パルメール村

 村の名前はパルメール。数十人の農民が住む小さな村だった。


 御者の男、村長のフィンさんは気のいい人で、しばらく滞在したいという俺を快くよく迎えてくれた。ちょうど村の神父が不在で困っていたというのだ。

 

 村でけが人が出てもそれを癒す神聖魔法の使い手が居ないというのは大問題だ。魔法は遥か昔から人々と共にあった。傷は自然に回復もするだろうが、どうしても時間がかかる。農作業や日々の生活に支障が出る。


 それに、魔物もいる。

 今回の襲撃は、農作物を売りに行った帰りの出来事だったそうだ。

 

 聖都の周りは軍が定期的に魔物の駆除活動をしていたはずだ。だが二年前から徐々に行われなくなっているとのこと。

 

 ならば、軍は何をしているのか。


 聖教国全体で、軍閥化ぐんばつかが進み、都市ごとの常駐軍を取り込んだ軍人が各地で勝手に税を取り立てたり、小競り合いが起こったりしているらしい。


 最近では特に、暁光十字騎士団ドーンクルセイダーズと名乗る教会直属の軍が幅を利かせやりたい放題であるという。


「前は不自由なく生活できていたんですが、だんだんと税が重くなりましてな。納める以外の作物を売りに行ったりして生きている有様です」


 苛烈な徴収に村を捨てる民も多いらしいし、逆らって村ごと略奪され奴隷に落とされた例さえあるという。


「それに比べれば、ここはましですな……」


 と、フィンさんはうなだれた。


 そういえば、荷馬車の護衛についていた女性は名をハルカナさんと言った。


 栗色のふんわりとした髪の、穏やかな女性だ。


 六歳と八歳の弟と妹の面倒を見る優しそうな娘さんで、なんでそんな人が護衛役なんてしていたのかと聞くと、戦える人間が彼女ぐらいしか居ないからだという。


「私のとこはねー、子供もいるからねー。でも戦わないとねー、生きていけないしねー。女だからって、甘く見ちゃだめだよー? 結構強いよー、そいやー」


 間延びした口調で話すちょっと変わった娘だ。

 まぁ、こういうタイプはミトラですでに経験している。別に気にならない。


 ハルカナさんの家は母親が早くに死んで、父とハルカナさん姉弟の四人家族だった。だが、ある日暁光十字騎士団が訪れ村の男たちを徴発していった。ハルカナ家で連れていかれたのは、唯一の男手である父だったそうだ。


 聖都とは遠く離れた部隊に送られ、もう二年以上連絡がない。生きているのか死んでいるのかも分からない。


 ハルカナさんは、その父から護身に槍術を教えられていた。愛用の槍は父の持ち物だそうだ。だから帰ってこない村の男たちに代わり、村と自分の子供たちを守る事にしたそうだ。


 ◆◆◆


『なんだか、つらい話だったね』


 フィンさんに案内されながら、村の中を見て回る。頭の中に響くのはいくぶん落ち込んだミトラの声だ。


「ああ、家も壊れたままのところが多い。人の手が足りていないんだよ」


 村人も全体的に痩せていて、覇気がない。

 ギリギリの食料で生活しているのだろう。


 これでは、農作業の効率も上がらない。そんな状況でも税は重くなる。取り立てられて食事が減れば働けないものが増える。結果村の暮らしは苦しくなる一方だ。


 国はどうしてこんなにも荒れてしまったんだ。教主マリアベルは何をやっているんだ? 彼女も奴らの仲間なのか。そうであったとしても、民は関係ないだろう。


 またやり場のない憤りが渦を巻く。


「つきましたぞ。滞在中は自由にお使いください」


 俺たちが案内されたのは、高齢であった神父が死んでしまい無人となった教会だった。別に馬小屋でもよかったのだが、ぜひにと言われて拒めるはずもない。


『村長さん、あとでご飯も持ってきてくれるって言ってたね』

「余裕もないだろうに、ありがたいことだ」


 石造りの教会は多少荒れてはいるがしっかりとした作りで、雨風をしのぐには十分すぎるものだった。これほど聖都に近ければ、最盛期には壮大に祭礼が執り行われていただろう。


『ね、アダム。この村のために何かできないかな?』

「何か、か……」


 国の惨状を見て思うところは多々ある。復讐の炎を身に焦がす俺だが、復讐だけを生きがいにしていいのか、と。


 アダムとしてはいい。だが心の中のヨベルが叫ぶ。

 民を見捨てる気か? 


 ほかにもある。


 あの暗い牢獄で誓いはかけらも揺らいではいないが、死の直前、最後の願いは陽の光の下を思い切り歩くことだった。


 それは、使命に縛られ神の御子としての人生が決定していたヨベルにはできなかった、自由な人生を生きることだ。


 復讐を成せ。仮面の者どもに鉄槌を。

 民を見捨ててはいけない。ヨベルの愛した民を守れ。

 だが、自由に生きたい。思うがままに。


 それらを、すべて叶える事は出来ないだろうか。

 

 ――いや、何を考えている。俺がなすべきは復讐だろう?


 肚の中の憤怒に燃える俺が言う。

 余計な事を考えるな。やるべき事だけを成せ。 


 だが、それでいいのか?

 

 いいに決まっている。復讐だ。


 だが、それだけでは。


 復讐だ。それ以外を考えるなッ!!


 頭の中が混ぜ合わされたような感覚。

 俺が分裂する。



『アダムにはやるべき事があるもんね。復讐が第一なんだもんね……』


「いや……、やろう。ミトラ」


 俺は立ち上がった。

 何を優先すべきかまだ分からない。だが、今だけでも出来ることはあると思った。


「やれることはある。あるんだよ。俺に任せろ。伊達に聖人教育は受けていない」


 力は健在なんだ。それを使うのもまた、俺の自由だろう。

 

「信仰の基本は人助けだ。見せてやろう。『元』神の御子の奇跡をな」


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