第3話 兵士のあせり
草原の国エクスダッシュから雪原の国クロニクルへ、一番安全に入国できるとされる
バキとルクは、ヒョイと馬車から降りた。バキは両腕を空に向けて息を吸い込むと同時に伸びをした。馬車の旅が退屈だったと顔に書いてあるようだ。ルクは出迎える兵士を一瞥した。
「ご苦労だったな。なにか危機が迫ったときは我々の帰還を待たずとも良い。命を優先して王様と民を守れ」
「はっ! しかと肝に銘じます」
2人の兵士は、ルクにそのように言葉を掛けられると相好を崩した。返答の声に明るさが見えた。馬車の中の2人の会話を知らず、国境に辿り着くまでその表情が和らぐことなどなかったのだろう。ルクは兵士の不安を取り除くように言葉を添えたのだ。
この隣国はいま、それほどまでに危機的な状況にあるということだ。
2人の兵士も伴って行く方が状況の掌握が早い気もするのだが。兵士の方から「ここまで」だと申し出るのだから、兵士たちはそういう段取りだったのかもしれない。
しかしながら、土壇場でルクたちに随行するように命ぜられれば、恐らく彼らは従う他はない。それが誇りある国家の衛兵というものだからだ。
4人とも王命を受けて出動してきたのだから、2人の兵士の胸中にも決死の覚悟があったにちがいない。しかし、兵士たちの頑なな表情からルクがその心情を察したのだ。戦地で果てる命をこれ以上増やすわけにはいかないという思いもあったことだろう。
「こんな国の端っこにまでは滅多に来ないっすから。土地勘が無いし、なんも分かんねぇ。はてさてどっちに向かえば城に着くんだ?」
「わしもクロニクルに入国するのは、これが初めてじゃ。恥じることはない」
「へえ。王宮の魔法使いでも、雪原へのお使いは未経験なんだな。さすが魔法しか取り柄がないおっさんは、恥自体を知らねぇんだろな」
「お前さん、面白いことを言うのう……喧嘩を売っとるのかぃ?」
わなわなと表情筋を引きつかせながら、ルクは目を細めた。バキはペロっと赤い舌を出して、冗談だと主張した。
「だれも恥ずかしいなんて、ひとことも言ってねぇし」
「その目上に対しての減らず口は恥じたらどうじゃ、威勢だけはいっちょ前だの」
人の言葉尻を捕らえては、いちいち人を小馬鹿にするような生意気さが玉に瑕だとルクは呆れ顔でいった。
2人の会話に1人の兵士が手帳サイズの地図を手に、西の方角を指差した。
「あの、どれくらいの距離かは明確ではないのですが……あちらがクロニクル城方面になりますね」
すかさず、バキの疑問に答えたようである。
バキは兵士が手にする地図を食い入るようにのぞき込んだ。
「なんだか大雑把な地図だな。そこの国境を越えた先はすぐ町になるのか?」
「はっ! そこはサクレノという町です。そこからずっと……この辺りから北に向かえば、最北端の離島が見えてくると思われます」
兵士は得意げに説明を加える。「この辺りから……」と大雑把な地図を指差して。
バキの問いに淡々と兵士が答えた。すると、
「離島? なんでそんなに遠出をせにゃならん。その町から国の中心である城へ向かい、クロニクルの王に会うのが先決だろ。その道中で事情を探って行くのが正着じゃないかな」
「サクレノか。ともしびの町じゃな。そうか、ここが戦禍に巻き込まれたという」
「はい、さようです。城下町のひとつであり、クロニクル国家最大人口を誇る町であります」
「──てことは。生存者を探して歩かねばなんねぇな。いくら王様の友達が治める国だからって、国境近辺がガラ空きじゃんかよ」
目の前の国境を越えた先が、戦禍に巻き込まれたということは戦争が起きたということなのか。クロニクルは、エクスダッシュ国の友好国のようだ。
だが、たしか相手は異界の怪物だったな。そこに何が起きたのかの調査にやってきたのがバキとルクの両名である。
もちろん必要ならば討伐も仰せつかっている。
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