僧侶アダムの戦い


「加勢しますよ」


 と、声をかけた瞬間の御者の顔は見慣れたものだ。


 絶望の中から希望を見出した目。ヨベル時代には眼下に広がった民たちがみなその目していた。


 だが、その目もすぐ変わる。

 俺が一人である事。その手に武器と呼べるものは何も持っていない事を理解したからだ。


「あ、あんた丸腰じゃ……。近づいては駄目です!」


 あれほど怯えていたのに。これほど窮しているというのに。俺の身を案ずるなんて、この男はきっと善良なのだろう。


 そんな男をしり目に魔物の前に立った俺はすぐさまに魔法を展開した。


 魔法だ。俺の神聖魔法。

 今でも使えるか。


 ――いけるな。


 視線で対象を指定ターゲット。呪文は不要。言葉はまぁ気分だ。ワンアクションで構築ビルドから発動アクションまでを実行。


「神の威光に、ひれ伏せ」


 選択したのは神聖魔法の一つ 鎮圧カウンターリベリオン

 天から不可視の圧力が落とされる。


「ギュワッ!?」


 グレイウルフ数匹がまとめて地に縛り付けられた。そのまま四肢をばたつかせもがくが、立ち上がる事は出来ない。この魔法はその名の通り暴徒鎮圧用だ。


 神の威光をもって、対象を強制的にひれ伏せさせる。


 教会の上級神官たちが護身用に使うものだが、魔物にだって普通に効く。思うに信仰心とかは無関係なのだろう。魔物にはもちろん、俺にすら信仰心などないのだから。


 グレイウルフたちは、抵抗も出来ず地に伏せている。グルルと、唸り声を上げるあたり、まだ戦意は旺盛のようだが。


 であるならば、


 同対象に対して、構築ビルド発動アクション


 戦意喪失ロストスピリット


 魔物たちの眼から戦意が消えた。闘争本能を奪い沈静化する魔法だ。


 バベル先生に習っていて思ったんだがこの神聖魔法というものは、相手の精神に作用するものが多すぎる気がする。


 神の力だなんだというが、実際は力ずくだ。相手の心を操り、制限する。


 いにしえの暁光聖教の神官というのは、一種の洗脳集団だったのだろうというのが俺の見解だ。まったくろくでもない話だ。やはり神など居ない。


 すっかり意気消沈ししっぽを丸めているグレイウルフたちに、俺は鎮圧を解いてやる。狼たちは、尾を下げて草原を逃げ去っていった。


『おー、アダムつよーい。僧侶って、そういう風に戦うんだね』


「他の僧侶がどうかしらんがな」


 俺だって一通りの魔法は納めているから傷を癒したり、他人を強化したりもできる。だが今はこれが手っ取り早いだろ? 


「……あなた、何をしたんですか」

 

 一連の状況をぽかんと見ていた、御者の男が声をかけてきた。


「戦意を削いだんですよ、殺すほどでもないでしょう」

「そんな簡単に……、魔法使いか、どこかの大神官様か」

「ああ、いや私は」


 神官ではない、と否定しようとしたものの俺の使える魔法は神聖魔法だ。神への信仰はもはやないとはいえ、身分は必要だろうと思い直した。


「そうなのです。私は僻地へきちの生まれでして。生涯に一度は聖都巡礼をと思いここまで来たのですが、路銀が尽きてしまい……。もしよろしければ、施しをお願いしたいのですが、ご主人はこのあたりの農家の方でしょうか?」


 俺は柔和な笑みを浮かべ、うやうやしく暁光十字を切った。


『わー、アダム嘘つき』


 うるさい。

 たとえ嘘でも、相手が安心する回答を提示するのが必要な時はある。


 心の安寧。それを保証するのが宗教の在り方だ。

 それがペテンと紙一重なのは、他ならない俺が一番よく知っている。


 ペラペラと口からでまかせが出るのも、元々こういうのが得意だったからだ。


 ヨベルは確かに聖人と呼ばれる男だったが、元々は貧民街のクソガキだからな。そもそも育ちはよくない。嘘をつくことに抵抗などあるはずがない。


「護衛の方々は怪我はありませんか? よければ癒しの魔法を」


 軽く見るが、みな軽傷だ。早く助けに入れたのが良かった。

 手早く傷の治療を施すと、周りからため息が漏れた。


「いや、あなた。若いのに立派なものですなぁ」と感心してくれた御者の男は、近隣の村の村長だと名乗った。


 ◆◆◆


 村長は村に連れて行ってくれるといった。

 ガタガタと荷車に揺られながら、渡されたリンゴをひとかじり。


 恩人だからと荷台に座らされた。護衛の二人は歩きだから、少しばかりの気まずさを感じる。そう伝えると「護衛が荷物になっちゃ意味ねぇべ」と笑われた。


 穏やかな午後だ。

 先ほど魔物に襲われたばかりだとはとても思えない静かさ。


 道すがら最近の聖都の様子を聞いた。

 どうやら俺が投獄されて三年の月日がたっているらしい。


「あの事件は、皆の心に深く影を落としましたなぁ……」


 と村長はいう。


『神の御子暗殺事件』


 俺達が襲われた事件は、世間ではそう呼ばれているらしい。国家元首である教主の孫二人と、その母が何者かによって殺された。


 犯人は不明。ユーべルシア聖教国は全力でもって犯人探しをしたが未だ解決には至っていない。追っている者たちが犯人なのだから。


 さらには翌年、残された教主が死亡してしまったことで混乱は深まった。


 権力者の死に付きものなのは後継者問題だが、教団の総意として上級神官マリアベルがすんなりと教主になった。普通に考えれば不自然だ。ここにもエリックたち仮面の者たちが関わっているのだろう。


 その証拠に、今も聖都は機能不全を起こしている。政治を司る元老院と教会は仲が悪く、不正や賄賂が横行している。静かに国は壊れつつある。


 当たり前だ。あんな奴らが健全な国家運営など出来るはずがないだろう?


『アダム、怒ってる?』


「……別に、俺には関係ないことだから」


 国を背負って立とうとしたヨベルは死んだ。怒りがあるのは裏切られ殺された事についてだけだ。国がどうなろうが、知ったことじゃない。


 知ったことじゃないはず、なんだがなぁ。

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