奇跡再び

「それではみなさん、こちらに座ってください。全員みますから。大丈夫すぐ済みますよ」


 農作業の合間で、教会に集まってもらった。思った通り村人は全体的に栄養失調だった


 病気や怪我をしている人も多い。栄養が足りていないと傷の治りも遅くなる。


 前任の神父が死んで久しいということだったから、治癒魔法が使えるものもいなかったのだろう。怪我や病気がない村人も、高齢であったり、女性ばかりで、みな疲れ切っていた。


「よろしいですか。みなさん。神に祈りを。全能なる暁光神ぎょうこうしんに祈りを捧げましょう」


 言いながらも、そんな神はいないがな。と自嘲じちょうする。

 いるのは喧しい赤い娘と、のぞき見が趣味の青い娘だけだ。


 全員が祈りをささげたのを見届け俺は神聖魔法を展開する。


 複数指定ターゲット構築ビルド多重発動マルチプルアクション


 回復魔法の基本 治癒メディヒール


 村人の頭上に現れた穏やかな光が、俺の発動した魔法が、村人の身体から怪我と病を消し去っていく。


 傷ついた身体を癒すように。病で弱った身体は再び活力をとり戻すように。深い傷を持つものもいる。身体の一部を失ったものにはそこに力を集中させる。


 さらに、


 範囲指定、構築、多重発動。


 補助魔法の応用 活性化・持続バイタルアクト・ディレイション


 村人全員の体に活力を注ぎ込む。もともとは一時的に身体能力を上昇させる魔法だが、応用する事で衰えた体を持続的に活性化せることができる。


 魔法で無理やり体を活性させているだけなので、それほど長くは無理だが俺の魔力量なら一週間くらいは続く。


 この魔法であるならば、流行り病にも打ち勝つことができるし、しばらくは元気いっぱいで過ごすことができるだろう。


 そして、すべての魔法をかけ終わった。


「はい、皆さん目を開けても良いですよ」


 俺の合図に村人がざわつき始める。身体に起こった変化に戸惑いの声が上がった。


「な、なんぞ。足腰が立たなかったのに、しゃきーんと伸びたぞ!」

「なんてこと!? 動かなくなってた手足が動くわ」

「おいおいおい……、足、魔物に食われた足が生えてるんだが、なんだこれ夢かぁ」


 まぁ、驚くだろう。俺の治癒魔法は文字通りユーべルシア随一だ。神聖魔法の中で治癒魔法が一番技量の差が出る。未熟なものならば軽い傷をいやす程度だが、俺ならば、致命傷以外は怖くはない。


「なんかよぉ、身体、軽いんだけど……」

「この子の咳が止まってる。神官様、これは……」


「病気も治癒しました。まだ治っていない方がいれば個別に言ってください。対応しますよ」


 まぁ、そんなものは居ないだろうがな。すべて治っている。


 そしてこれもついでだ。


 範囲指定、構築、多重発動 広範囲


 精神に干渉する魔法 精神調律リフレッシュ



「な、なんだか気がスーッと楽になってきたわ。うん。やる気が出てきたよ! 貧しさなんかに負けてられないね」


「そうだそうだ、せがれを取られたからなんだってんだ。生きてりゃあ、また会える時もあろうな!」


「んだんだ、あの子たちが帰ってくるまで、ふるさとを守ってやんねば!」


 村人たちから歓声が上がる。やる気と活気に満ち溢れたご老人と女性たちの姿がそこにあった。


   ◆◆◆



「神父様ありがとう。この恩は忘れない。ずっとこの村にいてくだせぇ」


 とひとしきり感謝をして村人たちは農作業に戻っていった。

 俺はそれを笑顔で見送った。


 ――まぁ農場についたら、さらにびっくりすることだろう。


 さっきこっそりと土地と水の浄化に加え、土地と農作物に活性化バイタルアクトをかけておいた。作物は驚きの速度で成長するはずだ。多分三日もすれば収穫できるだろう。


 滞在中は、しばらく定期的に農地の様子を見に行く事になるが大した手間ではないずだ。


『――ねぇ! アダムアダムアダム。すっごい、すごいよ! すごいね! 神聖魔法って、こんなこともできちゃう様になったの!? みんなみんな、めちゃくちゃ元気になってたよ!!』


「本来はこの程度じゃないがな。爺さん――、前教主はこのセットを定期的に国中にかけてたからな。もちろん、『千年王国の統治者』ミレニアムルーラーがあっての大奇跡なんだが……」


 そこまで話して、俺は思い至る。


 そうだ。国がこれほど荒れているのは、『千年王国の統治者』を失ったからだ。


 『千年王国の統治者』には、民と安寧と健康を願う祝福が込められていた。それがなくなったということは、人々はみな、傷つき、惑い、癒されないままの日々を過ごしているのだろう。


『どうしたの? アダム』


「……いや、大丈夫だ。ちょっと調子に乗りすぎたなと反省したんだ」


 俺が力を失い、死んでしまった事でこの国の民が苦しんでいる。民も救おうと思った。だがそもそも民を苦境に立たせたのは、俺だった。


「この村の当面の問題も解決しただろう」


 うそぶくが、胸の奥がじくりと痛む。


 とはいえ、いまさらどうしようもない。俺は陥れられたんだ。死んだのは俺のせいじゃない。責任を感じすぎてはいけない。頭ではわかっているが、やりきれない。そんな感情がこびりついた。


 だが、政治が乱れているのはどうか? 


 思えば、以前の政治も善政とは言い難かった。汚職や不正はあったし、見逃されていたものも多かっただろう。だがそれでも国は回った。国が富んでいたからだ。


 神の権能に頼りきった政治だったんだ。ほかの国ではこれが普通なんだと、必死で自分に言い訳をする。


 俺には関係ない。俺には関係ない。俺には関係ない。


 でも


 だが


 しかし


 俺が力を奪われなければ?


 思考がループする。


 ああ、本当に、


 本当に、本当に、本当に、



 死んでしまって、ごめんなさい。



             



「神父様、お願い助けてー! 子供たちが、レオンと、リーシャがどこにもいないのよー! はずれの森に行ったのかもしれないのよ!」


 血相を変えたハルカナさんが教会に飛び込んできたのは、そんな時だった。

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