第16話 炎の部屋


 魔導士の塔。

 七階、最上階の回廊の大扉。

 その先には、それまでと同様の円形のフロアがあるはずだ。

 六階までのフロアには、なんら特別なギミックもなかった。

 魔法の訓練のために、半径十メートルの空間があった。

 天井も十メートル近くあった場所も見受けられた。


 ルクは強大な魔力が渦巻いていると漏らす。

 おそらく塔全体から感じ取ってのことだ。

 封印が解けていたためであろう。

 いにしえからの仕様のため、なぜそんなことに成って居るのかまではルクにも見当がつかない。まさに前人未到の地……。

 といいたい所だが、かつてはその名の通り、魔導士たちが出入りしていた。

 いかなる訓練のためかは分からない。

 雪原のクロニクルにだけ秘められた歴史なのか。

 いいや。

 ルクは、サクレノの町の長老にマガサスファンタジー、つまり全地上に及ぶ重大事項だと説明していたことからも、ここには重篤な意味がもたらされている。それは間違いない。

 要するに、どのくらい前に封印されて出入り禁止になったのかが不明だということだ。

 だが何ゆえに封印をされていたのかには心当たりがあるような口振りであった。


「せいやぁぁあああ──っ!!」


 バキを先頭に勢いよく室内に飛び込んだ。


 大扉の向こう側で盛大な戦闘か、はたまた死闘が繰り広げられている。

 ふたりの予想では例の賢者が窮地に陥っている。

 その腹積もりで、息を切らせて早急に駆けつけてきたわけだ。


「うあ! なんじゃこりゃあ!」

「ま……眩しいっ! やべぇ! てか、まるで蒸し風呂じゃねぇかよ」


 熱い、熱い、アツい。

 言いながら、ふたりは慌てて面前をその腕で覆った。

 灼熱の高温で目が潰れる様に痛かった。

 駆け込んだフロアの全域が複数の巨大な炎で燃え盛っていた。

 炎はマグマのような塊だったり、人類が見慣れた火炎だったりと形状は様々だった。


「バキっ! 急ぎ、扉を閉じるのじゃ! やつを外に出してはならぬ!」

「ひぃ、なんだよあのデカブツ。……よっこらしょいと」


 バキが見るなり、漏らした。

 身の丈、五メートルにもなる巨躯の影がうっすらと奥で揺らめいていた。

 グルグルルと獣のような呻き声が響いてきた。

 一瞬、ふたりはゾクっと背筋を凍らせる。

 怯んでいる暇などない。ルクが先んじて声を発していた。


 バキがルクの掛け声で扉を締め切った。怪物を逃がさないために。

 というより、ふたりの不注意でそいつが外に出るのを防ぐためだろう。

 その扉に向かい、ルクが《グラビティ》重力系の魔法を放った。

 安易に扉の開閉ができないようにと措置をとったのだ。


 フロアに入室した途端に感じた高熱空間。

 聞いていた通りの、火炎魔人だった。

 討伐対象に辿り着いて早々、開幕、《グラビティ》を使わされ、自分たちの逃げ場すら封鎖しなければならないとは。


「おい、おっさん! もういいだろう?」

「だが、念には念を入れよじゃよ」


 バキがそのように発言するまで、十秒ぐらいの間、ルクは重力魔法を大扉に向けて照射し続けていたのだ。つまりは二度掛け、あるいは三度、魔法を掛けたのだ。

 そうして多重に扉は重くなり、扉の重さは三十トンにまで重くなった。

 熊の張り手が二百㎏と仮定すると、百五十頭分に相当する力で押し開かねばならないが。

 未知の怪物ゆえに、それで足りるのか心配だとルクがこれでもかと、魔力を上乗せしたのだ。


「やつが冷気に……弱いみたいな情報を……長老がくれていたが」


 息が途絶え、途絶えになる。

 口を開くのも苦痛のようである。


「うむ……とりあえず我らの身の安全の……確保じゃな」


 それは心得ていると、ルクは次の手順をすでに踏んでいた。

 火炎魔法に対抗するバフ。単純に水系、氷系であろうが。

 現時点で自分たちが攻撃対象ではないにも係わらず、それを強いられる有り様だ。

 

「バキよ、呼吸ができる程度でよいか?」

「もちろんだぜ。ルクは後衛からの援護射撃をたのむぜ」


 呼吸さえどうにかなれば、体力勝負はお手の物。

 口さえ利ければ意思の疎通に困らない。


 バキは笑みを浮かべて、ルクに追加で言った。

 「なんなら目をつむって、詠唱だけを頑張ってくれててもいいんだよ」


 これはまた随分と減らず口を叩いてくれるものだな。

 それほど切り込んで行くことに自信があるということか。

 それともルクに対する皮肉であろうか。

 こんな場面に遭遇しても冗談バトルを展開するつもりか。

 一秒の油断が命取りになるという、この急場で。

 

「それは、なによりの励みじゃが、賢者との合流を急いでくれ」

 

 なによりの励みといったルクの表情は心底輝いていた。

 どうやら本気の気遣いのようだ。

 

 用心深く、色々試したところでなのだ。

 数百頭の熊を一度に相手にするには防衛よりも、撃って出る方が早いか。

 スピード勝負で不意を衝こうというのか。

 ふたりの会話はそのように聞こえる。

 そして魔力はなるべく温存して置くに越したことはない。


 ルクの言葉通り、例の賢者がどこかにいるはず。

 バキはルクに遠慮なく歩を進める。

 このフロアのどこかに。

 まさか倒されてはいまい。


「──それはない」


 小声だが、確信に満ちたバキの声があった。

 戦う相手が命尽きたのなら、獄炎は何のために吐き続けているのか。

 対戦中だからに他ならない。


 呼吸ができる程度の冷却。それでは灼熱対策とは言い切れないが。

 ジリジリと歩を進めた。

 フロアの中央にうっすらと、人らしき人影が浮かびあがる。

 おそらく例の賢者であろう。


 炎という炎が渦巻いて、獄炎の嵐で室内の景色を歪めていた。

 その様は、砂漠に渦巻く蜃気楼のように。

 なにかに引火して、どこかが今にも焼け落ちる勢いではあるが。

 これまでのフロアを見てきた限りでは、傷一つない。

 いかなる魔法力も塔内を傷付けられないようだ。

 これまでのフロアで感知してきた魔力は、怪物のものではないようだ。

 強力な魔力耐性が塔の内部に施されているのだ。


 火炎で木造の何ひとつも焦がせないなら、魔力はどこにも吸収されず、跳ね返って部屋中を飛び回り続けるだろう。引火がないのでそれによる火災は発生していない。

 煙こそは発生していない。

 人が太陽を直視できない理由と同じく、猛烈な炎の熱球でしばしばまぶたを閉じねばならなかった。

 それは視界を塞がれているようなものに近かった。


 その状況下で、フロアの中央に佇んでいると思われる賢者。

 彼が怪物の弱点について語っていたのだから、彼もその対処は取っているはずだ。

 血系という名の永年術式によるド級の魔法で。

 しかし、その確認は取れない。

 目視で見て取れるならば、とうに声を掛けている。

 下手に侵入者が増えたことを敵に知らせる必要はないのだ。


 バキは慎重に賢者のそばへと近づいていく。




 

 

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