第14話 混血


 

「──しっかし長老さんも人がわるいよなぁ」

「わしらが信頼するに値するのかを試されたことを言っておるのか?」

「うんまあ。信頼を得られてよかったけど。──ところで、賢者のことなんだけど……」

「うん? 言っとくがわしの知り合いじゃないぞい」

「んなこと言ってねえよ」

「何者かは分からんが、敵ではなさそうじゃな」

「そうじゃなくて、言いたいのは。長老たち、数日の間こびと化していたよな?」

「ほう、お前さんもえらく鋭くなったの」


 雪原の国クロニクルを北上し、最北の離島へ向かう。

 一応、サクレノからクロニクル城前を経由したが、バキ同様にルクも離島へ急ぐ決断をしていた。

 例の賢者の足取りが、気がかりだったようだ。


「ったりめぇだよ。おっさんでも日に一回の高等魔法なんだろ? しかも半時で解けちゃうわけだ」


 それは確かに気がかりである。

 二人は例の賢者を有力な戦力と見なしているようだ。


「うむ。わしらが今日来なければずっとこびとのままで、あの場から抜け出られんかったじゃろうな。あれは、おそらく永年術式じゃ」

「ずっと……なのか。それ、とんでもない魔力の持ち主ってことでいいのか?」

「魔力云々ではないがな。永年の場合、血継けっけいの才能じゃな」

「けっ……けいとは?」

「魔力とは本来、魔族の有する力じゃ。その者は魔族の血も引いておる混血ということじゃ。人類が魔族魔法の研究を重ねた結果、わしらも魔法使いになれたがな」

「半分は魔物なのか……」

「まぁ、そういった人類はべつに珍しくないが。魔族がこの地に登場したのは千年も前じゃからの。魔族も人化して、人間と結ばれることもある。我が国と隣接する魔族の王も、いまは人の姿をしておったじゃろ?」

「ああ、アイツか」

「クロニクルの王様への挨拶は後回しにさせてもらうとしよう」

「プレリュドさまって長老が言ってたっけ。王様も半血なのか?」

「わが国のパシャルバー王より、そのように伺っておる」


 クロニクルを統治する国王の名は、プレリュド。

 魔族の血を半分引いている。


「それなら挨拶飛ばしてマズくねぇか?」

「人柄は保証すると仰っていた。それより、異界の怪物ヴァルファーの始末を賢者の存命を信じて共闘するほうが先決となろう」

「それは願ったり叶ったりだ」


 これで二人は、ヴァルファー討伐の任に就いた。

 雪原のクロニクルが大陸の最北端の国家だ。

 北にある離島も最北端に位置する。

 つまりそこは北の最果ての地であった。

 王宮をパスしたと言えど距離は結構あった。

 人の足で出向いたのでは蛇足。被害の増加を到底食い止められない。

 クロニクル城に立ち寄った際に、馬を借りて離島まで飛ばしていた。


 馬が離島の手前まで来ると、いななきながら足を止めた。

 離島に架かる橋が見えた。馬は震えてそれ以上、進もうとしない。

 橋は一本だ。若い二人は一気に駆け抜けた。


「塔は、神殿の奥と聞いたけど。そこに見えてるよな。神殿を迂回していこう」

「いよいよじゃ、お主に授かった能力でわしもレベルアップを期待しておる」


 この先で死闘になりそうな予感に包まれている。

 請け負った任務は王命だ。

 言葉に意気込みを持たせているが、間違いなく息を飲んでいた。

 気軽に離脱できないストレスについ漏らしたのだろうか。


「耳や手首に付けている貴金属は戦いに必要か?」

「な……いったい何の話だよ、急に」

「その胸元にぶら下がっておるのは、ヒスイのネックレスか」


 バキの胸元にルクの目がいった。

 首飾りの先に光る、小さなティファニーブルー。


「これは俺のお気に入り」


 戦闘に必要か? 

 装備品としての付加効果は何もないが。

 間違いなく俺のモチベーションが上がるんだよ。

 バキはそう答えた。


 ルクは魔法使い。彼は剣士。

 戦いが仕事とは言え、若者ならファッションにも目を向けて流行りを着飾りたいものだ。

 外出すれば雨や嵐にだって遭遇する。

 日照り続きもある。

 差し掛ける傘にまで、金をかけて貴族の様にブランド品を持ち歩いている訳ではないのだ。

 胸元や手首に少しくらい……個性を持たせて何が悪いのか。


「俺だって分かっているよ、アンタの言いたい事ぐらい」


 ルクはバキに身なりが派手だと小言を言っているのではない。

 緊急討伐剣士スクランブルハンターの称号を授かる前はもっと地味だった。

 食って行く以外の恩恵もそのおかげなのだ。


「おっさんだって……アレ!? 装飾品、外して来たのか?」

「戦に行くのじゃ。失くしたり、傷ついたら困るしの」


 バキはてっきりルクも同様に派手にめかし込んでいると思った。

 高価な装飾品を身に付けて戦場に出かける勇気はない。

 不必要な飾りは家に置いて来たと肩透かしを食らってしまった。


「そんなに用心深いんだっけ?」


 俺とおっさんのPTは無敗だろ、心配し過ぎだよ。

 そう言いたい所だが、やっぱり死闘が頭をよぎったのか。


「まったく、歳は取りたくないもんだよな」

「言わせておけば、わしは花の25歳。年寄扱いするでないわい」


 喋り方がすでに年寄り。


「──まあ、わしは所帯持ちじゃから、お主ほど身軽ではない。財産はなるべく家族に残してやりたいのじゃ」


 いつも通りの二人の談笑が、少しばかり曇っていた心に光を投げかけてくる。


「そーいや……待望の子供も、もうすぐ顔が拝めるんだったね」


 バキは微笑みを込めて「おめでとう」と言葉を贈った。

 ルクは半年前に新婚となり、賜った俸禄で新居も構えたのだ。

 新婦が懐妊中でもうすぐ父親に。

 バキはまだ独身だ。18だし、まだ適齢期でも無いという。


「任務続きで忙しくしておったから。やっとじゃわい」

「俺だってルクの言いたい事ぐらい分かるよ。子ども扱いすんなよ」


「ふん」と、鼻に掛けた返事。

 家庭を持った貫禄を漂わせる大人の相槌が返ってきた。


「──なあ、例の怪物……神を名乗ったそうじゃないか」


 ルクと向き合って話す。

 いつも何故だか本音をいってしまう。


「……お主も分かっておる様じゃな。つまり、わしらは真実に神か、その文言に近しい存在に戦いを挑むわけじゃ」


 ルクも息を潜める様に静かな物言いに変わった。

 それを述べる彼の顔色を窺わなくても、神妙な面持ちだと十分に伝わってくるほどに。


「そいつの文言の真相は置いとくとして、言葉通りの火力は持ち合わせているようだ」

「怪物男に仲間がおれば、非情に厄介だったが長老に逢えてよかったわい」

「まぁ討伐するまで帰還できないのよね俺たち……下手すりゃ死ぬかもよ?」

「まぁ、巣穴に仲間がいない保証はないからの」


 バキが、神妙な面持ちでルクに詰め寄った。


「おい、怖い想像しなさんな。奴に仲間がおらなんだら勝機もあるだろう。なんせ、わしら無敗コンビじゃしの」


 バキは鼻息を荒くして笑みを漏らす。

 無敗コンビと言いながら、金目の物を家に置いて来たくせにと。

 少し息を整えると、バキは涼しい目をしてルクを見据えた。


「単体じゃなくても、軍勢じゃなきゃいいのさ」

「ほう! なんとも心強い言葉じゃの」

「単体なら、俺が斬る! 一撃で終わらせてやるさ」


 良からぬ不安が想像に終わってくれる事を願っている。

 だが対峙すれば斬るほかはない。

 その為の俺達なのだから。


「ふふ……何者が立ちふさがるとも、わしらの無敗の歴史は揺らぐ事はない」


 家庭を案ずる先程とは打って変わって、ルクの表情と声にも落ち着きが出てきた。

 結局、討伐が目的であるなら死闘は免れない。

 しかしその死闘を楽しみに待ちわびている自分たちもどこかにいるのだった。


 強い奴を早く仕留めたい。

 だが神レベルが相手でも臆さずに居られるのか。

 相手の力量も分からぬのに「斬る!」と言い切ると胸の内で、心がはしゃぎ出すのだから。

 その途端、ルクも相手を一掃する気満々で応答しだす。


 それだけ戦闘経験そのものは自分たちの更なる強さに繋がるから興味はある。

 しかし神と名の付く化け物との対峙は未経験ゆえ、胸の内が何とも歯がゆいのだ。


「バキ、お主やはり──緊張しとるんか」

「な、なに下らないこと言ってんだよ。んなワケないだろっ!」

「ふん。お主は不安を抱える時は、無意識に剣に手を添える癖がある──」


 常日頃から行動を共にしている二人だ。

 だからこそ見抜ける癖というものが人にはある。

 バキが硬い表情とともに稀に無口になる。

 ルクはバキの手元を見て言うのだ。

 バキの左の脇に携える剣。

 グリップとポンメルに添う指先が、そわそわと行き来するのが目に入った。


「……恐怖を抱えていないとは、言ってないよ」


 まったく変な癖を見抜かれたものだ。

 また口をついて本音がポロリと出てしまった。


 ルクと出会ったのは十年前。

 バキが八歳の時だ。

 

 その時からルクには何でも相談してきたつもりだ。

 ルクと出会うまでずっと一人で生きてきた。


 バキは時折、無性に無口になる自分が嫌になった。

 そして軽い口調でその場を流すという人間が出来てしまった。

 黙り込んで人の輪の空気が重くなる場面にしばしば出会ってきた。

 だから……。

 減らず口を演出してたとえ嫌われたとしても。

 それでいいと思う自分が居たのだ。


「バキよ……わしもじゃよ。いざ戦いになって、お主の剣より素早く立ち振る舞う相手ならば、苦戦を強いられそうじゃからの」


 彼はそう言うと外の景色に目をやり、俺と面と向かうのを避けた。

 向かい合えば強がりな台詞しかないのが、俺たちだから。

 想いを重ねる様に息遣いで絶妙な間を作りながら、なんだかんだと心を通わせようとしてくれる。


 そんな友達みたいな大魔導師のおっちゃんが、ルクなのです。


 だけど、こういう雰囲気の後の言葉には詰まる。

 しばらく無言の時間が二人を包んだ。

 二人は、魔導士の塔を競り合うように一気に駆け上がっていく。

 やつがいるという最上階まで。

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