第4話 コンビ
ふたつの国の関係は良好である。ということが、ここまで足を運んできた彼らの会話からもくみ取れる。国境といっても、背の高い金網のフェンスや防壁がある分けではない。川もなく、岩場でもなく、平坦な陸続きでそこには駅舎のような木造の建物が1つあるくらいであった。周囲には多少の雑木林が広がってはいるが。
普段なら当然のようにこの場所には、クロニクル側の警備兵が常駐しているはずだが、国内に危機が訪れたために現在は誰一人おらず、そこはもぬけの殻だった。
彼らの会話の内容は緊迫というよりも、どこか悠長な印象を匂わしていた。
もっとも悠長にしているように思えるのは、バキとルクの2人だけだが。
「──ところで、おっさん」
「なんじゃ」
さきほど目上に対しての口の利き方を咎められたばかりだというのに。ルクに対して、バキの口から気軽におっさん呼ばわりの声があがる。それに対するルクの返事は以外に軽やかであった。それはもはや日常的な会話の流れのようであり、ルクは別に呆れ顔すら浮かべてはいなかった。
傍の兵士も案外平然としていた。一人は馬車の馬のたてがみを撫でてやり、やさしい気持ちが伝わったようで馬も涼しい目を見せている。
地図を広げる兵士が、そっと2人の次の言葉を待つように傍らで佇んでいる。
「王宮からの使いが来たのは昨日で、俺は宿舎に帰るなり、晩飯にもありつけず夕暮れ時に登城したよね」
食い物の恨みは後回しにしてくれ、ルクはそう言いかけた。
随分と緊急の伝令があったようだ。
しかし、2人とも王宮に仕える身であるのなら、それぐらいのことがあっても日常茶飯事ではないだろうか。
「飯の話じゃねえよ。おっさんってば、俺より王様との付き合い長いじゃん」
「まあ何だ。それはそうじゃが、こんな時に今さらな話だのう」
雪原の寒さは氷結の耐性魔法で物ともしないはずだが、ルクは着ていたローブの襟を掴みあげ、首をすぼめ、ふと空に視線を預けた。
「そんで、報告受けたのもおっさんで。俺は別のクエストで遠出してたじゃん。だから俺は登城には1時間はかかったのに……、先に着いてただろ?」
バキはその間の空白時間に何かしらの疑問符を投げかけるように、ルクを見た。
「なんじゃ。コンビじゃから、ともに参ろうと城門の前で待っていたのが気に喰わんかったのか?」
若いバキの言い方もあるだろうが、口を開く度にバチバチと火花が飛び交うような重たい空気が漂った。いつ喧嘩腰の会話に発展してもおかしくない流れに、内心ハラハラしていたのは傍に佇む兵士だったことだろう。毅然とした姿勢と言葉遣いで振る舞ってはいるが、額から冷汗がにじみ出るのがわかる。
無論、その会話の緊迫感によるものだ。この場には兵士2人とバキとルクの4人だけしか居合わせないのだから。
顔を強張らせていることは誰の目にも明白である。
交わす言葉は何気ない日常のものだ。
その声のトーンも穏やかではある。ただ物言いが少々尖っていた。一介の兵士が兵士長クラスに対し、こんなに突っかかる言い方をすれば、どうなるのかは目に浮かぶようだ。
だが、先ほどバキがルクに対して王との仲が長い、と聞いた時点で傍に立つ兵士の瞳孔が開いたのだ。
「新婚生活で平和ボケするようになったのか? 今何時だよ」
「昼時じゃな。やっぱり腹ごしらえがしたかったのか……それならば素直に」
そう言えば良いだけだろう、と言いかけるルクの言葉を制して、
「そんなもんいつでもいい。早朝から馬車でやって来て昼時だぜ。──そろそろ真相を聞かせてくれたっていいだろ? コンビなんだから」
ルクが何かを伏せていると勘ぐったバキは目を細め、鋭い眼光を向ける。
眼光の見つめる先がルクに向いていて、心底良かったと、視線は地を差し、そっと口を閉ざす兵士。
バキの言葉の節々に少し拗ねた物言いがあったようだ。
コンビだというのに隠し事をされては苛立ちも目立つようになる。兵士は2人のこんな会話の先に波乱の予感が見えたのだろう。おそらく経験済みなのだろう。どうやら、バキは人を疑うことを知らない平和的な輩ではなさそうだ。
「ほう、気付いておったのか。馬車のなかで退屈じゃったのに聞かれなかったもんじゃから、つい言いそびれておったのじゃ」
「ほう……じゃねえよ!……まあ、気付いたのはさっきなんだけどな」
ほんのりと相棒という感じが滲んでくるような、和みの表情に変わった。まるで梅雨時の空模様のように曇ったり晴れたりと落ち着かないコンビを傍で見させられるこちらの身にもなって欲しいものだと、兵士は胸を撫で下ろす思いで息を吐く。
「さっきとは、どの辺のことじゃ」
「たしか、クロニクルに来るのは初めてなんだろ?」
「いかにも」
「兵士は町の名をサクレノといっただけだ。おっさんは、ともしびの町といい、そこが戦禍の現場だとつぶやいたじゃないか。……なんかを前以て知ってんだろ」
鋭い指摘を披露できた自分が誇らしいようで、バキは鼻息をふんっと荒くした。
「いかにも、言うたわ。わしは魔法使いじゃ。知力で勝負するジョブだし。物知りでも不思議ではないがな。まあ、それでも合格点をくれてやろう」
「なんだそれ!? 俺を試すためにわざとつぶやいたのか? それに俺たち……「
気づいたことは、すぐに問う。勘も養われている。
いじわるをするなという、彼の表情がまだどこか、あどけなかった。
「いかにも。……いじわるはしておらんがな」
していないと言いつつも、バキを見るルクは照れ笑いした。
「いちいち
「お前さんの腕は認めておるが、じつは少々厄介なことに備えて、おつむの方も試されるかもしれんのじゃ。クロニクルの王を訪ねる道すがら、話そうかの」
只事じゃないのは百も承知だったはずだが。意地悪で情報を伏せていた訳ではないとルクは答えた。その真相はさておき。
何にせよ、彼らは国内最強のコンビ。
【
それが草原の国、エクスダッシュ国での、2人のコンビ名だ。
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