子供たちも「すごーい!」と大歓喜だった。


 料理はとてもおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまった。



 涙が一筋こぼれた。

 知らず知らずのうちに涙が溢れていたのだ。


「だ、だだだ大丈夫ー?」


「大丈夫です。心配ありません。人のやさしさに触れたのは久しぶりなので、ついつい嬉しさのあまりに涙を流したのです。この出会いを暁光神に感謝をしなければなりませんね」


 取り繕って早口でまくし立てた。


 思えば、アダムになってから初めての食事だと気づいた。

 最後にものを食べたのはいつだったか。


 もうあまり思い出せない。ネズミだったか、ムカデだったか。土塊だったか。


「神父さんって、ほんっとに、ほんとーにっ」

 ハルカナさんは言葉は一旦言葉を切って


 ――変な人だねぇー、と笑った。



 ◆◆◆


 やらなければならないことができた。


 ハルカナさんの家を出て教会へ戻った俺は、尖塔にのぼっていた。


 遠くに、かがり火が見えた。うすぼんやりとしか見えないが、防御陣地が構築されている。村長に聞いた話では、一番近い軍の拠点はあそこのはずだ。


「ミトラ、今も見ているのか」


『――うん、見てるよ』


 呼びかけに応じたミトラの声も、いつもの元気はなかった。


「エリックに民が苦しめられている」


『そうだね。ひどいね』


「ミトラは……俺が復讐することについてどう思う。俺が人を殺すことについて、どう思う」


『――ずるいよ。その質問は』


 そう。この優しい女神ならそう言うだろう。


『ほんとうのことをいうなら、アダムには幸せにのんびり暮らしてほしいと思ってるよ』


「だが、お前たちは俺を生まれ変わらせ、力と使命を与えた」


『アダムしかできない事だから……』


 【概念改変】イデアリバイス


 ミトラの神の力は、一見地味だが俺はあれを脅威的だと思った。


 神罰魔法の執行は魔力の消費が極端に多い。発動までにそれなりの時間もかかる。


 しかし光刃を介した『獄炎の谷』ゲヘナフォールはほとんど魔力を消費しなかった。そのくせ、威力はさほど変わらなかった。破格の能力だ。


 ほかにも、思いつくだけでも、いくらでも使い道は考えられる。

 そう、



「お前の与えてくれた力を使って、俺は人を殺す」


『うん……』


 ミトラは優しい神だ。これから俺がすることについて、せめて伝えておきたかった。俺がしようとしている事に正義などは無い。民を苦しめる軍に対する憤りと、エリックに対する憎悪はあるが、やることは所詮人殺しだ。


「しばらく遠見を閉じておいてくれ。お前には見られたくないんだ」


 偽らざる本音だ。


 俺がミトラに見られたくないんだ。彼女はまっすぐすぎる。無垢なる魂を前にして、これから血で薄汚れようとする俺の身体と心は耐えられない。


 これから俺がすることは、奴らと変わらないのだから。


『うん。わかったよ……』


 でも――とミトラは続けた。


『たとえ、アダムが何をしようと、どんな悪人だって、私たちは味方だよ』


 今の俺には、心の底からうれしい言葉だった。


    ◆◆◆


 聖都周辺の守りの要である砦の名はデイメーア。石造りの堅固な砦の中でにわかに混乱が広がっていた。


「貴様ッ! 何をする、くそ、ぐはぁ!?」


 砦内で、ある兵士が、突然ほかの兵士を手にかけた。


 なんの予兆もなかった。夕食を食べ、仲間内での賭け事に興じそのあとに便所に行って。


 帰りには、剣を握っていた。そして近くにいる同僚の首をはねた。


 周りの兵士たちは動揺したが、すぐさま凶行に及んだ兵士を取り押さえた。取り押さえられる前に兵士は狂ったように暴れて、新たに2人の人間を殺傷した。


 別の宿舎でも同じ事が起こった。


 酒を飲んで寝ていたグループが数人犠牲になった。犯人は、凶器となった槍を持ち、ほかの宿舎に飛び込んでいった。


 そんなようなことが、いたる所で起こっている。

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