新しい身体、新しい名前

 君のことは良く知っているよ。人の子らに残された権能の

 不幸にも牢獄で短い人生を終えたね。本来ならば君の人としての生はそこまでだった。だけれど、僕たちは君を再生させた。こっちの都合だ。君にはまだ果たさなければならない事がある。


 愚かな人間たちに神の権能けんのうが奪われた。


 君も見ていただろう? あの夜、君の体から発生した光の花の事だ。

 古代の神の権能の集合。遥か過去に、ある事情であの形で封印され、君の教団で代々守られていた、ありとあらゆる理を内包する、世界のひな型。


 ボクたちはそれを再び取り戻さなければならないと思っている。


 奪ったのは、あの仮面の者どもだ。見ただろう? とっても悪い奴らさ。君の教団とは別の教義を掲げ、神代から細々と続いていた一派のようだ。君の国の内側を中心にいたる所に潜んでいるようだ。


 やつらはあの力を私利私欲のために使う。元々この世界を覆うほどの祝福を成せる力だ。欲望のままに使えば、世界に対して影響は測りしえないよ。


 そんなわけで、君に力の回収を依頼したい。

 報酬はその新しい身体。それから、使命を全うするための、新しい力だ。






 時の神と名乗った彼女。クラリオンが語ったのはそんなような事だ。

 契約の神と名乗るミトラという娘に解放された俺は、促されるまま茶を飲んでいる。訳が分からない事ばかりなのは間違いない。だが、俺の身に起こった事を一つ一つ思い出しながら、頭の中を整理する――


「質問が、たくさんある」


 どうぞ、質問は当然の権利だからね。とクラリオンは微笑んだ。


「まず一つ、俺はどうなったんだ。新しい身体だって言っていたが」 

 

 身体を見回し触ってみる。

 長い牢獄での生活で痩せてしまった身体とは違う、中肉中背だがしっかりと筋肉もあり、健康な体のようだった。ヨベルだった時も鍛えてはいたが、以前よりも少し背も高い気がする。多分、横たわっていたあの男が今の俺なんだろう。


「君の身体は損傷が激しかったから新しく作ったんだ。魔法発動を担保する魔力回路は元のように作ったから、元々持っていた力はそのまま使えると思うけど」


 クラリオンが空中に指を走らせると、反射する銅板に似た物体が近寄ってくる。

 これは、鏡の替わりなのだろう。宙に浮かんでいるのが解せないが。


 鏡に写った顔は、知らない青年のものだ。

 黒髪で、以前より少し険しい印象。これが今の俺なのだという。角度を変えて確かめる。変なところは無いようだ。目が多かったりしたら困るからな。それに目は……。


「目も黒いんだな……」


 聖教国の教主は黄金の瞳を有する。建国の祖である初代教主から脈々と受け継がれていたそれは、結婚を繰り返し代替わりしても、瞳だけは変わらず黄金に輝き続けた。


 神聖魔法を含む魔法技術において、瞳は重要な役割を果たす。対象を指定するのは視線であるし、魔力回路マジックサーキットと呼ばれる全身に巡る力の伝達経路は、最終的に目に集まる。暁光聖教の教義でも、目は最も神聖な部位と見なされていた。


 逆説的に魔法使いマジックユーザーを完全に無力化するには目をくり抜けばいい。魔法を使えるものは人間の中でも一部に限られるが、その分特権的な扱いを受ける。魔法使いは遺伝的な要素が強く貴族階級に多い。さらに訓練も必要だ。目が変われば魔法が変わる。


 俺は、魔法は使えるのだろうか。


「ふふふーん! ヨベル、魔力を込めてみて」


 そばに座っていたミトラと名乗った娘が話に入ってくる。

 この子はずいぶんと明るい性格のようで、俺とクラリオンが会話している最中も、ニコニコと嬉しそうに笑っていた。


「ね、ねね! 早く早くっ」


 何がそんなに楽しいのか、期待に満ちた目をよこす。

 この子、距離感がとにかく近い。今も俺のそばから離れようとしない。

 可愛い女の子が、好意的に接してくれるのは喜ぶべきだろうが、こんな訳の分からない状況では素直になれない。


 少しばかり面食らいながらも言われた通り魔力を練る。

 あの儀式のあと、俺の魔力回路は壊れてしまった。力が経路を通らず伝達不良を起こしていたのだと今ならわかる。だがこの身体ではどうだろうか。


 おっかなびっくり魔力を流すと――。


 光の粒が舞った。

 まず驚いたのは、破壊されたはずの光輪翼ホーリーヘイローが起動した事だ。

 きらきらと輝いている。平常通りの白みがかった光。なんだか懐かしい気持ちがした。


 だが、何もかも前と同じではない。形が違う。以前の翼は、円と一対の翼を組み合わせたような形をしていたが、今の翼は左半分のみ、さらにいびつに歪んだ形をしていた。


「君のその光輪翼ホーリーヘイローと言われているものは特別なものだ。いにしえの時代は翼持も多かったけれど、今ではとても希少な器官だね。性質上、同じものは一つと無いから、完全には再生できなかったんだ。形は変わったけど出力はそれほど落ちていないと思うよ。あと目だね――」


 クラリオンの合図と共に、銅板が顔の前に回り込む。

 まだ見慣れない顔の男の目が、黄金色に輝いていた。


「魔力が巡ると、光るのか」


 そうだ、この目だ。確かにこれだけは、以前の俺のものだと実感ができた。


「ふぅぅぅうう!! 光輪翼かっこいい……っ!」


 振り返ると、ミトラが眼を輝かせていた。

 俺の視線に気づくと、手をバタバタと振り回して踊り出した。彼女は何なのか。


 彼女らは自らを神と名乗った。


 だが、俺の知る神とは、天にあり厳格かつ慈悲にあふれた暁光神だ。あの牢獄で信仰は捨てたをはいえ、彼女らが神と名乗った所で、そうそう信じれるものじゃ無い。それに……ちょっと、能天気すぎやしないか?


「どうかな? 気に入ってもらえたかな」

「ん、ああ。悪くない」


 静かに答える。身体が変わる――。普通に考えれば異常事態だが、不思議と受け入れられる。


 疑問はあるが、それはそれとして問題がなければそれで良い気がした。しかし、自分は元からこんな性格だっただろうか。


 牢獄生活で心が麻痺したのかも知れない。感情が平坦で、驚くほど揺れが少なかった。


 これも新しい身体になった変化なのか。

 とにかく俺は新しい俺になったらしい。


「次だ。ここはどこなんだ」


「ここは【クラリオンの領域】ボクの隠れ家みたいなものだ。君の世界とは違う空間にあるから歩いて帰ることはできないよ。ボクは時と空間の神だから、こういう場所にいて、世界を眺めている。お茶のおかわりはいるかい?」


 彼女が手を振ると、茶の入った容器が空中から現れる。

 宙に浮く鏡。今注がれている茶。

 

 死ぬ前までは見たことが無い光景ばかりだ。そういえば、今俺たちが座っている机と椅子も彼女が合図をすると床から生えてきた。神さまだというのも、信じるしかないのかもしれない。


「ここは安全だよ。ちゃんと出してあげるから心配しないで」


「わかった」


 俺は返事をし、頭を切り替える事にする。聖教国はどうなったのか。エリック達はどうしているのか。聞きたい事はまだまだある。

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