決着、そして
初手から全力で行く。
次のフェーズを迎えた俺と、グレイリーハウンドベアとの戦いは法撃戦で幕を開けた。
さすがに敵も慣れたもので、光刃だけしっかり撃ち落としてくる。中々に頭の切れる奴だ。凝集光は当たってもダメージはないと割り切ったか。
だがこれはどうだ?
「グ、グ、グ、グ、グゥゥゥゥウウウウォオオオオオオンッ!!!」
多段かつ、断続的に圧をかけていく。
嫌がらせのような攻撃に、流石に熊がキレた。
咆哮一閃。こちらをにらみつけ態勢を下げた。力を貯めて突撃の姿勢だ。
熊が迫る。体を起こし両手を振り上げた。魔爪が唸りを上げる。――頭に血がのぼっている。おあつらえ向きだった。
指定 構築 発動
その魔法は一瞬のみの爆発的な身体強化を可能にする。
応用の幅が広い
身体の耐久力、関節、筋力その他もろもろを考慮に入れて使用しなければ、限界を超えた動きによって全身の筋肉が残らず破断する。
だがそこをおしての強化が可能にするのは、神速の動きだった。
ザザッ……、と瞬間俺の耳には熊の咆哮も、熊が跳ね飛ばす大地の騒音も消える。
加速、加速、加速だ。
風よりも、光よりも早く。
熊からは、土煙と共に、俺の姿がかき消えたようにしか見えなかっただろう。
熊の一撃は悲しく空を切る。きょろきょろと俺を探す熊。だが、残念だ。
「――お前の後ろだよ」
俺を認識した時、熊の背には光刃が突き立っていた。
すでに、構築はすんでいる。
自身の中に存在する新たな力に
光刃へ、神罰魔法
「じゃあな熊公。楽しかったよ」
呟いて俺は光刃を手放した。瞬間、光刃が赤黒く瞬く。
吹き上がるのは、禍々しくも美しい地獄の黒炎だった。
神が敵対する異形の神々を滅ぼすために作ったという地の底にあるという炎の谷。そこに吹き荒れる神代の破滅の炎を召喚する神罰魔法だ。
禍々しい。禍々しい。
神の残酷さ、無慈悲さ、容赦のなさを体現する。
「ガァ!? ガ、ガ、アアアアア!!」
炎は瞬く間にハウンドベアの体を包み込む。
体を焼却される苦痛と恐怖で、ハウンドベアが咆哮を上げる。身をくねらせ獄炎から逃れようとするが、それはもうかなわない。
神罰魔法
一度点火した獄炎は、裁きを受けた対象を灰にするまで消えることはない。点火した時点で勝負は決した。熊がどれだけ暴れてもすべては無駄だ。
炎は天高くまで燃え上がり、断末魔も巻き込みあっという間に燃え尽きた。
そして、後に残るのは、静寂のみだった。
「し、しししし、神父さーん、何? 今のなにー!!?」
慌てた様子のハルカナさんが、駆け寄ってくる。今までどこかに隠れていたのだろうか。彼女の背中には、二人の子供が隠れている。弟たちは無事見つかったようだ。
「――ええとですね。秘密兵器的、な……?」
雑な説明にもほどがある。まぁ、細かく言えはしない。「教会に伝わる秘法の一つです」と説明しておく。実際、嘘ではないからな。
「そ、そうなんだ。それでも、すごすぎ……」
一部始終を目撃したハルカナさんの驚きは相当なもののようだったが、子供たちは大丈夫かと促すと、すぐに頭を切り変えてくれた。
「レオンたち無事だったよー! でも……」
ハルカナさんが言い淀む。どうかしたのだろうか。
レオンとリーシャはここにいてねー、と弟たちに伝え、ハルカナさんは広間の奥に俺を引っ張っていく。
くん、と鼻が異臭を感じ取る。
これは死臭か。それも尋常じゃない濃さだ。
「本当に、ひどいんだよー……」
見つけたのは、おびただしい数の人間の死体だった。
◆◆◆
「これは、熊の犠牲者なのか」
「……でもおかしいのー。一部食べられてはいるけどー、ほら」
近くの死体を確認する。まだ若い少年だ。ハルカナさんの弟と変わらないくらいの年齢。
腹を食い破られている。ハウンドベアーの五指爪に貫かれた傷跡が痛々しい。うつろな視線は虚空を漂っていた。その目に光が宿ることはもう二度とないのだ。
だが、血が少ない。引きずられた後があった。死んだのは別の場所……。そして死んだ原因は――、胸にある。
「槍で突き殺されている。これは人間の仕業ですね」
ほかの死体も大なり小なり同じようなものだ。
致命傷と思われる傷が一つないし二つ。その他には目だった傷は見られない。こういう死体には心当たりがあった。処刑だ。
「ここで捕らえられ、殺されたのか」
実行したのは、おそらく軍だろう。
森の外の野営の跡を考えれば、しばらく前に森に侵入したのは間違いない。
「うう……、あっちには女の子たちが死んでたよー、その――乱暴されて……」
この子供たちは、なんなのだろうか。年齢にばらつきはあるが、みな若い。一桁から十代であるのは間違いない……。成人しているものものは居ないようだ。こんな子供たちが、森の中に集団でいる理由が分からない。
「彼らの素性に心当たりはありますか?」
「ううん。ないよー。どこかからの流民かなとは思うけどー……」
ハルカナさんもわからないという。言われる通り、どこからか流れてきた流民の集団。少なくとも周辺の村民ではないだろう。
「すまない。少し視させてくれよ」
指定 構築 実行――
俺は少年の額に手をかざし、目をつむる。
――イメージが流れ込んでくる。
軍に包囲され、槍を突きつけられた子供たち。少年をかばう少女。長く美しい銀髪の後ろ姿。『大丈夫、私にまかせて』といった。
銀髪の少女が兵に連れていかれる。
彼女の姿が見えなくなったあと、兵士たちがにやにやと笑っている。
集団にいる少女たちを兵士が強引に抱き寄せた。
『何をする!』
激高する少年に、再び突きつけられた槍。
司令官と思われる男が命令を下す。
『やれ』と
そして、惨劇が幕を開けた。
その惨劇の中に、中に――――!
「――――あ、あああ。ぐ、う、うああぁ……っ!!」
「だ、大丈夫ー!? 神父さん!」
脂汗を浮かべ、苦悶の表情でよろめく俺の背を、ハルカナさんは支えてくれた。
暖かく柔らかい感触が、俺の意識を繋ぎとめる。
「顔色が真っ青だよー! ど、どどどうしたのー!?」
落ち着け、大丈夫だ。取り乱すな。暴れるな。呼吸を整えるんだ……
――――よし、大丈夫。
「すみません、少し混乱しました」
平静に戻った俺はハルカナさんに向き直る。
「急いでここを離れましょう。この子たちはかわいそうですが、今はどうすることもできない。もう夜になります。子供たちを村に連れて帰らないと」
「そ、そうだねー!」
俺たちは、足早にその場を去る。森はいまだ静寂のままだ。急速に日が落ち、暗くなりつつある広間。残された死体を振り返った。死体はもちろん何も言わない。
俺が、衝撃を受けたのは、処刑の様子からではない。
彼らを虐殺した、兵隊たちと指揮官。その後ろに、俺は見てしまったのだ。
「エリック……、アーサー……ッ!」
白銀の鎧に身をつつみ、虐殺の様子を眺めていた。
整っているだけで、血の通わない、酷薄で、冷酷なその薄ら笑い。
奴がこの近くにいる。
俺と、家族の、仇が。
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