第13話 北の空


 地面に開いた小さな亀裂にこびと化された町人たちがかくまわれていた。

 皆で、そこを脱してきた。廃墟と化した町の広場だ。


 長老と数人の子供とその近隣に住む、壮年たち。

 おじさん等はほとんど話をしない。

 子供たちと同様に大切な家族を失くしたようだ。

 震えながらそこにいた。


 通りすがりの賢者による、精霊魔法の恩恵で命だけは繋いでいた。

 しかし、引退した老兵といえども長老が雪原の緊急討伐剣士スクランブルハンターに席を置いていたなら、速やかに脱出できずにいた理由はひとつだ。

 

 長老は魔法使いではない。ただそれだけの話であろう。

 バキに「精霊でも飼っているのか」と馬鹿な質問をされても、淡々と問われることにだけ受け答えをする。

 ルクの話からしても、精霊とコンタクトをとれる存在は魔法を扱う者のみだ。


 怪物は間違いなくこの場に現れたのだ。応戦しながら一日に使用回数の限られる貴重な魔法を駆使し、10人もの人間を瞬時に隠した。


 ただの町人なら、身体を小さくされたことに気づけていない可能性もある。

 ルクはそこに歴戦の者が紛れていることには気づいていた。


「賢者に救われた」といった長老の言葉。


 自らの身に何が起きているのかを承知しているのだとルクは涼しい目をして、判断していたのだ。


 99歳の長老からすれば、ルクですら小孫のような存在だ。

 ならばルクを様付けで呼び、敬意を払うのは警戒心ゆえのものとなる。

 長老にも街の者を護り抜きたいとの強い願いがあるのなら、異国の調査隊と言われた時点で救助されて当たり前などと、すり寄ることは考えまい。


 安易に、出会ったばかりの他者を信じるのは危険である。

 怪物の仲間が化けていないとも限らない。

 窮地を救ったのは、あくまでも賢者なのだ。

「助けに来るから待って居ろ」と、賢者に言われたことを念頭に置き、それを優先するはずだ。


 だが数日も経てば、民の身を案じ、長老は再び町民らの盾となろうとする。

 エクスダッシュ国王の任を受けたという、ルクに賭けたのだ。

 長年、国王に忠誠を誓い、仕え、民の平和のために努めてきたのなら、人に対する礼儀は生涯の使命となる。


 だが、このような事態に少人数で応援に駆け付けられるのは、緊急討伐剣士スクランブルハンターだけだと心得てもいたのだ。


 いくら老齢でも、平民が王直属の部隊が日頃いかなる任務にあたるかなど知る由もない。


 緊急討伐剣士スクランブルハンターの存在すら王宮内の部署程度の認知に過ぎないだろう。

 ルクに素性を見抜かれている可能性を長老のほうも、あるセリフで確かめた。

「魔法使いのルク様の名前を…」知っていると、面識もないのに明かすのだ。


 ルクがであってくれるほうが話しが早いと踏んで、鎌をかけたのだ。


 職業上の魔法使いならどこにでもいる。名声があったとしてもこの部隊は隠密に等しい存在だ。


 名声を上げるために励んできたバキは、そこまでの疑問に思わなかったが。

 魔法使いとして異国の者にふつうに知られるなどあり得ないこと。

 つまり、ルクも顔色一つ変えずに、逆に平然と世間話でもするように会話の流れを作っていくのだ。

 だから長老は確信したことだろう。

 目の前の、王命で動く異国の調査隊が信じるに値することを。


 隠しておこうと思っていた、といったのは謙遜だったようだ。

 

 ルクたちの姿が見えて、一番ほっとしていたのは長老だったはずだ。

 そこまで彼らの生命は危機に直面していたのだ。


「街がこの有様じゃ、生活に支障も出るじゃろうが。いまは堪えてくだされ」

「本当にありがとう。──地上に出れただけでも希望はございます」


 幾らかの町民と子供も無事だった。長老は安堵の表情を浮かべた。

 彼らのことは長老に委ねるしかない。

 ルクとバキが任務上、怪物を追いかけて行かねばならないことに察しをつけて、長老も、まずは礼の言葉を2人に向けた。


「そういえば賢者が向かったという、魔導士の塔って何なんだ? 怪物の棲み処ってことなのか。さっき封印がどうたらって……」


 次なる行き先に思いが行っているバキの素朴な疑問。

 ルクと長老の顔に緊張が見られた。


「ルク様……」

「バキよ、いよいよじゃ。体力勝負だけで押し切れるのか、知力と魔力と人生も併せた死闘となるのか」


 北の空に目をやって、長老が息を飲んだ。


「あん? おっさんが心配してたやつか? ブランド物のアクセサリーを家に置いて来ちゃったもんな……だからさ、俺にも分かる話をしてくれよ」


「北の離島に小さな神殿がございます。その奥に塔があり、そこは古くから魔人の塔とも呼ばれて、魔法使いたちの修行の場となっておりましたが、私は足を踏み入れたことがない。私もバキ様と同様で剣士タイプゆえに、そちらへの用向きが無いのですが」


 静かに長老が口を開いた。

 長老が塔に関する情報として別の呼び名を口にすると、バキの瞳孔が開いた。

 バキは語気を強めて、ルクに問う。


「魔法使いしか入ったことがない……そう言ってんのか?」

「そう聞こえたのなら、そう理解するのが正解じゃな」

「おっさん、そりゃねえだろ! 俺も入場させろよ」


 それを知っていて、こんな所まで同行させたのかと怒りの声を漏らした。

 これまでの経緯で塔への入場が許されないのは、どこか自然の流れではない。

 感情的になったバキには、それが見えないのだ。


「バキ様、おそらくそれは昔ならのお話です。塔の最上階は魔力であふれているため、結界により封印がございました。多くの冒険者には周知の事実です」

「えっ」

「なのに、大きな怪物が出入りをしておるのです」


 それは、つまり怪物の登場で封印が破られている。

 そう推測されると長老は述べた。

 バキの表情が和らぎ、瞳に輝きが灯った。


 どうやら長老は、バキの胸のなかに特大の綿あめを入れてしまったようだ。

 死闘になるかも知れないとルクに言われたばかりだというのに。

 それならそうと早く教えてくれと、嬉々として北の空を見上げた。

 ルクと長老は目を合わせ、暖かい眼差しをバキに向けた。


 目当ての怪物の居場所が判明した。

 それなら王宮への挨拶は後回しでいいのではないかと、バキはルクにせがんだ。

 はやる気持ちを抑えきれない、と顔に書いてある。


「ここで逃がすわけには行かないでしょ」

 

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