第8話 ほっほっ
これほどまでに静まり返る町のおかしな様子をルクだけ体験しないわけがない。
バキと同様の感想は持っていると見受けられる。ルクは自分の背後に近づく足音から、それが誰であるかを察して口を開く。
「どうやら魚は食いつかなんだようじゃな」
背後にいたのはバキだった。2人が二手に分かれてから3時間の経過があった。
ルクの声が耳に届いたのか、バキは足を止めた。
ルクの背中に手が届くほどの至近距離に来ると、首を左右に向けて周囲の様子を見回した。
そこにはバキが目にして来たしっかり立ち並んだ街並みとは少しちがっていた。
「よう、成果が得られなかったのは当たりだけど……そう言い切れるのは、お互い様だからなんだろ?」
「お互い様だから言うのではないがな。仮におぬしが人に出会い、情報の更新に巡り会っていたとすれば、駆け足で自慢をしに来たはずだから、そう言ったんじゃ」
ルクは振り向きもせずに、背後に迫る足音や気配だけでバキの存在に気づいた。そればかりか何の成果も得られず、無駄骨を折ったみたいな言い方をしてきた。
バキにとってみれば鼻に付く言われ方だったようで、背後にバキがいるのも周りに町人が見受けられない状況から判断したにちがいない。バキはそう思い、どうせお互い様だろうと、言い放ったのだ。
しかしそれに対するルクの返答は、自分の性格をよく見抜いた正論であり、顔から火が出るように耳まで赤くなったのを感じたのだ。図星ではあったが、尚更、子ども扱いに近いルクの意見に嫌悪を感じた。バキは語気を強めて言う。
「この辺りは家並みが崩れて、ボロボロじゃねぇか。瓦礫に埋もれた者でも探しだして回復の慈悲でも施してやる作戦だったか? 命辛々の所を救われたらどんなよそ者でも、さぞ信用が付くことだろうな。だが、なんぼ天下の大魔導師さまでも死人の蘇生まではおいそれとできますまい、
事件が起きた日から何日が過ぎたと思っているのか、との意味を含んで嫌味が入る。瓦礫の下敷きになった者が今日まで飲まず食わずで生存するのは奇跡的で、望みの薄い作戦にでて失敗に終わったのだろうと言ったのだ。
何とも、おとなげの欠片もない子供じみた、意地悪な口調が飛び出してきたものだ。
バキがその目で見回した街並みは、倒壊部分が酷い地域のようだ。
ルクはそんな場所を選んで徘徊していた。「あんたの言う通り、情報もってたら自慢に飛んで来てたよ。そうじゃねぇから、あんたを見つけて暫く様子を見ていたんだ」バキはルクが誰とも接触していない様子を静かに物陰から目視していた。
何だかんだ言っても、ルクも成果が得られていないことに変わりない。バキは調子に乗って年配が話すようなセリフ回しをした。その言葉にルクは振り返ると、顔を紅潮させていた。すると今度はルクが語気を強めた。
「これ、バキ。王様の物まねで人をけなすのはよさんか!」
「ちぇ! そんな怒んなよ。わるかったよ」
言葉の語尾に「ほっほっ」という笑い声を加えるのが、草原の国エクスダッシュ国王の口癖のようだ。
振り向きざまにルクが鬼人のような怖い顔を見せた。
ルクの王に対する敬意がいかほどであるのかを、バキは知っていたようだ。
軽口であったが、不用意な言葉だったと、非礼を詫びた。
「なあ。ところで、どうすんのさ?」
素直に謝ると、ルクの表情が和らいだのを見た。
バキは現状の打開案がないことに、ため息を交えてルクに問う。
ルクは気を取り直して一拍置くと、ニンマリした表情を見せてきた。直後、バキは何だか嫌な予感に包まれる。
「まあ何だ。このままとぼけて、もう少しおちょくっていたいのじゃが、手掛かりならちょいと前に見つけたがな」
「な、なんだってぇ! 聞こえちゃったけど、奇跡的に聞こえなかったことにしといてやるから。もういっぺん、デカイ声で言ってくんない?」
さっきから顔を突き合わせてのやり取りは何だったのか、とバキは手の指をボキボキと鳴らして見せた。バキの表情筋も当然引きつっていた。「あんたがボケた会話に引きずり込まなきゃ、俺は謝る必要もなかっただろ」と小声で言った。
「それは悪かったな。じゃが1時間で駄目なら帰ってくるじゃろ普通。お前さんの速い足にわしがついていけないのは存知じゃろ。追っかけてすれ違いになっても困るしのう……ゆるせ」
「もう。ややこしい性格の持ち主だな、疲れるわ!」
「それこそ、お互い様じゃのう」
「……」
呆れて、バキが一拍を置いた。
黙り込んだという方が正解か。が、次の瞬間。怒涛の様にバキは口を開いた。
「なんなの、なんなの、なんなのさー! それって一体なんなのさー! それって誰かを見つけたってことだろ? どこよ、どこよ、どこなのよっ! あなたの患者はどこなのよっ!」
「そう慌てるでない。それに怪我人でもないがな」
バキは我先にと、血眼になって人探しをしてきて、空振りだったのだ。
それをたったの1時間で見つけていたのがルクなのだから。いや、もしかしたらもっと短時間で探し当てていた可能性もある。興味が止まらない。早く知りたくて仕方ない。
感情の赴くままにルクに詰め寄った。
ルクは慌てることなく、腹ごしらえでもしながら行こうではないか、とバキを宥めた。
そして、バキの予想とはちがい、怪我人ではなかったようだ。
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