第10話 モリビタンS


 太陽が中天に昇りきった。

 バキとルクの2人は、携えていた鞄から缶詰などを取り出し、口に運ぶ。これまで幾多の過酷な条件にある現場を踏み越えてきたハンターだ。走りながらでも栄養補給はできる。

 合流した2人は足並みをそろえて歩いていた。町の広場と思われる場所で足を止めた。


「このあたりか……目星を付けてるとこってのは」

「うむ。広場のようじゃな」

「樹木はなぎ倒されて、オブジェも瓦礫と化してる……噴水があるみたいだけど、空っぽだな。こりゃ水源も潰れちゃったかな」


 広場の状況を見るに、廃墟に近いものがあった。

 他人事のように沈着冷静でいられるのは、踏んで来た場数の賜物だろう。

 災害地域の調査に不慣れなら、その度に絶句する。また人の儚さに胸を潰してしまう。次第に口数も減り、沈黙に変わることだろう。

 しかし──。

 2人の会話は軽やかだった。

 もちろん、人の目がないことも要因の一つにはなっているだろうが。


「──で、町民はどこに潜んでいるんだ? 地下にシェルターでもあるのか」

「シェルター? そんなもんここには無いじゃろうな。その手の施設はわりと見て来たから分かるんじゃ」

「なにが分かるの?」

「魔法による探知が遮断されるはずじゃからの」

「ああ。魔封じが施されてたんだっけな。じゃあ、みんなどこ行ったの」

「地面の下じゃろうな」


 ルクが自信満々にこの場所へと、バキを案内してきた。ルクは探知系の魔法を修得していた。その経験とスキルが指し示す答えは、地下だと言っている。

 バキの問いに答えたルクの話から、シェルターには魔法が通用しない仕様のようだ。

 結局、民たちは地上にはいないというのが、ここでの結論のようだ。


「じゃあ、この町の者達は、もぐらでも飼いならしているのか?」

「ふっふ。面白い考察じゃの。地面は、分厚く硬い岩盤を切り崩し、加工した敷石を敷き詰めておる。おいそれと掘れるものではないし。もぐらが掘れる、その程度の大地ならとっくに陥没しておるわい」


 足元を見る限り、頑丈に造られた石畳ではあった。多少の亀裂も見られた。

 だが地上物はどうだ。いかなるオブジェもことごとく崩れ去っている。この地域に日常的に土竜が生息しているなら、足場は穴だらけにされている。異界の輩が猛威を振るい、民は逃げ隠れしたのに歩く道だけは確保されていることから、相当頑丈な造りだと考えられる。


「地面の下ってことは、入り口を見つけたんだな。もう勿体つけんなよ!」


 秘密の入り口はどこにあるのかと、周辺を見て回る彼にルクは言った。


「こっちじゃ、こっち」


 ルクは手招きをした。

 その声にバキは目を輝かせて近づいてきた。

 ルクが特定の地面を指差していた。


「なんだよ、このちっこい亀裂が入り口だっていうのかよ。この国の者は小人族か? まだ俺を担ぐつもりかよ」


 バキは冷ややかな視線をルクに向けた。


「早合点をしちゃいかん。せっかちは女の子に嫌われるぞぃ」

「うっせぇわ!」ぽっと頬を赤らめるバキの声が少しうわずった。

「冗談じゃ。よく耳をすましてみるのじゃ。ほれほれ」


 地面に出来た数センチの小さな亀裂を指差して、耳を澄ませと促された。

 バキは気を取り直して、心を鎮めてそこに耳を傾けてみた。

 すると囁くように声が響いてくるのだ。


「こどもの声がする!」


 彼は亀裂の隙間から漏れる声に気づくと、地に這いつくばって耳をあてた。


「ほ、ほんとにこの下から聞こえてくるよ。……どうやって入ったんだ? 地下に牢があって出られなくなった囚人かな」

「それは面白い見解じゃの。だが子供の声なんじゃろ? 真実に囚人で出られずにいるのなら、助けを求めてはいまいか? 内容は聞き取れないかの」

「おっさんも、ついに焼きが回ったな」

「それは、どういう意味じゃな?」


 バキは片側の口角を上げ、一笑した。

 先ほどの逆襲だと言わんばかりにバキが指摘する。


「大きな声で助けを求められる状況ではないから、こいつら隠れてんじゃんか」

「ほほう! なるほどの。では助けを求めてはおらんのじゃな?」

「いや……早くここから出たいよって言ってる。それに、ガヤガヤとしていて大人も結構いるみたいだ。やっぱり生き埋め説、濃厚か」

「埋まっとるならガヤガヤなどできるかい。とにかく会って話を聞くとしよう」

 

 話を聞くのは良いが、その手段はどうするのだとバキは疑問符を投げた。

 ルクは、バキに靴の紐を解くように言った。彼は、自分の靴から紐を一本抜き取って「これでいいのか」とルクの目の前にぶら下げて見せた。


「今日は、おめかしをしてきたバキに感謝だの。おニューの靴で良かったわい」

「履き潰した靴じゃいけないの?」

「匂いが凄いじゃろうな、考えただけで吐き気がしてきたわい」


「これをここに……こうしてと」バキから受け取った靴紐の片端を地面の亀裂に固定した。靴紐は亀裂の隙間に垂れ下がる。片方の指先で靴紐に触れていろとルクに指示をうける。もう片方の手はルクと握手をする形に。


「なにこれ」


 バキの疑問をよそに、ルクは何やら呪文を唱えだした。


「豆の木、豆の木……天まで届け。空に実った豆を捧げる──」

「どこに捧げたのよ、それ」

「森の精霊にじゃ」


 ルクたちは瞬く間に、靴紐に抱きつけるほど体が小さくなった。


「うおお! こんな魔法も持ってたのか、すげえな。新魔法か?」

「森の精霊に力を借りて、小人になったのじゃ。天空の豆一粒で、半時は自在に小人化させられる能力をわしが得る。……精霊魔法の一種、モリビタンSエス じゃ」


 ルクが精霊魔法の「モリビタンS」を発動。小人化の効果を得て、亀裂の中に垂らした靴紐をロープ代わりにして下に降りていくようだ。育ち盛りの男の履き潰した靴の紐では、その悪臭で魔法が解けてしまう恐れがあるとか、無いとか説明を加えながら。


「すげえじゃん、ルク! この魔法ぜったいボロ儲けできる気がするんだ。今度いろいろ試そうぜ、うっはぁ~金吸きんきゅうの金庫討伐だあ~。鍵穴から入ろうぜ」

「あほ抜かせ、どれだけ魔力を消費すると思っとるのじゃ。長期戦と見て、この先のことも考えれば魔力は温存せねばならん。精霊魔法は一日一回が限度じゃ」

「ちぇ! つまんねーの。ところで、Sは何の略なの?」

「スモールに決まっとるがな! グビグビ飲んでみるみる縮む感じだの」


 これでようやく、生き残ったクロニクルの民から、怪物についての詳細が聞けるかもしれない。


 

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