第11話 長老で候
バキの言っていたように地下牢とも思える空洞化された部屋があった。
部屋と呼ぶには少し無理もある。家具があるわけでもないのだ。2人が靴紐のロープで降り立った先には、子供も含めて10人ほどの人間が身を寄せ合うように身構えていた。
「まあ、そう身構えないで下されや。わしらはエクスダッシュより、王命で派遣されてきた調査隊なのでな」
村人らしき会話がここにあることは、バキが耳を澄ますまえにルクが発見していたのだから。降りて来て早々、先手を打つようにルクは言い放った。
「ほ、ほんとうに? 私どもをここから救出して下さるのですか」
「もちろんですとも」
声を上げたのは老人。背筋も伸びて生き生きとした声だった。
老人と子供。それほど衰弱している様子は見受けられなかった。
「割とお元気そうですが? この辺りは被害が少なかったのかの」
「いいや、そうではない。事が起きたのはまさに目と鼻の先です。憶測になりますが、王様のお住まい近辺の方が無事だったのではないかと」
村人たちを見やって直後に身を案じながら、ルクは様子をうかがう。
返ってきた言葉は意外なものだった。城の方角は無事だというのだ。クロニクルの国の南半分といってよいほどの町がこのサクレノだ。
「ここが戦禍に包まれたと報告にもあったが、こんな南側で。下手をすれば我が草原の国にも害が及んでいたかもしれんな」
「ええ。町は広範囲に派手にやられてしまったようです。当時の朝方に事は起きて、気づけば空は赤々と燃え盛り、町は灰塵に帰す有り様で」
「待って、ご老人はその様子を見たのですね? 怪物の姿も見たのですか?」
草原の国の手前までの進撃があった。時すでに遅し、町は劫火に包まれた。
世界の終焉でも垣間見たかのように老人が語ると、思わずバキが口を出した。
「も、もちろん見ましたとも。やつは巨岩のごとき姿で朝焼けの空に浮かんでおり、不気味な高笑いをしていました。その声で私どもは目を覚ましたのですから」
「空に浮かんで……って、飛ぶの? そいつ!?」
「背中に翼があるようで。鳥のように羽ばたいて、空域を包んでいた獄炎の熱風がこちらに向かい、危うく目を潰されるところでした」
おそらく居合わせた大人たちは、全員見てしまったのだな。
顎に手を添えながら、ルクは洞察の目を光らせる。
「空を自在に飛ばれたんじゃ、手も足も出なかったんじゃ……」
バキが一つの見解を漏らすと、老人は子供たちを抱きかかえて、悲壮な顔で足元に崩れた。
「ぐうう……」
「爺さん。気持ちはわかるよ。お、多くの仲間を失った悲しみは、すぐには消えないだろうけど、今は堪えてくれよ」
「ここで長話をしている訳にも行かぬ。聞きたいことがあるのじゃ」
「お、俺もだよルク! 俺に言わせろ、俺がリーダーだ」
やれやれと言った顔を見せる。ルクはバキに「少しだけだぞ」と譲った。
「辛うじて命を救われた私どもが悲嘆に暮れていては、死者に申し訳ない。みっともない姿を見せてしまって、すまないね」
2人は彼らの気持ちを汲んで、静かに首を横に振る。
「怪物の件より、爺さんたちって今、小人だよね? 俺は剣士のバキ。隣のコレが魔法使いのルクで、降りて来る前に小さくなってきたんだが、だれか精霊を飼っているのか?」
「せ、精霊さまをですか? めっそうもないことです」
「これバキ。精霊を飼うとは何たる言い草じゃ。土地の守り神じゃぞ。──おそらくはこちらにあなた方を隠した者がおいでなのじゃろう」
しっかりとバキも気付いていた。一言余計なのが玉にキズだが。
誰かに救われたと指摘をする、ルク。
どうやらそれは訪ねて来る前から気付いていたようだ。バキは降り立ってからだ。
老人は焦っている様子だった。
「すまないね。そこまでお見通しだったとは。私どもは、どこからか現れた賢者さまに救われた。歳の瀬は三十半ばで、まだお若いようでしたが。再び助けに戻るまで身を潜めているようにと」
老人は元の大きさと思われる、パンと水瓶を指差しながら打ち明けてくれた。
「ほう、食糧だけは元のサイズか。なんとか空腹は凌げるはずじゃな。ところで、その賢者というのは?」
バキは食料がよく腐らないな、と不潔そうに顔をしかめると鼻をつまんだ。
「この子らの親が怪物に殺されました。あまりの暑さに火消しに使う「氷の石」を手に、この子らは死ぬつもりで怪物めがけて投げたのです。当たりはしませんが、怪物は嫌がったようにも感じました」
「なるほど。逆に寒さに弱いのかもしれないね」
「有り得ることじゃが。どうなったんじゃ?」
子供たちは、その日に孤児となった。親の仇とばかりに最後の抵抗をした。
「当然のように怪物は逆上し、ここも消し飛ぶのだと覚悟しました。その時、賢者さまが現れて怪物を少しずつですが退けていったのです」
「えっ、いまなんつった?」
バキが驚きの表情を見せ、語気を強めた。
「そ、その怪物を圧倒できるやつがこの国に
驚いたのは束の間だ。バキは少し、心のどこかにゆとりが生じた。
そんな物言いに変わった。
「私どもも驚きの声を隠せませんでした」
「怪物に手下は、おらんかったのかの?」
「知る限りでは、見受けておりません」
「敵さんは一匹かよ。チッ! 出番が減るじゃねぇかよ」
何やら思わぬ助っ人が登場していて、バキがつい、舌打ちをかました。
「これはこれで吉報と見るべきじゃろうな。だが罠かも知れんぞ。怪物は何処へ行ったのですかな? 何処かへ誘い込んでいたら厄介じゃ。なんせ地上ごと広範囲を焼き尽くせるのじゃろ」
「そ、そうなのです。ですが、あのとき賢者さまが深追いしなければ、怪物は今でもここに留まっていたかも知れなかった。お任せする以外に誰も助かる道はなかったのです」
「それで爺さん。やつが逃げる方角でも見なかったのか? 手掛かりが欲しいんだ。なにか思い出せないかな」
異界の怪物は一人。助けに現れたという賢者がその者と互角なのかはわからない。
怪物の行方が気になるところだ。
「私どもは戦場に居ては足手まといですから、賢者さまが先にここに隠して下さったのです。そのとき賢者さまが言われた。やつは冷気に弱い可能性がある。このまま手負いにして逃がすわけには行かないと。怪物の出どころは魔導士の塔に違いないとおっしゃっていました」
「なんだそれ。出どころってどういう意味だよ。てか、どこなのよっ!」
「こりゃまた、厄介なことになりそうじゃの」
「おっさん、さてはなんか知ってんだな。塔はどこなのよっ!」
老人の話から、今後の2人の行き先が決定したようだ。
「剣士さま、魔導士の塔はクロニクルの北端にある離島になります」
「あぁ、もう。馬番の兵士っ! あいつも分かってたんだな、腹立つわ!」
バキはその場で力一杯、地団駄を踏んだ。
「おぬしは一般人と変わらぬ知力じゃから、説明しづらかったのじゃ。兵士を責めるでない。──なあ、ご老人。塔の封印が消えていまいか心配じゃの」
意味深な言葉を含んで、ルクはその老人を涼やかな眼差しで見据えた。
「どういう意味だよ。そしてなんそれ?」
「あの……、ルクさま? もしやクロニクル王家の秘宝のことを……」
「だから俺を無視って話すなよ」
「うむ。クロニクルだけにとどまらず、マガサスファンタジー五大陸に関わって来る問題じゃがの、長老さんや」
「えっ、爺さん……て長老なの?」
「……参りましたな」申し訳なさそうに老人は首を垂れる。
「なんで謝るの? 爺さん」
「賢者どのが守りたかったのは、長老の身だからの」
「子供たちもだろ? おつむ大丈夫かよ、おっさん」
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