アダム・オーレンシア
「お前たちが、力のない神だという事は分かった。自分でやれと言いたいところだが、その様子だとそもそも地上に降りられないんだな」
「そうなんだ」
と、クラリオンは恥ずかしそうに苦笑する。
「ボクは見るだけ。ミトラもまぁ、今は無理だね」
「見るだけ……。それで俺をかわりに地上へ送ろうと」
「そう。その通りさ」
「お前は、それしかできないんだな」
「そうなんだ。ボクは見るだけさ。君を助けたのもこっちのミトラの力だしね」
あえての辛辣な言葉に、クラリオンは悪びれもせず答える。そして、話を振られたミトラががぴょこんと顔を上げた。
「本当の力はまた別なんだよっ」と。
「自慢じゃないけど、下界の生活にも
「それで俺か」
「そうだね。ボクは眺める。キミは下界で人々と関わりながら奴らを探してほしい。もちろん、上から何か見つけたら教えるようにはするよ」
「――やつらを見つけたらどうしたらいい? 知っているだろうが、奴らとは因縁がある。端的にいうと俺は奴らを殺したい。見つけ次第すぐにでも」
「君の好きにしたらいいよ。相手が死んでいようが、生きていようが構わない。無力化してくれれば、力の回収はする」
……正直呆れる。
なんて一方的な願いだろうか。そして能天気だとも思った。
なるほど聞けば聞くほど大役だ。なにせ、世界が滅ぶというのだから。にも関わらず、今の話には『してほしい』『頼みたい』と言うだけで、強制力のある契約に類するものではないらしい。
この娘たちは、俺が断ればどうするつもりなのか。一度受けたとしても逃げる可能性は? あるいはそもそも仕事をしない可能性は? 考えていないように思える。
そして、情報も多く明かしすぎだ。
「――手助けはしてくれるんだな」
「うん。そのために君を復活させたんだからね」
彼女らが無防備な理由。それは確信だろう。俺がこの願いを断ることはできないという類の。
そもそも、俺を復活させたのはこの女たちだ。逆らえば、いきなり死者に戻る可能性だってある。いわば命を人質にとられているということ。つまり、そもそも俺に選択肢などない。だが。
「お前たちの言うことはわかった。やろう。俺も奴らには借りがある」
断る理由などそもそもないのだ。
利害の一致。俺にとってやつらは仇だ。兄と慕った者の裏切り。仮面の者たちの高笑い。血だまりに沈んだ母と、闇に消えた妹。力は奪われて、暗く湿った牢獄の日々を過ごした。絶望と、途方もない怒りを覚えた。
「探すよ。その仕事は俺がする」
俺は奴らを殺す。そのついでに力を回収する。
エリックや仮面の者たちを思い出すと、肚の奥から怒りがこみ上げる。
深く沈み込んでいるが、必要になれば燃えさかる炎のように、いつでもたぎらせる事ができる。その割に頭の芯は冷え切っている。
思い浮かべるだけで十も二十も奴を殺す方法が浮かぶほどに憎んでいるエリック。だが、今の俺ならば奴を前にしても、刃を心臓に突き立てるその瞬間まで、冷静でいられるはずだ。そんな予感がある。
俺はクラリオンに告げる。
「俺は奴らを残らず地獄に送ってやろうと思う。そのついでだ。お前たちの提案に乗ってやるよ」
「うん。それで良いよ」
クラリオンは笑って頷いた。
それにつられ俺も笑う。
ありがとう。
俺に復讐の機会をくれて。
ありがとう。
あの糞野郎どもをぶち殺す身体をくれて。
ありがとう。
俺を選んでくれた事、必ず満足させてやる。
「ヨベル、顔、怖い。笑ってるのに、怖いよ」
横を見ると怯えた顔をしたミトラがいた。会話に入って来なかっただけで、聞いてはいたらしい。
平静が聞いて呆れる。顔に出ていたらしい。
「すまない。少し興奮した」
気を付けないといけない。
これからは、できるだけ顔に出さないようにする。なにせ俺は復讐者なのだから。
「じゃあ、最後に君に力を授けようと思う。その体は神が作った身体だけど、基本的に普通の人間と同じだからね。神の力を持つ者を狩るには不足だろうし」
「あ! まず私から、力をあげる!」
と、ミトラが俺の額に手を置く。そして歌った。足元から立ち上がる光に包まれる。それは俺の身体をも包みこむ
「――新たな物語を始めましょう。それは、復讐と殺戮に彩られはするけれど、黄金の日々の続き。失われし、過去の栄光の再演」
手が触れている額に熱が伝わる。暖かな熱だ。
「契約神ミトラ・エルの名において、権能
ミトラの手から俺の身体へ、力強い何かが入り込んだような感覚があった。
「ボクの権能はちょっと特殊なんだ。一部だけでも人にあげられないやつだから。だから代わりに、祝福という形で与えるよ」
と、クラリオンも俺の手をとる。
「時空神クラリオンの名において、固有権能
◆◆◆
「ヨベル、新しい名前を決めよっか。生まれ変わったんだし、もう元の名前も名乗れないでしょ。名前っていうのは、原始の契約なんだよ」
そう、俺は生まれ変わった。確かに、もう元の名は必要ないだろう。
何かいいのを決めてとミトラに言われ俺は逡巡する。
「名前、俺の名か……」
どんな名前がいいだろうか。その時思い浮かんだのは、昔読んだ古い聖典に出てきた名前だった。神が最初に作った男の名前だったか。俺も神に作られた。ピッタリじゃないか。
「――アダムだ。俺の名はアダム・オーレンシア。これからはそう名乗ることにする」
ファミリーネームは適当に。たしか、どこか遠くの地名だ。
「アダム、アダム、アダム……。うん、いいね! 私も気に入ったよ。アダムかっこいい!」
無邪気に笑ったミトラが嬉しそうに跳ねた。
俺の名は、アダム・オーレンシア。
奴らを、仮面の結社を地獄に送るもの。奪われた暁光を取りもどすものだ。
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