第17話 ビルドアームズ
「だれだ……」
バキの耳に微かな声が届いた。
塞いだ大扉の前にはルクがいる。
その声は明らかにルクのものではなかった。
バキは室内の熱風に目を潰されずに済む、その施しをルクから受けた。
そのまま例の賢者の援護も含めて、合流のためにフロアの中央へと進んでいた。
このフロアに例の怪物がいて、室内に高熱のベールがかけられていた。
獄炎の熱が室内の景色を歪め、まるで怪物の姿を覆い隠すように。
それに伴い、賢者らしき人影も、うっすらと浮かび上がるだけだった。
バキの気配に気づいたのか、賢者らしき男性の声がさらにバキに向かってきた。
「そこに、誰か……いるのか?」
そこに誰かいるのか。
彼は確かにそう言った。
バキは頭の上に「?」が浮かぶ。
そして小さく呟いた。
「だれかの気配を感じているのに、振り向けず、そう訊ねている……?」
そのことをなぜか不思議に思っているようだ。
通常なら、バキの疑問視こそが不自然なのだが。
この室内の熱量は度肝を抜くものがある。
先程までバキ自身も目のつぶれる思いだったはずだ。
まぶたを伏せずには居られないほどに。
「──!」
そうか。
バキは悟った。
そこに居るのは間違いなく例の賢者だが。
あの時の、こびと化の魔力が念頭にあったせいで、すっかり賢者を凄腕と思い込んでいた。
当たり前のように冷気の魔法を身に纏っているのではないのか。
単独ゆえに、自分でバフを施しながらでは遅れをとってしまうのか。
賢者に向かってなんだが、「こっちのおっさんも死ぬ気でいるのかよ」その思いが口をついて出そうになった。
となると、彼は目を閉じているような状況だ。
それでよく殺されもしないで、応戦していられたな。
それとも自分の身を守ることで精一杯なのか。
俺達は間一髪、ギリギリで間に合ったのかもしれない。
顔に心情が出やすいバキが、そのように受け止めて。
「一足遅ければ、あんた死んでたぜ!」
べつに賢者に向けて吐いたわけではない。
その台詞も、バキの独り言に過ぎなかった。
バキが声を大にして言いたい台詞は、そんなことではないのだ。
大きく息を吸い込むと、バキは言い放つ。
【
今まさに死闘の決着が決まらんとする時に。
脇から発せられたその声が、両者の意表を突く。
「なんだっ!!?」
「きさま──っ、そこの死にぞこないの仲間かぁっ!!?」
その質問に貸し出す耳は、さらさら持ち合わせて居ない様だ。
問答無用のバキの雄叫びがフロア内に響いた。
「せいやぁぁあ!
賢者の立ち位置をすでに越えた急な踏み込みがあった。
傷一つない鏡のような床を滑るように足早に進撃する。
さっきの言葉との組み合わせで、フロア内の空気が一変していく。
バキは腰に携えていた刀身、一メートルほどもない両手剣を抜き取ると。
小舟の上で船頭がオールの先を水面に入れるように斜めに構えていた。
せいやぁ、と気合を入れて腰を低く落とす。
同時に両腕にグイっと力を入れて、水を空に向けてかき上げるように剣の刃先を天井を目掛けて勢いよく振りかざした。
剣先から並々ならぬ振動が巻き起こった。
途端に周囲の空域にはビリビリとした波動が広がっていく。
その波動は意思を持った人の手のように次々と散漫していた炎の塊を鷲掴みにし始めた。
フロア内を席巻していた爆炎のベールが蜘蛛の子散らす勢いで急速に消えゆく。
最上階のフロアの奥には、突き出す様に大きなバルコニーが姿をみせた。
吹き抜けるように窓枠だけの大きな窓があり、そこに湿気た空模様が顔を覗かせていた。
炎と灰塵はたちまち、大きな窓の外の大空が吸い上げる様に持って行った。
否、バキの放った剣技により、跡形も残さずに吹き飛ばされてしまったのだ。
涼しい顔を見せるバキは、外の景色に挨拶でもするように呟く。
「悲し気だったが、静かに過ごしていた海たちにゃあ悪いことをしちまったな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます