第22話 ジキルの日記


 フレリッドが我に返ったように前向きに語り出す。


 ルクとバキは顔を見合わせて、ニヤリと微笑んでいた。

 ちょい悪な表情を浮かべていないかと言えば嘘になる。

 

 2人にも急ぎたい気持ちがある。

 屋上はルーンが祀られていたであろう台座が一つあるだけの開け放たれた場所。


 空を見上げると、白い雲が広がっている。

 冷たい風が皆の頬を横切る。

 衣服が風になびいた。


 フレリッドは賢者っぽい服装ではない。

 武道着のようだ。

 フード付きのマントを身に付けていた。

 マントが大きく風になびいていた。



「このジキルのことですが、やつの視点から記した日記を残していたようですな」



 ルクがそう言うと、絵本でも読み聞かせるように気持ちを込めて朗読し始めた。





 ◇





 ある日、いつものようにダークホールの見張り番の任務に就いた。

 空にはいつもの月の眼が赤く光っていた。


 だがいつもと何かが違っていた。

 おおいに食い違う出来事がこの身を襲っていた。


 頭上の空に雷雲が渦巻いていた。

 雷雲は瞬く間に機嫌を損ねて行く。

 神々が嘆いているようにも感じる怖さがあった。


 空は割れる様に、また噛み砕くようにバリバリと音を立てていた。


 野獣が牙を剥き、けたたましく荒れ狂うように。

 

 周囲にも見張り番は多数、配属されていた。

 見張り役の代わりなどいくらでもいる。

 我らは魔界の片隅で、「雑兵」にも及ばない下等な存在だった。


 ああ勿論、一介の兵士ですらない。

 戦いなどとは無縁の生き物だからこそ、門番なのだ。

 そのような異常事態が発生した時に備えて配属された捨て駒なのだ。


 我が名はジキル。


 その名を呼ぶ者などいなかったが。

 雷雲の下に大きな光の渦が現れた。

 見たこともない輝きだった。

 太陽のような強い光の柱がいくつも現れたのだ。

 

 渦の下にはダークホールがあった。

 だから最初はダークホールの中からそれが這い出て来たのかと思った。


 それらを悠長に考えている暇などなかった。


 頭上の雷雲が雷鳴を生み出し、吐き下すように降り注いできたのだ。

 激しい落雷が我の頭の角に直撃した。

 雷に打たれたショックで雷炎系の魔法に目覚めてしまった。


 そんなことはこれまで万に一つもないと思って生きていた。

 魔界の歴史の中に。


 初めて刻まれたことであろう。


 我は、あっという間にその光の渦に飲み込まれていった。

 抗う術もなく。あっけなく飲み込まれてしまっていた。


 目の前が暗転し、気づけばこの塔の屋上階に立っていた。


 足元には強大な魔力を感じていた。

 見れば床に六芒星の魔法陣が浮かび上がっていることに気づいた。

 

 我はここに転送されたのだ。

 光の渦はこの場所から魔界のダークホールへと繋がり、通路ゲートを開いたのだ。


 我は、幸か不幸か魔力に目覚めると同時に翼も授かった。

 渦に逆らいながら、飛んだ。

 逆らえない者たちは翼なき者たちだ。

 光の柱は彼らを浄化するように次々と消し去った。


 断末魔の叫び声をいくつも聴きながら。


 我の授かった翼は、わが身を覆った。

 これは紛れもなく魔界の神ヴァルファー様の加護。


 禍々しい光に侵されることはなかったが、渦の引力に逆らい切れず気を失ってしまった。

 転送後の世界で目を覚ますと、光る玉を中心にこちらの世界から、その光の束がまとめて吸い込まれてあっという間に空間が閉じてしまった。


 我は、こちらに取り残されていた。

 ここは我の知る魔界ではない。

 全くの異世界だ。


 塔の上から下界が見えた。

 地上は雪に覆われた大地だった。

 緑も垣間見えた。


 人間ブタとかいう下等な生物を標本で目にした記憶があった。



「我がこの世界の新たな主になってやろうぞ!」



 魔界のように血肉で染め上げて地上を我がものにするために。

 魔力と翼の力に目覚めたのだ。

 我を圧倒できる者など居るはずもない。


 翼を持つ民は魔界でも神の親衛隊クラスである。


 それは夢にも見た、憧れのヴァルクロプス部隊の兵の姿だ。

 種族の中に稀に出現する神童がいる。

 その手の輩は神の傍に置かれることが約束されている。


 ついに我にも好機が訪れたのだ。


 いつの日か、お迎えが来た時のためにこのような地くらい、蹴散らして置けねばお叱りを受けてしまう。

 我は心に決めた。


 サイクロプスの神童種、ヴァルクロプスのように誇らしく生きることを。


 


 ◇




 手記はそのあたりで途絶えていた。




「おお、なんということだ!!!」



 一同が声を揃えた。



「それがルーンだと俺にだって理解できるぜ!」



 バキはルクの眼を見て、張り切った。

 うん、と。

 ルクも肯いた。



「だがホールの出入り口は閉じてしまった。こちらと向こうはおそらく異空間なのだと考えるが。神の持つ不思議なエネルギーで一時的に繋がりを持ったのだ」



 私は…私は…。

 またフレリッドが自分を責めるように震えるのが見えた。



「もう、賢者さんってば落ち着いてくだせえよ。あの怪物は死んだんだから、なんの心配もいらないじゃないですか」



 とりあえず、ジキルは息絶えた。



「バキ…。ルーンはこの世界になくてはならない。魔界なる所へ持って行かれたまま、放置しておけないのだ」


「気持ちは分かるけど、とりあえずクロニクルの王様に報告を入れさせて下さいよ。賢者さんも活躍したので城まで同行してください。きっと褒美がたんまり出ますぜ」



 バキは満面の笑みでいう。

 だがフレリッドは険しい顔をしながら呟いた。



「クロニクルの王は、お亡くなりになったばかりだ」と。



 な、なんだって!

 バキとルクは耳を疑った。


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漫画剣士a.k.aスクランブルハンター ゼルダのりょーご @basuke-29

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