第2話 ふたりのスクランブルハンター



「──しっかし……王様も人使いが荒いよなぁ」


 それは学校帰りの道草で漏らす愚痴のようにも聞こえる。

 何気なく開いた口から、ため息混じりにバキの声がした。


 草原の国「エクスダッシュ」を北上する馬車があった。エクスダッシュ国は、剣士バキの祖国だ。その馬車が向かう先には雪原の国がある。

 雪原の国の名は、「ゲートオブクロニクル」という。


「王が人を使わずして、なにを成すというのだ。……それに、人ではないがな」

「……わかってるよぅ。兵だと言いたいんだろ?」

「ただの兵なら人とかわらんよ」

「あん?」

「わしらは王様の駒なのじゃ。緊急事態ゆえに駆り出されたのだから」


 エクスダッシュ国王からの任命を受け、剣士バキと命運をともにする男。

 隣の席で受け答えするのが魔法使いのルク。バキの相棒だ。


「その緊急事態って、よその国じゃんか。今回もてっきり母国での活躍だと思って張り切って馳せ参じてみれば……。SSランク任務、その報酬は旨そうだけどね」

「任務報酬いがいでお前さんが働いたのを、わしは見た記憶がないがな」


 任務ランクは高難度のレベル帯だ。報酬も別格であろう。それも王命ともなれば尚更のことだ。別格の報酬に飛びついたはいいが、任務内容に問題でもあるような口振りだ。

 そういえば、馬車は北上し異国へ向かっていたのだな。

 草原の国といえば、暖かく緑が豊かで水脈も豊富な印象だ。向かう地は雪原だということだから、バキは寒さが苦手なのかもしれない。


 だが王命を賜れる武官など、そう数多くはいまい。だが光栄の極みで胸が高鳴っているわけではなさそうだ。緊急事態というルクの台詞も気になるところだ。

 冷え込みに備えて毛皮のマントやフードでも着込んでいるのが常人だ。だが2人は至って軽装だった。バキは小柄で細身の青年。竜の鱗をあしらった銀色のスケイルメイル。ルクはシックな魔法のローブを着ていた。


「お前さん、震えておるのか?」

「そんなわけあるか! 討伐なら十八番だぜ?」

「ほれ」ルクはバキの膝元に手をかざした。暖炉に揺れる火のような光が見えた。

「あぁ、それはありがたい」


 差し伸べられたルクの手に身を任せて、ほっとした顔でバキが白い息をはいた。

 氷結耐性の魔法を施してやったのだ。


「聞くところによると、クロニクルは壊滅の噂も流れているとか」

「まぁ何だ。その隣国の状況を視察に行くのが我々の第一の任務じゃ」

「側近兵士が王様に耳打ちしたのを聞いちまった。異界の怪物だって……」

「うむ、魔族ならこれまでいくらでも倒して来たじゃろ。少々手強かろうとも臆することなどない。最強の剣士どの」


 バキは怪物と言いながら、ルクの顔色をうかがった。

 日常的に2人の間にそんな会話があるのだろうか。

 ルクがそのように言って持ち上げてくれることを期待していたように。


「ルクは随分と乗り気だな。なんか大技でも編み出したのか?」

「……いや、それもあるがな」

「ふん、知ってるよ。このところ魔法具を新調したから、試したくてウズウズしてんじゃないの?」

「バキだってデカブツと聞けば、レベルあげに飛んで行くくせに」

「飛んでいった記憶はないが……」

「ないとは言わせんわ! 魔法の絨毯に乗せろ、乗せろとどんだけせがまれたことか」

「せこい性格直してくんない? そんなこと蒸し返すなよっ」


 会話が弾む内に2人の表情は、駆け出しの冒険者のように柔和になっていた。

 馬車の馬は2人の兵士が手綱を握り、結構なスピードで飛ばしていた。

 その間、兵士が背後を振り向き、この2人の楽し気な会話に耳をかたむける様子はなかった。


「ルク様、もう少しでクロニクルの一角に突入します。私どもはそこらへんで待機することになります! ご武運を」


 馬番の兵士の出番は、どうやら移動だけのようだ。

 そこから先は大駒の出番ということか。


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