デイメーア砦への襲撃
「何が起こってるんだッ!? 敵襲なのか!?」
混乱した兵士がまた一人、宿舎から飛び出してきた。状況を把握している様子はない。アイツがいいだろう。
「――おいお前! 襲撃だ! 手が足らない、こっちへ来るんだ!」
物陰から声をかける。
できるだけ、必死に、急いでいるように、装って。
「わ、わかった!」
兵士がのこのこと物陰に近づいた時、俺は兵士を暗がりに引きずりこんだ。
――新たな魔法を創造。
名前をつけるなら
「う、うぅうううううっ――――。敵だ、敵が来てるぅぅぅうう!!」
ふらふらと物陰から出てきた兵士は、近くの兵士を襲いだした。騒動につられて顔を出したほかの兵士数人をも薙ぎ払う。正気な兵士が数人がかりで対応しているが、あの調子では取り押さえられるかどうか。被害は相当出るだろう。
俺は、それを見届けて、再び暗がりへと姿を消す。
戦士の技能に自身を狂化させるものがある。
思考能力を低下させる代わりに、身体能力を劇的に上げる技能で、副作用として敵味方の判別がつかなくなる。あとは身体への負荷が強いというものだったか。
俺は
精神を落ち着かせるのではなく、干渉し乱すように。
また幻覚作用と、身体強化を添えた。
魔物にでも襲われている幻覚を見ているのだろうか、手当たり次第に周囲の人間に切りかかっていった。
取り押さえられてからも、正気に戻る気配はなかった。
戻す方法はあるのだろうか。
元は
砦の兵士がそれに気づくかどうかはわからないが。
混乱は速やかに広がっていった。
神聖魔法しか使えない自分には、ありがたい力だ。
◆◆◆
「いったい何が起こっている!?」
「一部の兵が同士討ちをしているようです! 混乱していて収拾がつきません!」
「正気な者を一か所に集めよ! 暴れている者を一人ずつ取り押さえるんだ。クソ、エリック卿が不在の時に、なぜこんなことになるんだ!」
指示を受けた部下が走り去る。
どうやらこいつがこの砦の指揮官のようだ。森に居た。エリックのすぐそばだ。やはりあの森で虐殺を行った部隊だったか。
――出世したんだな。
本当は、見覚えがあるどころじゃなかった。
ラインツ・クーゲル。
エリックの部下として神殿騎士として働いていた男だ。神殿騎士の仕事とはすなわち神の御子たるヨベルの警護。そしてその
つまりこの男は、神の御子ヨベルの友でもあった男だ。
ラインツが仮面の者たちの一味であるかは分からない。あの場に居たものは、エリック以外、異形の仮面をかぶっていた。
俺の敵かどうか。
――いや敵でないという事はありえない。エリックの部下である事は変わらないのだから。
せっかく混乱させたものを収拾されては困る。
ラインツも上の人間であるなら聞きたいことがある。
俺は静かにラインツの背後に回る。現場の混乱と指揮に気を取られている。気づけないのか。――堕落したんだろう。
効果を調整しなおした精神干渉魔法で、ラインツを眠らせた俺は、司令室と思われる建物に引き込んだ。
◆◆◆
「――聞かれた事だけに答えるんだ。エリックアーサーを知っているな? 神殿騎士だった男だ」
「貴様ァ!! この縄をはずせ! 私を誰だと思っている!? この狼藉、許される事では――」
ラインツは椅子に座って、そして縄で拘束されている。やったのは俺だ。眠ってしまっているならば容易いことだった。そして、
「騒ぐな」
奪った剣でラインツの大腿を刺し貫いた。
「う、ああああぁぁああ! 痛い、痛いいぃぃ……」
「騒げば、さらに苦痛を味わう事になる。もう一度言う、質問に答えろ。エリックアーサーを知っているか」
もちろん知っているだろう。この質問に意味はない。お前はエリックのお気に入りだったものな。同時にヨベルのお気に入りでもあった。
いつも朗らかに笑っていた。貴族の三男坊だったか。妹と弟がいたはずだ。神殿騎士を勤め上げた後は、父である貴族の地盤を受け継いで政治を担うはずだった人材だ。
聖都周辺の大砦の指揮官という大任をまかされていた。軍の中でもかなりの地位にあるはずだ。この若さでよく出世した。
おそらく、仮面の者どもの助力があっての事だろうが――。
「き、貴様ァ……、こんな事をしてただで済むと思っているのか」
扉には鍵をかけた。司令官がいなくなった事に気が付いた部下が来るかもしれないが、その時はどうとでも対処できる。
出会い頭に
「聞かれた事だけを応えろと言ったはずだ」
刺し貫いた剣をひねる。傷口を抉られラインツは脂汗をにじませ呻いた。訓練された屈強な騎士でも痛みは痛みだ。我慢はできても感じざるを得ない。
「再度問う。エリックアーサーを知っているか」
射すくめられたラインツは逡巡したようだが、ゆっくりと口を開き始めた。
「し、知っている。
それは神殿騎士のトップの称号だ。エリックもまた出世したのだろう。それが俺や、教主を裏切った報酬ということなのだろうか。
「今、どこにいる。この部隊と共にいた事は知っている」
「――い、いない。王都に帰られた。一カ月前に『谷』の攻略の総指揮をされていて、ここには視察に来られただけだ。『谷』の残党が潜んでいるという報告をしたから」
「谷とはなんだ」
「三年前の『神の御子暗殺事件』の犯人どもだ! 奴らが神の御子とその御家族を殺したんだ!」
「神の御子を殺したのが、その谷の人間だと?」
「そ、そうだ! 私は神殿騎士だった! 私はヤツラが神殿に押し寄せるところを見た! ヨベル様を殺したのはヤツラだったのだ」
――それは嘘だ。
あの場にラインツは居なかった。俺を襲ったのは仮面の者たちであり、谷の人間とやらではない。俺はそのあと、長い間牢獄に閉じ込められていた。そして死んだのだ。
だが、公式にはあの夜に死んだ事になっているらしい。
「谷のことを話せ。興味がある」
ラインツのへの尋問は続く。聖教国軍はこの事件を追っていた。
犯人はなかなか見つからなかったが、一年ほど前に、聖都から東の山地にある隠れ里「風鳴きの谷」に潜む異教徒たちが犯人だと突き止められた。
そこから、国をあげての討伐軍が組織されたという。
風鳴きの谷は天然の要害であったらしい。そこに住む谷の民も武勇に優れていた。抵抗は激しく善戦していたらしいが長くはもたなかった。
ごく最近、
「……我々は、砦を拠点に残党探索を行っていたんだ。外れの森の中に異教徒が潜んでいるという情報があったから」
ラインツの息が荒い。剣を突き立てた足から出血が続いているからだ。太い血管を傷つけている。だんだんと意識も朦朧としてきているのだろう。
「その、異教徒たちはどうしたんだ。砦の中には捕虜はいなかったようだが」
「そ、それは……」
その時、あからさまに、ラインツの目が泳いだ。そしてその視線は部屋の隅におかれたベッドに向けられた。
「嘘は言わないほうがいい。俺を見くびるなよ。嘘はすぐにわかる」
チッと舌打ちをしてラインツは叫んだ。
「ああ、ああ、皆殺しにしてやったさ! 神に歯向かう異教徒だからな! 当たり前だろう! おい! 女! いつまで隠れてるんだ、そいつを殺せ! 俺を助けろォ!」
――この部屋はラインツの執務室のようだった。
部屋の中に男を担ぎ込んだ時から、別の気配は感じていた。
気配から、兵士ではないだろうという事はわかった。
だが、俺がこの男を尋問している間も気配を殺し、邪魔をする様子もなかった。
俺は放っておく事にした。
だが、こうなっては、暴く必要があるだろう。
「ご指名だ。そろそろ出てきたらどうだ」
気配が隠れている寝具をはぎとった。
――中には、短剣を構えこちらを睨みつける銀の髪をたたえた少女がいた。
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