一度の死でも足りないならば。ーすべてを奪われた俺は復讐者になったー

千八軒@瞑想中(´-ω-`)

聖都帰還編

断章:何度繰り返しても

「もうすぐ夜が明ける。ここにいれば死ぬ」


 放った火は、深夜から吹き始めた西風に煽られ、あっという間に広がる。今や砦のいたるところで燃え上がり天を焦がすほどだ。兵舎の外にも煙が立ち込める。脱出するなら急いだ方がいいだろう。


「俺は行くが、お前はどうする?」


 声をかけた先には若い娘がいる。

 名は知らない。銀に近い色素の薄い髪と、深い藍の瞳。睨みつける眼差しは気丈だが、身体が震えていた。血の気が失せて白くなった顔に、焔の朱が揺れる。


 何も言わない。動かない。ただじっと俺を見つめる。

 しばらくのあいだ交差する視線。彼女は動かない。


 ……まさかこのまま火にまかれるつもりか。


 

 この子からすれば偶然拾った命で。それに、おそらく、すでに尊厳は汚されている。自暴自棄になっていても無理はない。


 俺にしては、どちらでもよかった。運よく拾った命を捨てるには惜しいだろうと思っただけのことだ。


「好きにしろ」


 もとより他人ひとなど、どうでも良い。生きるも死ぬも、人の勝手だ。

 俺は視線を外し踵を返す。


 兵舎を出ようとして、既に事切れた男に目がいった。恐怖に歪んだ瞳は飛び出るばかりに見開いて、口の端には血泡が乾いていた。椅子に縛り付けられ、股の間には臭気の漂う水たまりが広がる。


 男の断末魔の叫びを思い出し背筋が震えた。痛かっただろう。恐怖しただろう。ひどく醜い死にざまだ。元は堂々とした騎士だった男だが、尊厳も何も奪われ死んだ。



 ……とてもいい気味だ。

 震えたのは歓喜の想いからだ。俺には確かに復讐を成す力がある。


「まずはひとりめだ」


 共に育ち、一時は友だと言った男を手にかけた。心に揺れない。自分でも驚くほどに心は平穏だった。胸の内を支配するのは、満ち足りた達成感。


 当然だ。


 こいつは、俺を裏切り、母と妹を殺し、未来を壊した奴らの一人。俺の全てを奪った奴らの仲間だ。何を想えというのか。あるのは、怒りだけだ。


 俺はフードを目深にかぶりなおし、奥歯を噛みしめ唸る。口の端から怒りが炎となってもれ出ないように。心の奥深くに沈めて、その火を絶やさないように。


「全員、必ず、殺してやるぞ」


 俺は扉を開け放ち歩みを進める。復讐の旅は始まったばかりなのだから。



 ◆◆◆



「アダム様はどうするのですか? その、復讐が終わったら」


 リシェルが俺に追いすがりながら聞く。

 砦の襲撃以降、懐かれてしまった。今やどこへ行くにもついて来る。この復讐の旅に、道連れは要らないはずだった。


 心の内を焦がす怒りだけが、この体を動かす力だったはずだ。


「アダム様? どうされたのですか?」


 なのに、何故だろう。

 彼女と居ると、怨嗟えんさの焔に焼かれ続ける俺の心に、温もりが宿る。


「――なんでもない。復讐が終わったら、だったな。どうするんだろうな。考えたことも無い」

「聖教会に戻られるとか?」

「無理だ。もう俺は元の俺じゃない」


 復讐の旅を始めてからは、未来の事なんて考えなかった。全てを奪った仮面の者たちをことごとく殺し尽くす。それだけが俺の望みだった。


 やりたいことなんて、復讐以外無い。

 そうリシェルに言うと、彼女はやわらかく笑って言った。


「では、一緒にパン屋をしましょう」

「パン屋?」

「はい。白いパンを焼くんです。農園からたくさん小麦を買って美味しいパンを焼いて暮らしましょう」

「そんな事」

「アダム様、復讐が終わっても、人生は続きます。それとも死ぬつもりなんですか? そのあとの目標は無いのですか?」


 リシェルの真摯しんしな眼差しに問われ、言葉にきゅうす。

 復讐が終わったら。


 終わったら、俺はどうなるんだろう。この身体はそのためだけに作られたのに。


 ◆◆◆



 リシェルが泣いている。死体にすがりつき泣いている。


 死んでいるのは俺だった。肩から胸へ大きく断ち切られた。心の臓まで刃が届く斬撃。致命傷。即死しなかったが時間の問題だった。


 だが今や残った命の細い糸も断ち切られ地に伏せている。そんな俺に、赤い血にまみれる事もいとわずに、リシェルはすがりつき泣いている。


 斬撃の主は聖騎士エリック。ヤツの剣筋は鋭くすさまじかった。地に伏したまま放たれた一撃だったが、そんなものでも俺の命程度なら容易く奪う。奴にとっては簡単なことだっただろう。


 俺は宙を漂う。そういえば死ぬとこうなるのだったと思い出す。肉体という枷から外れ自由になる。空に浮き自分の死体を見降ろす。二度目の死だ。


 ふわりと飛んで、リシェルの頬に触れようとした。何も感じず何も感じさせられない。触れようとした手は彼女の身体をすり抜ける。死者は生者には何もできないのがこの世の理だ。


 リシェルが来る前にエリックが退いたのが幸いだった。死者には何もできないとヤツも知っている。死んだ俺の身体はそのまま捨て置かれたのだ。


 これで良い。

 リシェルに危害が及ばなくて良かったと安心した。


 だが、心配もある。 

 この世界は、俺が死んだこの時間の先は、。そうであるならば、このリシェルはこの先、どう生きるのだろうか。


 顔をくしゃくしゃにして涙を流しているリシェル。

 すまない。また泣かせてしまった。

 血溜まりの俺にすがりつく彼女に謝りながら、俺の意識は宙を漂う。


 俺にはまだやる事がある。だからまた次の君に会うだろう。


 これからどれだけの君を不幸にするのかわからない。付いてくるなと行っても付いてくるのだろう。君の事を思うのならば、なんとしてもこの復讐の旅から降ろすべきなのだが。


 この世界の君にはせめて、全てを忘れて健やかに生きてほしいと願う。

 


 天に蒼い時計盤を模した方陣が浮かんだ。

 迎えがきたのだ。次の時に渡る時間が来た。


 俺は飛ぶ。

 時を超え、何度も何度でも。必ず奴らを殺すために。


 ――――――――――――――――――――――――

 カクコン9に参加しています。

 この物語を面白いと思われたならば、ぜひぜひ評価レビュー等でご支援いただければと思います! 2月まででの一章(想定12万文字)目指して投稿していきますので末永くよろしくお願いいたします。 千八軒

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