漫画剣士a.k.aスクランブルハンター

ゼルダのりょーご

第1話 プロローグ

 

『漫画剣士』


 

 またの名を【スクランブルハンター】という。

 その名で高い名声を誇る、2人の男の物語がいま静かに幕を上げる。




 居住国の最強剣士となった18才のバキ。

 それに至るまでの経緯をわずかばかり紹介したい。


 ここは剣と魔法の国々、『マガサスファンタジー』という世界である。


 バキは幼少期のアクシデントにより、異能を授かった。

 能力を手に入れた彼からは、魔法の才能が消えた。

 代わりに「漫画能力」というものを身体に宿したのだ。

 それは魔力不要の能力であり、ユニークスキルと呼ばれるものだった。

 だが未だかつて地上の誰も、手にしたことのない謎めく力だったのだ。


 時を遡ること十年前。

 身寄りのない彼には、幼いながらも働く以外に生計を立てる術がなかった。

 錬金屋のアルバイトだったバキ。

 任された仕事はほぼ雑用に近く、魔力の詰まった箱にレシピ通りの素材を入れるだけの軽作業だ。生きる為といえども、幼い彼には退屈でつまらない時間の連続だったにちがいない。


 そして、ある日のことだった。

 ついつい、ヒーロー漫画を片手にさぼり気味で錬金の残業を強いられていたことがあった。そういう事態は珍しくもなかった。孤児で日夜、身を粉にして働く子供はいくらでもいたからだ。


 ところが、幼い彼は不注意でレシピと漫画を間違えて錬金箱に入れてしまう。

 その些細なミスがのちに重大な結果をもたらすのだ。

 漫画という概念が能力化される事態が発生した。錬金箱からは師匠たちが込めた魔力が暴走し、逆噴火してしまったのだ。幸いなことに大きな音は上がらなかったが。


「うっ、うわあ……なんだコレ!? げっほげっほ」


 そのとき得体の知れないエネルギーが白煙となり、バキの全身をたちまち飲み込むようにまとわりついたのだ。


「ヘンテコな煙でなにも見えない……それに、なんか煙草くさいし」


 大人たちが美味そうに口から出す煙の臭いだと思った彼は、口元を腕で覆って、息を殺した。


「くっそ、負けてたまるか。ヘマがバレちまったらクビになる……ぐっ」


 首を切られ追い出されたら困る。その思いで必死に錬金箱に手を伸ばす。もちろん、作業をやり直すためにだ。

 何らかの呪いのような力に支配を受けそうになるも、バキの意識に聞き覚えのない声が語りかけてきた。「主人公が消えた……代役を務めよ」との囁きが入ってきたのだ。


「うわっ、マズい。先輩が忘れものでも取りにきたか!?」


 不思議な声を先輩だと信じて慌てだすバキに再び、さっきの言葉が脳内に響いてきた。


「えっ誰? 先輩じゃないの? 俺になにをしろって?」──錬金の失敗など幼い彼には日常茶飯事だった。冷静さを取り戻すと、それを災難とも思わずにしっかりと聞き返したのだ。すると、「剣を持って……悪を打つのだ!」しわがれの擦れたその声は、それっきりで途絶えてしまった……。


 気付けば不思議な囁きと新鮮なエネルギーが己の身に住みついてしまったようなのだ。

いったいどのような調合を試みれば、そのような奇跡が起こせるというのか。あまりに急なアクシデントで、それにはバキ自身も覚えてはいまい。



 『漫画剣士バキ』と。その後は名乗りを上げる。

 だが、残念ながら後に相棒となる、魔法使いのルクと自国の王以外にそのことは伏せなければならないと知る。バキの授かった? 得体の知れない能力が世間の知る所となれば、人外も暮らす、マガサスファンタジーの戦力主義国家から命か、能力か、そのどちらかを確実に狙われることは必至。

 これについては王の判断だった。

 草原の国エクスダッシュ。そこに生まれた民が宿したチカラだ。悪しき存在に持って行かれぬように。その為にはバキにもっと強くなってもらう必要がある。

 たとえ一人になっても、その身を自分で守り切れるように。


 王は、ある提案をした。

 低年齢ながらもバキを王国随一の護衛部隊である『緊急討伐剣士スクランブルハンター』への入隊を推奨した。

 それには試験もあるが。バキは承諾する。


 その後、晴れて入隊が叶う。

 漫画を読んでいただけで国家を揺るがす能力を手に入れてしまった少年、バキ。

 悪しき王が治める国もある。本人の心を得られずとも利用する。できなければ抹殺も有り得る。

 そんな可能性は充分に秘めているとの報告をルクの口から受けた。バキとルク、ふたりは出会い頭に相まみえて死闘となったのだから。

 ルクはすでに『緊急討伐剣士スクランブルハンター』に席を置いていた。

 報告の信ぴょう性は相当なものだ。


「いまは我が国の緊急討伐剣士スクランブルハンターに属していられることを誇りに生きるのだ。真実の百人力、千人力となったなら、好きに名乗るが良い」


 バキは王の言葉をその小さな胸に刻んだ。

 決して、いつまでも部下でいる必要はない。

 お前は、我が民なのだ。守ってやる務めが王である自分にはある。

 それを「どうか全うさせてくれ」と王に頭を下げられたようなものだ。

 そのような扱いをしてくれた人間はこれまで一人もいなかった。

 孤児だったことを恥じる暇もなかったが、バキは親の愛を知らずに生きて来たから、この王への感謝の気持ちを忠誠心で応えるのだと決めたのだ。


 バキは悔し涙以外で、その大きな瞳に涙を浮かばせたことはなかった。



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