新しい身体、新しい名前(2)
――君に神の力の回収を依頼したい。報酬は新しい身体。それから、使命を全うするための新しい力だ。
女神たちはそう言ったのだ。それに対して俺は――
「なぜ、俺を使う」
声は、驚くほど硬質で冷たい響きを伴った。
一度死んだ影響だろうか。感情の起伏が少ない。驚きも歓喜も悲しみもない。ただ肚のうちに沈みこんだとぐろを巻く蛇の様な殺意だけがあった。
そのせいだろうか。俺は目の前の女たちにも、厳しい視線を向けてしまう。
助けられたという事は分かる。
だがそれだけで彼女らを信用することはできない。
俺は騙されて、そして死んだのだから。
「お前たちは神だと名乗ったな。にわかに信じられない話だが、人を作りだせるくらいだ。確かに神なのだろう――」
そうならば、だ。わざわざ俺を使う理由がわからない。
「人間などと比べ物にならないほどの力を持っているのだろう? なぜ自分たちでやらない? なぜ俺に頼む」
そう問いかけると、二人の女は眉根を寄せて困ったような顔をした。
「信用できない?」
「それ以前の問題だ」
俺の知る神とは全知全能だ。彼女らは神だという。
ならば彼女らの望みなど、すぐに叶えられるのではないか。
俺の力を奪った奴ら。奴らは俺にとっても敵だ。エリック・アーサーと仮面たち。母さんを殺し、ルルアを殺した。許せるものでは無い。必ず見つけ出し、全員地獄に送ってやらねば気がすまない。
そのついでに、力とやらの回収をするのもいいだろう。
元は俺の中にあった物であるらしいし。やつらにとって大事なものならば奪ってやれば胸がすく。そうすること自体に異論はない。
だが。
「俺は意味も分からず奴らに殺された。また何も知らされずに良いようにされるのは許さない。なぜ俺に依頼するのかを話せ」
二度と利用される訳にはいかない。生き返らせてくれたのは感謝する。だが納得しなければ、信用することはできないと思った。
「言え。お前たちの腹の内を残らず、すべてだ」
そう、睨みつける俺にクラリオンは困った顔をした。
「――まぁ、理由はもちろんあるよ。要は、君が思うほど神の力というのは万能ではないって事なんだけど……」
チラリと顔色を窺って。
反応を見ているな。こちらがどう思うのか。
「ボクたち神が神たる由縁。それは【
例えば、とクラリオンは立ち上がり空間をサッと撫でる。
何もなかった場所に景色が広がる。外の景色だ。草原と白亜の外壁。
見覚えがあった。聖都イゼ・ウォレムの
「すごいな。なんだこれは……」
絵ではないらしい。触ってみたが、手がすり抜ける。遠くを景色を映す魔法だろうか。遠見の水晶を使えば似たような事ができると思うが、これほど正確には映せない。まるで目の前に存在するような景色だ。
「ボクは≪時間≫と≪空間≫を司る。世界を維持し正常な運行を担保する。そのために世界を監視する力を持っている。だから、こんなふうに≪目≫を配置して、下界の様子を見ることができる」
パッパと、風景が切り替わっていく。最後に街中に変わる。
聖都の中心街。人々が行き交う。
「とはいえ、あくまで見えるだけさ。あそこにふたりの男の人が見えるよね。何をしているか分かるかい?」
クラリオンが映し出したのは商人の男と、異人の装いをまとった男だった。
交易商かもしれない。東方の砂漠の国の出身のようだ。身振り手振りを交えながら商談でもしているのだろうか。笑顔も見える。
だがその下で異国の男が、商人の懐に何かを入れたのを見た。
「さぁ、いまやり取りされたのは何だろうね? 多分何てこともない袖の下、商売を円滑にやり取りするためのお金。そんな物だと思うけど。でも、仮面のやつらは情報をあんなふうにやり取りをしていたら? あの男たちが仮面の一味だったら? 僕が管理するのはあくまで世界という場だけだ。そこに生きる彼らの胸の内は分からない」
「人は、神の管理下にないと?」
「少なくともボクの担当じゃない」
「……場を支配するのならば、声を聞くことはできるだろう」
「聞こえても一緒さ。心の内が読めなければ。隠されて終わりさ」
「世界がすべて見通せるというのならば、何かが起これば、すぐに分からないのか? あるいは、仮面たちの場所を自動で探し出すとか……」
「いいや。そういう便利なものじゃないんだ。世界を大きく変えてしまうような――例えば自然災害なんかはすぐわかるけどね。ボクは傍観者。だけど不自由な傍観者さ。見ているのはボクという存在一つだからね」
クラリオンが手を振る。
無数の景色が現れる。眼前一面に、いくつも、いくつも。それらがすべて同時進行で世界を映しだしている。幾多の景色、幾多の営み、幾多の出来事。
確かに、それらをすべて追うことは……
「こんなの、君ならできると思う?」
「……神と言っても、全能ではないという事はわかった」
「そうだね。だから神は沢山いる――、いや、“いた”というべきか」
「今はもう、クラリンと私のたった二柱、だよ。他の神々は、純粋な力そのものになって、ヨベルの中にあったから」
赤い娘。ミトラが口をはさむ。
「ヨベルが背負っていたのは本当に、世界そのものだったの」
「遥か過去に神々は思った。世界の運行は神の力が必要だ。だがそれを扱う神に意思は必要なのか? 神々は自らの存在に不自由さを感じていた。強い力を持ちながら、力に縛られ自由が無いあり方に。なまじ心と呼べるものを持っていたために、それぞれに怒り、嘆き、憎んでいた。世界のために永遠の時を生き奉仕する。そこに疑問を持った。だから力を残し、地上を去ったんだ。その残された力こそ――」
「俺の持っていた、
「そう。だからボクたちはあれを取り戻したい。そしてその役目は、管理者だった、ヨベルにお願いしたい」
「
「あれは、いにしえの神々の権能を
「――聖教国は今どうなっている」
「まだ目に見えた異変は無いよ。けれど世界を覆っていた祝福が弱ってきている。魔物が増え、人の住めない土地が出てくるだろう。天変地異が起こり、作物の実りも減る。そうすれば飢える人間も出てくる。遠からず、この世界は滅ぶ」
「そうか」と、俺は黙り込んだ。
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