第9話 洞察


 クロニクルの町民を見つけた時点で、勿体つけずに、空に向けて合図となる狼煙でも打ち上げてくれれば良かったじゃないかと、バキはルクに「もう、意地悪すんなよ」と、あどけない顔を見せた。

 

「俺が向こうでもっと粘っていたら、日が暮れていても不思議じゃねぇんだぞ」

「そこまでのおバカちゃんだとは、思うておらんがな」


 すこし引っ掛かる物言いをルクがした。が、バキはスルーした。

 ルクなどには目もくれず、辺りを見渡す素振りをして。


「そいで? 村人は、一体どこにおるのよ?」


 一番気になるのはそこなのだ。

 ともしびの町サクレノ。クロニクルの大部分の国民が暮らす、中心部となる町。

 2人が辿り着いたのは国境付近の小さな山岳を越えた先の、街の外周にほど近い地域だが。2人で辿り着いた地域は、崩壊を連想させるほどの壊滅的なダメージを受けていない場所だった。


 そのため、バキは生存者が意外と早く見つかるだろうと一人、先走っていった。

 昼過ぎに腹ごしらえもせずに3時間ほども走り回った。だがバキの思惑は外れて、誰一人の生存者も見つけられぬまま、ルクの元へととんぼ返り。


 ルクに再会するなり、いつもの、仲がいいのか悪いのかわからぬ言葉のラリーが始まった。時間もないことだからとルクは、すでに町民の居場所は特定済みであることをバキに告げる。

 ルクが調査に回っていた地域は家屋が半壊したエリアで。とても人々が夜を明かして過ごせるとは思えぬところだった。


「バキよ。こういう時こそ、よく見てよく考えるのじゃ」

「俺に頭を使えってことか。それ、ルクの役目だと思う……」


 バキはルクの問いかけが面倒くさい、と言わんばかりの返答を眉根を寄せながら吐く。走り回ってきたせいか、その思考はすでにズル休みを宣言したいと顔に書いてあった。

 それでもルクは、バキにもう一度、冷静になって頭を使わせようと試みるように一つひとつ解いていく。


「この国は聞いてのとおり、戦禍に包まれた──。町が火の海に沈み、倒壊した。その結果、民の姿が見えぬ。それは恐怖に包まれたためじゃ。バキも魔法攻撃はよける以外にないから、運動会じゃろ?」

「う、うん」

「わしらは魔物と向き合う戦術をもっておる。だが一介の町民はどうじゃな。町と国の中心部は黒焦げにされたのじゃ。その猛攻の意味するものが仮に殲滅せんめつだとすれば、生存者がおれば、くりかえし奇襲に遭うではないか」

「あ……」


 思わず声を上げるが、それに続く台詞をバキは飲み込んだ。

 クロニクルの町はこれほどまでに派手に攻撃を受けたのだ。それは隣国エクスダッシュ国王の耳に届いた知らせから、ほぼ一方的だったと聞く。殲滅という表現が相応しいほどに。

 

「生存者は数多くおるじゃろうな。少なくとも全滅したわけではない。つまり──」

「隠れているんだな。俺達が敵じゃないと大声で叫べば叫ぶほど、不信感を募らせて、息を殺して余計に出てこない……」

「そうじゃの。まずは状況を頭の中で整理して、自分が無力な民ならどうしていたいか。それを考えに入れて行動に移さねば、これからも時間と体力を無駄に消費することが多々待ち受けることになる」


 ルクは、有無を言わさず二手に分かれたバキに伝えたかった。

 2人でいる時は自分が頭脳役でもいい。

 しかし──単独になったバキは体力勝負に出るはずだから、時間と体力の浪費が心配なのだと。


「疲れ切ったところへ怪物が現れないとも限らない。それに、そうなるとさらに頭を使い、その場を逃げなければ、な」

「うん?」

「おぬし、隠れている町民をド派手な戦闘に巻き込むつもりか。わしらは視察も兼ねているが友好国のため、いずれ戦闘を余儀なくされる。これは友を守るための戦いなのじゃ。そうでなければ2人じゃなくとも務まる任務じゃ」

「わ、わかっているさ。要は行動を共にすればいいんでしょ。コンビだし、ルク~ぅ」


 甘える様にルクの腕にすり寄るバキに、よさぬかと言いつつルクは笑った。

 ルクの指摘が正論だと今初めて気づいたわけではなさそうだ。

 これまでもルクには何かと教わってきて、救われてきた経験があるようで、バキは子犬が尻尾を振るがごとくにルクを頼りにしていると、じゃれついた。


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