ヨベルの章 暁光歴956年
黄金黎明
俺の名前はヨベルハイム・グラシア。ヨベルって呼ばれてる。
母さんと妹がいる。都市の片隅のスラム街でひっそりと生きていた俺たち。俺が10歳の時父さんは死んだ。
母さんはひとりで俺たちを育てていたけれど、母さんが病気になって倒れた。
俺も働いたけれど、子供の稼ぎなんかたかが知れている。俺たち家族は路頭に迷う寸前だった。
だけど、すべてひっくり返ることが起きた。
ある日、聖都の神官様たちがむかえに来たんだ。
神官様が言うには、ただの職人だと思っていた父さんは、実は聖教国の教主様の息子だったんだって。
俺たちの住む国ユーベルシア聖教国。その教主様。国で一番偉くて、神聖な王様。
死んでしまった父さんは、そんな人の息子だった。だから俺は孫なんだって。
王様で教主様な俺のじいさんは、父さんの代わりに俺たち家族を神殿に連れてくるように言ったんだ。
馬車に揺られて、聖都イゼ・ウォレムのどこまでも続く城壁を見た。
中心の岩山に
今までは、遠くから眺めるだけだった聖都の中に入れるなんて、ドキドキが止まらなかった。
「お前がヨベルか。よくきてくれた」
ユーベルシア聖教国の教主様。俺のじいちゃん。少し怖いけれど、よく聞くと声が優しくて、穏やかな目をした人だった。
「息子は死んでしまったが、お前に会えてよかった。歓迎する我が孫ヨベルよ」
じいちゃんは、俺の肩に手を置いて言った。
「どうか私を助けてほしい。お前が、私の後継者となるのだ」
どうやら俺たちは今日から神殿に住むらしい。明日のパンにも困るありさまだった俺たち家族は、沢山の人に崇められる立場になった。
俺はじいちゃんの後継者。つまりは次の王様だ。
そういえば俺の胸には
今まで変な形の痣だなとしか思ってなかったけど、神の力の器になれる証なんだって。聖痕持ちは選ばれた人間で、教主は代々この聖痕を使って神様の力の担い手になるらしい。それがこの国の王様になれる条件なんだ。
だけど教主になるには、厳しい修行をしなきゃいけない。12歳になっていた俺はすぐに修行をはじめなきゃいけなくなった。
まず、魔法を習った。
魔法の種類はたくさんあるんだけど、俺が覚えるのは神性魔法。暁光神さまに祈りを捧げて奇跡を起こす力。神官長のバベル先生たちが教えてくれることになった。
俺は小さいころから冒険者にあこがれていた。魔法が使えるようになったら、俺も冒険に出れるかな? でも、神官ってのがなー、やっぱりかっこいいのは戦士とか、魔法使いだよ。
でも勉強をするうちに、神官も悪くないなと思えてきた。
神聖魔法は本当にすごい。怪我や病気をあっという間に治したり、パーティ全員の力を強めたり、いろいろできるんだ。
よーし、俺は神聖魔法を極めて、パーティを補助して、おとぎ話に出てくる、ドラゴンだって倒してやるからな!
そう張り切って魔法の練習をしていた俺の背に、いきなり光の翼が生えた。
魔法を思いっきり使ったらぶわっと。ほんとぶわっと。
神官たちは大騒ぎだった。俺もびっくりした。ちびるかと思った。
「こんなに若く
ヨベル様は天才だ。まさしく神の遣わした運命の御子だ、だってさ。
光の翼が出ると、魔法の威力が跳ね上がるらしい。
こんなのが出っぱなしだと寝るとき困るなぁと思ってたら、すぐに引っ込んだ。
神聖魔法を使ったら、また出た。軽めに使ったらこんどは出なかった。どうも、強く力を込めると出るらしい。
翼っぽいから飛べるのかなとも思ったけど、無理だった。翼に見えるけど、実体のない光の粒子なんだって。
俺はこの光輪翼をすっかり気に入ってしまった。だって、伝説の天使様みたいだろ?
先生たちのいうように、
ついには一番難しい『神罰魔法』も扱えるようになった俺は得意満面だった。
先生たちは、魔法だけじゃなくて学問も教えてくれた。俺は爺ちゃんの後継者だから、この国の次の王様だ。
たくさん学ぶことがあった。
政治や経済、歴史と文学、軍事や人の心の掴み方……
貧民街に住んでいたらぜったい知らなかったことばかりだった。
教主、つまり爺ちゃんには中々会えなかった。
この国では、教主が国の代表も兼ねるからつまりは王様だ。
一か月に一回は謁見の日があって、母さんと妹のルルアと一緒に
「ヨベル。お前には期待している。暁光神に認められるよう、日々励みなさい」
たまにしか、会えなかったけど、俺はさみしくなかった。
警備隊長で神殿騎士のエリック・アーサーが、いつも見守ってくれていたからだ。
エリックは俺の剣の師匠でもあって、
「ヨベル様は筋がよい。教主としてだけでなく、文武に秀でておられる。まさしく国の宝ですな」
といつもほめてくれた。
エリックは神殿騎士の中でも特に優秀で、俺にいろんな事を教えてくれた。
神官たちには黙って、エリックや神殿騎士たちと城壁の外へ、魔物を倒しに行った事もある。俺が魔法でバンバン倒しちゃうから、みんな唖然としてたっけ。
エリックのことは、本当に、父か兄のように思っていた。
祖父譲りの黄金色の髪と瞳を持ってた俺は、自分で言うのもなんだけど結構モテた。
教会に来る前住んでいたスラム街じゃ、娼婦のねえちゃんたちに『ヨベルは、なんかさ。顔立ちがいいね、どこかの貴族様みたい』って言われてた。親父が、教主の息子だったって事がわかって、それがほんとのことだったんだと知ったんだけど。
千年聖堂には、綺麗なシスターたちが沢山いた。
俺だって健康な若い男だ。そういうことだって興味があった。
じいちゃんのそば使えのシスター・クロエって人が、すっごい美人なんだ。
クールで、きれいで、澄んだ湖みたいな雰囲気の人だった。
声が特によくて、神殿の天井をどこまでも響いていく不思議な声だった。
俺はクロエにかまって欲しくて、何度もちょっかいかけてバベル先生に大目玉をくらったりした。
「教主になったら、俺と結婚してほしい」
って大真面目に告白した。
ちょっと考えたクロエはニッコリ微笑んで
「ヨベル様にはまだ早いかと。同じくらいの年のシスター見習いの子たちと遊ぶといいですよ」って断った。
しょうがないから、言われた通り、シスター見習いの子たちと遊ぶことにした。みんな可愛くて、俺の事を褒めてくれるけど、好きだって気持ちにはならなかった。
特別な関係になれば、そういう気持ちになるかなと思ったけど、みんな『神の御子さま』だからって、それ以上仲良くなってくれなかった。ちぇっ……。
そうして時が過ぎた。
俺の少年時代は終わり、子供でいられない時が来る。
「
眼下の群衆が口々に叫ぶ。聖句を唱え俺を祝福する。
16歳になった俺は、神の御子としての教育をすべて終え、暁光神の残した大いなる権能
聖都には新たな継承者の誕生を祝う声があふれていた。
暁光聖教国の聖都イゼ・ウォレムの中心。
俺は
王として、この国を。教会の指導者として、全世界を。ともに平和に導くことが使命だ。
困難はあるだろうが、俺は必ず民と国を守る。
祖父に、父に、母に。支えてくれたみんなに恥じない生き方をしよう。
そう、思っていたし、俺ならできると思っていた。
あの、夜が来るまでは。
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