イデア・リバイス
「ひ、いいい! 迫力すごいよー!?」
グレイリーハウンドベアは聖都周辺の地域に生息する魔物の中でもかなりの大物だ。5メテルス近い体躯と
さらに特筆すべきは異常に発達した爪だ。リーチの長い、鋼鉄をも切り裂く魔性の五指爪の前では、並みの防具や防御魔法は役に立たないと言われている。
言われているが――
「し、神父さん! 来るよーっ!」
狂気じみた咆哮を上げ、ハウンドベアが迫りくる。
右腕を振り上げ、大上段からの撃ちおろしだ。だが――
「――天空の守護、鏡面の理、弾け、
足を止める。敵を見る。熊と俺。展開は瞬時だ。彼我の間に現れた上級防御魔法はたやすく魔爪を弾いた。
悪いが俺の防御法術は並みではない。
最高神官バベル先生直伝の個人用防御魔法だ。
――さらに、けん制を。
指定 構築 実行
「ひれ伏せ
「グオ!? ……グ、ォォオオオオ!!」
流石にこのクラスの魔物になると鎮圧では効果が薄い。
一瞬頭を下げるが、すぐに振り払い敵意をむき出しにしてくる。
なるほど、こいつは中々根性がありそうだ。
「ハルカナさん、俺が相手をします。先に子供たちを探してください。近くにいるはずです」
「わ、わかったよー!」
神父さん、死んじゃやだよーと言い残し、ハルカナさんが駆けていく。
すいません『実はもう一回死んでるんですよ』なんていうのは冗談だ。
この程度で死ぬなんてありえない。
正直狼相手では歯ごたえがなくて飽きてきていたんだ。こいつならリハビリにちょうどいいと思った。
この新しい体でどこまで戦えるのか。
奴らを殺しきるために、今、どれだけ力があるのか。見極める必要がある。
だから、悪いな。俺の都合でお前は死ぬ。
俺は、姿勢を低く取り半身に構えた。ハウンドベアを手招きし、挑発する。
「来いよ、熊公。軽くひねってやる」
「グルルルルァァァアォォ!!!」
楽しい楽しいバトルの始まりだ。
◆◆◆
指定 構築 実行
近接戦闘向けにカスタマイズした強化魔法を展開。体の各部位ごとに細かく調整した強化が最適な動きをサポートする。
そのまま俺はハウンドベアの右側を大きく迂回しながら駆けだした。
右手を掲げ、空間に魔法を順に構築しながら走る。
「さぁ、お前のタフさはどれほどだ?」
走りこんだ勢いのまま、跳躍。光刃を掲げハウンドベアに切り込んだ。
ガギン! と響く金属音。
初撃は防がれた。五指の魔爪が受け止めたのだ。奇襲を防がれた俺はすぐさま熊の巨体を蹴って飛びすさる。
一瞬の
「グルァァァ!?」
光線魔法に視界をつぶされ闇雲に爪を振り回す熊の懐に入った俺は、がら空きの脇腹に、複数生成した光刃を突き立てる。
「吹っ飛べ!」
光刃、
「グォオオオオンッ!」
爆破ののち、地響きをたて、巨体が倒れこむ。
今のはいいのが入っただろう。
速攻で決めて悪いが、ハルカナさんの弟たちの安否も確認しないといけないから――と、攻撃の手を緩めた瞬間だった。
土煙の向こうから、殺気の塊が迫った。
「詠唱省略!
ガイン! と間一髪で間に合った物理障壁が砕け散る。
熊の間髪入れずのカウンターに驚いた。あそこからすぐさま反撃にうつれるのか!
「はは、タフだなお前!」
あのコンビネーションが入って倒れない魔物はそうそういない。見ると、胴体からかなりの出血はあるが、致命傷には至っていないようだ。
まったく、神聖魔法は本当に攻撃能力に欠ける。
ヨベルだった頃は、ここからさらに高威力の神罰魔法を組み込んで殲滅を図ったものだが、さてどうするか。
ハルカナさんの前で、神罰魔法は使いたくない。
あれは
『アダムアダム、なにか困ってる?』
そんな時、ミトラが声をかけてきた。
「攻撃に決定力が足らない。少し前にくれた力の話をしてたよな」
『う、うん』
「それは、攻撃に使えるか?」
『うん! 使えるよ。まずは
熊が魔爪を振りかぶり、突進してくる。
回避行動を取りながら、光刃を投擲。先ほどの攻撃で警戒しているのか、熊はすぐさまはたき落とす。
「
威嚇がわりに爆破し、すぐさま距離を取った。
「悪いけどミトラ、細かい説明は後にしてくれ。今すぐ実戦で使いたい」
『ご、ごめんっ、そうだよね。えーと、どうしようかな……』
ミトラは少し考えていたが、すぐに続ける。
『さっきからアダムが使ってる光のナイフあるよね。あれに何か強い魔法をつけたしちゃおう』
「精霊術師が使う付与魔法みたいなものか? そんな事すぐにできるのか?」
熊から放たれる連撃を回避しつつ、聞き返す。
世の中には、いろんな魔法、魔術、技能があるが、どれも一朝一夕には身につかないものだ。中でも精霊術と呼ばれる技術群は、習得が難しいと有名なものだった。
『それを可能にするのが、ミトラちゃんの神様の力、
しつこいことに、熊の追撃は続く。二本の剛腕を次々に繰り出し、周囲の環境を破壊しながら、俺を切り裂こうと迫る。
「少し、引っ込んでろ!!」
魔力量を大きく取って、長剣程度の大きさまで拡張した光刃で打ち払う。同時に
ついでとばかりに、熊の目の前で
「グォオオオオンッ!」
目つぶしが一番有効ってどういうことだ。タフにもほどがあるだろう。
閃光は光を扱う神聖魔法の中でもごく初歩的なもので、持続時間と発光量が多く、ダンジョン内での光源に使用したりすることが多い。
だが、俺は今のように目くらましに使う。
『アダムの戦い方って、僧侶っていうか、盗賊とか暗殺者っぽいよね』
「……エリックっていう糞野郎がいたんだけどな。そいつを相手にしてたら自然とこうなったんだよ。一撃でもくらったら即戦闘不能になるから」
この戦闘スタイルも涙ぐましい努力の結果なのだ。
目つぶしの効果がまだ残っているのか、熊は俺を見失っている。近くにあった岩の影に隠れて、やっと一息つくことができた。なんてしつこいやつ!
『で、ね。
「どうしても、説明はいるんだな」
『う……だ、だって理解してないと使えないんだよぉ……』
まぁ、理解の有無で精度というものは違ってくるからな。大人しく聞いておこうか。幸いヤツもまだ回復していない。
『これを使う事で自由に何でもできるかっていうと、そうでもなくて、存在を存在たらしめる概念には抵抗があるの。例えば、相手を直接改造するとかは概念抵抗が強すぎてできないの』
「直接、あの熊に爆発しろっていうような改造は、できないってことだな」
『そういうこと! 物質的に存在している物とかにも効きにくいのね。でもね、自分の持っている力とか、魔力の塊とかには割と簡単に使えるの』
なるほど、ピンときた。
「つまり、これが素材にピッタリってことだ」
俺は光刃を生成する。
まさに俺の力で、魔力の塊だ。
「では、どういう風に改造すればいい?」
『アダムって、もっと強い一撃必殺の魔法たくさん知ってるよね? その魔法のイメージ、魔力の感覚、構築の術式とか全部わかるよね?』
無論だ。その辺は、神の御子時代に徹底的にやったからな。
『それを、光のナイフに書き込むイメージでいいよ。
「よし、わかった」
頷いた俺は、隠れている岩場からすぐさま離れた。間髪入れずに、岩が粉砕される。熊がその巨体でもって、突っ込んできたのだ。
『ひゃあああ』なんて情けない声をミトラが上げている。お前この場にいないだろうが。何で音だけで驚いているんだ。だが、少し長く休憩を取りすぎたのも事実だ。
なぁ、熊。お前ももう飽きただろう。
「待たせたな、第二ラウンドだ。もっとも次はすぐに終わるだろうけどな」
俺は構えた光刃に、ぐっと力を込めた。
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