第十一話 『正しさの所在』

 焼死体が発見された。


 死体があったのは、アンリエッタが根城にしていた廃工場の一室。

 死体には拷問された形跡があり、現場からは当然アンリエッタの体液や魔力の残滓が検出された。

 アンリエッタは人を殺していた。

 それは紛れもない事実だ。

 だと言うのに——。


『この件は藤上達には伝えるな。内々に手続きを進める』


 淡々とした堂島の声。

 拡声機能を使って発せられる低い声は、廃工場の薄い壁に反響して重く響いた。


「人殺しを黙認しろって言うんですか」


 問い詰める。

 無線機の向こうで堂島が深い溜め息を吐いたのが聞こえて、思わず眉根を寄せてしまう。

 言葉足らずな堂島にも非はあるはずだというのに、舌打ちの後で答えが返ってきた。


『察しの悪い奴だな。……相応の責任を取らせるためには、逃げ道を塞いでおく必要があるだろう。藤上達にこの件を伝えるのは、こちらの用意が整ってからだ』


 それだけ言って通信は一方的に切断された。

 静寂が昼下がりの廃工場のなかに居座る。

 焼死体を再度見やって、考える。


 本当に竜のことを信じてもいいものなのか、と。


 内心で、疑念の芽が不安を肥やしにして顔を出し始めるのを八代は一人自覚した。

 嘆息を吐き、携帯を手に取る。

 日付を確認すると、全ての市民が街を強制的に経つことになる退避命令の執行の前日を迎えていた。

 この日を迎えると魔導局は、街に残っている市民に対して退避通知書を直接手渡しする手筈になっている。


 八代が通知書を渡すように指示を受けたのは、西区のとある教会。

 教会を管理しているのは、竜を崇拝して止まないあの教団だ。


 魔導局や屠竜師そのものに対しての嫌悪を剥き出しにする狂信者たちばかりだが、それは街からの退避を拒否する理由にはならない。


 ——……上手く説得できるといいけど。


 思いつつ、八代は位置情報をシエラに送信して、廃工場を後にした。


 ――


 とあるアパートを前にして、忽然と郷愁の想いが込み上げてきた。


 ——……なに、この感覚。


 堂島に呼び出された真哉とロゥリエは、住宅地での退避通知書の配布を初仕事として与えられた。

 書類の詰め込まれた鞄を下げて住宅地を回る姿はさながら新聞配達のそれで、初めは真哉と二人で街を探索できると息巻いていたロゥリエだったが、一時間も経つとくたびれて牛歩で街を徘徊する屍になっていた。


 ロゥリエがそのアパートを見つけたのは、街を見回しながら歩いていた時のこと。


 古臭いアパート。二階建ての着飾らないクリーム色の簡素な建造物は、一見すればそれが最も適当な表現かもしれない。

 だけれども、それがどうしようもなく懐かしく、心を落ち着かせてくれる。


 見覚えなんてないはずの建物に感じる異様な既視感を抱え込んだまま、辺りの建物を見回した。

 やはりどこか覚えのある景色。

 けれど正体には気づけないまま、時間だけが過ぎていく。


「ロゥリエ?」


 真哉の声が向けられて、我に返って見返した。

 気が付くと目の前を歩いていた真哉は随分と先まで歩いてしまっている。

 彼の隣に向かって歩を進めようとした。


 その時だった。


「光? 光なの?」


 声のした方へ視線を寄越すと、そこには一人の女性が立っている。

 見覚えなんてあるはずがない。

 「光」なんて名前、聞いたこともない。



 立ち止まったロゥリエの視線に吊られて、真哉もまた彼女の見やる方向に視線を向けた。


 その先に立っていたのは、見覚えのある女性。

 しばらくロゥリエの顔をまじまじと見つめていたが、女性はやがて脳裏に浮かべる人物とロゥリエが別人であることを悟ったのか、表情をいつかのように暗くした。


「あなたはあの時の……?」


 声をかけると女性もこちらのことを思い出したようだった。

 聞けば、ロゥリエの立ち姿が娘を生き写しにしたようだったので勘違いしてしまったらしい。もう何日も娘の無事ばかりを考えていたせいで無意識に体が動いて我が子と勘違いしたロゥリエに声をかけてしまっていたようだった。


「本当にごめんなさい。娘がそこにいると思って、つい……」


 ふとその視線は、真哉の影から様子を見守っているロゥリエに向けられた。

 よほど容姿が似ているようで、それは我が子の身を案じる母の瞳だった。

 ロゥリエの目隠しについて、女性が訊ねてくる。


「あの子は怪我を?」

「……はい。竜の襲撃の時に両目を怪我してしまって」


 女性には申し訳ないがロゥリエが竜人であることを知られ訳にはいかない。

 その場しのぎの嘘を平然を装うが、頭の中ではロゥリエになんとか合わせるよう救難信号を発信していた。

 そんな脳波のやり取りが二人の間でされていたことなど知るはずがなく、女性はロゥリエの方に歩み寄ると我が子に似た少女を抱き寄せた。


「皆ひどく傷ついてしまっているけど、諦めないで。私も諦めないから。あなたもきっと目が見える日がくるはず。がんばって生きて」

「……うん。がんばる」


 まるで本物の親子のようだった。

 女性はロゥリエを優しく包み込み、ロゥリエは女性に強く抱きついている。

 母の温度と匂いを覚えるように、ロゥリエは女性のなかで静かに抱擁を受け入れていた。

 間に割って入るのは野暮に思えて、二人が満足するまではそのままにしていた。

 やがて女性の方がロゥリエを解放し、明るい微笑みを浮かべて言った。


「本当に匂いまであの子にそっくりね」


 言い残すと女性はアパートの駐車場に向かっていった。

 横目にロゥリエの横顔が映る。

 彼女の頬を、一筋の涙が撫でていた。


「ロゥリエ? 泣いてるのか?」

「……え? ごめんなさい。そんなつもりは……」


 言われて初めて気づいたようだった。

 無自覚に流れる涙を止める術をロゥリエは知らない。

 目隠しから溢れるまで目尻を真っ赤にさせて泣いて、それが初めて母親というものの体温に触れたからなのか。

 あるいは別の何かによるものなのかは、彼女の心の奥覗いてもわからなかった。


 ―――


「我々は決して、この聖地を貴様らには明け渡さんぞ」


 開口一番に吐き捨てられた台詞は、おおよそ予想していたものと同じだった。


 教会の門扉の前にて。

 門前払いという言葉を体現した光景が、そこにはあった。

 教会を訪れた八代だったが、教会の門扉の前に立つと中から教会の扉を蹴破る勢いで信徒らしき一人の男が飛び出してきた。

 存外話が早く進むかもしれないと楽観的に考えていた八代だったが、その淡い期待も先刻門扉越しに言い渡された宣言によって、ばっさり切り捨てられた。

 退避に対して断固拒否の姿勢を示し、男は教会の中へと足早に戻っていく。


「真理を知らぬ愚か者め」


 去り際、屠竜師を愚弄する捨て台詞を吐いていったのを八代は見逃さない。


「なんですって……! ちょっと待ちなさい! この街に残れば魔導局が明日には押し入ってくるのよ?! そうなれば全員刑罰を受けることになるのよ!」


 忠告のつもりだったが、男は聞く耳を持たない。

 投げた声は右から左へ男の脳を通過していったようで、仲間の信徒が開いた扉のなかに男は姿を消していく。

 が、その隣から今度は少々老け込んだ男が現れて、拒絶を示した男とは対照的ににっこりと柔和な笑みを浮かべた。


「お待ちなさい。客人をぞんざいに扱ってはいけない。ここは彼の楽園への門と成ることを約束された聖地、何人も拒むことはあってはいけないよ」


 如何にもな容姿と立ち振る舞い。温厚な印象を内心に植え付ける神父の正装に身を包んだ男が、教会に戻っていく男と入れ替わるように外に出てきた。

 何事かと八代は怪訝な視線を神父に注ぐが、そんな険悪な空気もなんのその神父は門扉の鍵を開けると不気味な態度で八代を受け入れた。


「外は冷えるでしょう。風邪をひいてはいけません。さ、中へお入りください」


 言って神父は石畳の上を歩いて教会へ踵を返した。

 不自然さを疑わざるを得ない神父の背中を、様子を伺いながら着いていく。

 招き入れられた教会の礼拝堂には、壁一面を覆い尽くす壮大な絵画のステンドグラスが、差し込む陽光を色鮮やかに彩っていた。

 数多の色彩を尽くした花園の大空を羽ばたく竜の姿を描いた絵画。花園の中心には一振りの剣が大地に刺されていて、その剣は万物を祝福する神光を放っている。

 光の注ぐ礼拝堂には、門扉で悪態を付いていた男を含む信徒が大勢居て、その数は優に二〇を超えている。

 皆、八代の存在に気付くとそれぞれが非難を囁き、愚行を嘲り、屠竜師という存在そのものに対して嫌悪感を抱いている様子だった。


「この奥です。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎになって下さい」

 神父が言って開いた扉は、礼拝堂から直接応接室に繋がっていた。


 言われるがまま、神父の案内に従って中に入る。

 中央の長椅子に腰かけて、応接室の奥に消えていった神父をしばらく待つ。やがてココアの甘い香りが漂ってきて、マグカップを手に持った神父が応接室に戻ってきた。


「本日はどのようなご用件で」

「……はい?」


 神父が訊ねる。が、あまりに間抜けたその問いに、八代は神父よりもよっぽど間抜けた声を返してしまった。


 ——どのようなって……。

 ——まさか、退避命令を知らないなんてはずはないでしょうし……。


 思いつつも、神父に訊ねてみる。


「明日にはこの街を出て行って―」

「なんということだ」


 八代の忠告を遮って放たれた声は、先程までの温厚だった初老の男の者とはまるで別人のものだった。

 竜を崇拝して止まない邪教の狂信者の姿だけが、そこにはあった。


「嘆かわしい。……全く以て、嘆かわしい」


 頭を抱え、内なる軋みを悲嘆の声にする神父。

 次に持ち上げられた顔には、慨嘆と嫌忌の念がいつの間にか深く根付いていて、双眸は八代の胸に光る竜殺しの勲章を見つめている。

 こみ上げてくる悲痛に震えながら、神父は閉ざしていた口を開いた。


「この地を発つなど言語道断。決してあってはならないことだというのに……」


 門扉の信徒と同様に、土地への異様な執着を言葉にする神父。

 程なく国土防衛の最前線に取り込まれようとしている土地に、教団の信徒が居座ることはまず不可能に近いはずだ。居座ったとしても、魔導局による武力行使で全員が即刻退避か身柄を拘束されるだろう。

 それが望まない結果であることは、彼らとて分かっているだろうに。

 八代が抱いた疑念など知らず、神父は静かに目を伏せる。

 静かに、子供を宥めるような声で狂徒が言う。


「お嬢さん、貴方はまだ若い。そんな血に塗れた悪魔の外套などお捨てなさい。貴方はあの狂った竜殺しの思想に騙されている」

「は?」


 言っている意味を理解できなかった。

 何度か嚙み砕いて反芻して、やっと神父の忠告を言葉として理解する。されど言葉として理解しただけであって、それを真に忠告として聞き入れることは出来なかった。

 竜の血の沁み込んだ外套が誇りだった。

 人の平和を脅かす竜を滅するのが存在意義だった。

 それを眼前の男は、悪魔だの騙されているだの罵ったのだ。

 そんな言葉を鵜呑みにすることだけは出来なかった。


「貴方が何を言おうと、この外套を捨てる気はないわ」


 低い声で応える。

 すると神父は静かに顔を伏せて黙り込んだ。

 その沈黙が説き伏せられて生じたものではないことだけは直感できた。むしろ正反対の、反発のための静けさだ。

 やがて沈黙の谷底を渡りきると、嘆息と悲痛が神父の口からは漏れ出た。

 微かに内に込み上げてくる怒気を帯びた声は、八代の屠竜師としての矜持を試す問答を求めていた。


「では、何故貴方は竜を殺めるのですか。その外套を捨てられないというのなら、相応の理由がなければならない。それを、お聞かせ頂きたい」


 そんなもの決まっている。


「竜は人にとって害悪です。奴らが存在し続ける限り、人類に真の意味での平和は決して訪れることはない。……そうでしょう?」


 男の内なる思いなど観測できるはずがなく、八代は問い返してしまった。あるはずのない男の善意に。失われた人としての良心に。

 そんな人間らしい感情が男にはもう残っていないことなど知らずに。

 邪教の狂信者は、八代の答えを聞いて、理解した。

 この人間はもう、手遅れなのだと。

 海を貪り、大地を枯らし、空を穢す有象無象の塵芥の内の一人に過ぎないのだと確信した。


「まさかその程度の理由で竜を殺していると?」


 答えを一蹴した男の目は、暗く黒い感情に染まっていた。

 総毛立つほど不気味な陶酔を湛えた眼差しを向けられて、八代は返す言葉を失くし固唾を飲む。

 続けられた男の言の葉は、八代が抱える大義と矜持を否定する呪言だった。


「彼らとて生きているというのに? 名があり、生があり、心がある。それは人間とて同じことだろう。それを害悪と詰るというのなら貴方もまた害悪の一匹に過ぎないはずだ。少しは視野を広くお持ちになりなさい」


 それに、と続けられる。


「皆永き時間の中で、自らが生かされている存在であるということを忘れてしまっている。この星に生きるべきは、人ではなく竜だ。我々が積み上げてきた文明は彼らの屍の上に生きているということを忘れてはならない。人は所詮、竜に生かされているんだ。彼らはその気になれば人間など容易く消し去れるというのにそれをしない。これは彼らが人との共存を望んでいる証拠だと何故理解できないのだ」


 嘆きは怒声に変わり果てている。

 ふつふつと込み上げてくる怒りを押しとどめることなど出来るはずはなく、男はささくれ立っていく心に手綱を掛けることなく乾いた声で言い放った。


「屠竜師とはよく言ったものだ。……まるで何も救えていない。無意味に竜を狩り、血を流し、屍の山だけを積み上げていく。その陰に幾千の憎悪と憤怒があっても、目を背け続けてな」

「……」


 八代の矜持を切り刻むように吐き捨てられた嫌悪。

 もはや八代を快く出迎えた神父の影は消え失せている。

 声を放ったのは男の内に潜んでいた悪魔か、あるいは竜を崇拝する邪教徒かは定かではない。

 だが、八代の目には映っていた。

 竜殺しを皮肉る言葉を吐き捨てた男の顔には、狡猾で邪悪な嘲笑が貼り付いていた。


「……何を笑って」


 困惑と同時に漏れ出た問い。

 聞いていた男は、無意識に歪んでしまっていた口下に手を当てるが、詫びる素振りひとつ見せずに答えた。


「いやなに。屠竜師というのは本当に無意味な存在だと思ってね」

 その一言を皮切りに、何かが心の奥底で揺らぐ音がした。

 屠竜師として揺らいではいけない重要な何か。

 辛うじて均衡を保っていた破綻する寸前だったもの。

 不明瞭で曖昧だったそれは、胸中にやがて黒い渦を巻き始める。


 はじめから何を期待していたのだろう。

 相手は竜を信仰の対象にしている邪教の者たちだ。

 屠竜師の願いなど聞き入れるはずがなかったのだ。


 竜という存在が人の在り方を壊している。


 竜を信じる者は皆、人として壊れて、狂っている。


 黒い濁流が八代の思考を支配していっていることなど、男には知る術がない。

 黙り込んで顔を伏せ続ける八代の顔を覗き込み、男は悪魔的だった巨悪の笑みを洗い流した偽りの聖職者の表情と言葉で八代に問いかけた。


「お分かりになりましたか。屠竜師など止め、教団にお入りなさい。今ならばまだ間に合う。きっと、楽園の導き手は貴方のこともお許しになる」


 その言葉を向けられた途端。


 ぷつん。

 何かが、胸の奥で千切れる音がした。



 八代から教団の信者たちを説得できたと報告があった時には、既に予定に二時間もの遅れが生じてしまっていた。

 無線機の向こう。八代に問いかける。


「遅い。何かあったのか。お前の残りの仕事は梓が引き継いだぞ」


 言うと、数拍間があってから声がする。

 声は冷たく、淡白な雪のよう。儚くか細く、けれど突き通った芯を感じさせる声色だった。


『すぐに戻ります』


 必要最低限の会話。

 済ませて、通信を打ち切ろうとデスクの傍らに置いていた無線機に手を伸ばそうかとするが、応で答えた八代の声は意外にも続けられた。


『ロゥリエと藤上君はどこに? 合流して局に戻ります』

「南区の住宅地に行かせているが、そこからは遠い。合流の必要はないだろう。第一、まだあの焼死体について真相がはっきりしていない。無用心な接触は控えろ」


 釘を刺すと無線の向こうで八代が不服そうな態度をとったのが、返される声音に乗って伝わってくる。

 嘆息混じりに吐き出された了解の真意を、見抜くことはできなかった。


『そうですか……。では、また後で』

 

 言って、堂島との通信を終える。

 沈黙が訪れる。

 礼拝堂の只中に居るというのに、罵声も軽蔑も向けられぬ異様な沈黙が空間に居座って動かずにいた。

 礼拝堂の長椅子に腰を下ろし、壁のステンドグラスを見上げる。

 花園の極彩色は、もはやそこにはない。

 あるのは、ひたすら暴力的な深紅の、地獄の業火ただそれだけ。

 数刻前までは神聖で潔白な白に満ちていた礼拝堂は、今や鮮血と肉片の赤に染まっている。

 礼拝堂の中。生きている者は、ただ独り。


 くずおれて息絶える信徒すべての命を摘んだ、死神独りだけだった。


 赤く染まった手を眺める。

 神父の喉を掻っ切った。異変に気付いて部屋に押し入ってきた男の腹を掻っ捌いた。男の断末魔を聞いて集まってきた数人の首を跳ねた。礼拝堂で暖を取っていた信徒を、順々に殺し回った。

 そうして礼拝堂に居合わせた信徒全員が事切れた後、礼拝堂の真ん中に佇み満ちる死を見渡して気づいた。

 傷ついていない良心に。

 己の内なる思想に。

 いつかあった葛藤も所詮は偽善と大義によるものだったことに。


「竜は殺し尽くさないと」


 鼓舞するように呟いた声は、己の深淵から込み上げてくる激情と身体を完全に一致させるための宣誓。

 後悔はない。

 この選択は間違っていない。

 人として。屠竜師として。

 これは至極真っ当で、当然の正義を成すための選択なのだから。

 間違っているのは——、


「藤上真哉……あいつだけは——」


 竜を救い、守ると粋がって、あろうことか屠竜師となった偽善者。

 あいつだけは許してはいけない。

 事実、あいつが助けた竜を野放しにした結果、人の命が奪われているのだ。

 責任を取らせる必要がある。


 礼拝堂を後にする。

 夜の帳が注ぐ紺碧の空。

 水平線に残る微かな太陽が放つ赤い夕焼けの上で、一際黒い雲が迫っていた。

 竜雲が迫る。

 街を襲ったひと月前や一週間前のものとは比べ物にならない広さと分厚さで、さながら竜を従えて空を総べる黒金の空中要塞のようだった。


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