『雪凪刹那③』

 余談。


 森を下り、汚れ切った制服姿で彼女と共に探偵の所へ向かっている時の会話である。


「そういえば、さっきは浮いてたお前だけどさ。なんで今は浮いてないんだ? なんか操作出来たりするのか?」

「いーや、操作できないよ。不定期で、勝手に浮いちゃうの」

「不定期で浮くって、まじかよ」


 そりゃあ恐ろしい。

 いつも浮いているヤツが、急に調子に乗ってクラスで一発芸を披露したあげく激滑りした時ぐらい恐ろしい。

 そして、この”例”に使ったのは実体験じゃない。

 それはいくらなんでも僕じゃない。

 というか、僕はクラスで一発芸をするほど頭がおかしくない。


『能ある鷹は爪を隠す』のだ。


 そんな簡単に自分の実力を他人クラスメイトに晒すわけなかろう。


「そうそう、だから私は私で苦労しているわけ」

「じゃあ、雪凪せつなぎ。学校で浮いちまった時はどうしてるんだ?」

「え? 机に必死に捕まって誤魔化してるけど。浮いちゃうとね、本気で捕まらないと大変なことになるの。だから机に対してうつ伏せになって、机の両端を掴むんだよ?」

「ふーん、って、奇行すぎないかそれ!? もしかしてお前、僕の隣のクラスでそんな格闘してたのかよ」


 授業中、急にうつ伏せになって机の両端を掴み始める、か。

 傍から見れば、ああ、うん、キ〇ガイの一言だろう。たとえ高嶺の花でもあり、『黄金の絶壁神』でもある美少女である彼女に恋をしている少年がいるとしよう。もしそんな乙女心持ちの少年が、憧れの薔薇が、そんなことをしていると知ったらどうだろうか。

 そりゃあ冷めるだろう。

 冷え冷え冷え〇タだ。


 因みにだが『黄金の絶壁神』というのは今、僕が名付けた。

 とあるカードゲームのカード名をオマージュしてみたが、どうだろうか。


 いいや、なんかしっくりこないな。

 どうせ仇名あだなをつけられるんだ。怒られるようなものぐらいが丁度いい。まぁ怒られたくないから、心の中でだけでしか言わないようにするんだけれども。

 それより、どんな仇名にするか。


「奇行でも、仕方がないでしょ。クラスメイトには尿意が! 尿意がまずいの! って嘘ついてたから大丈夫だと思うし」

「うわぁ、そっちのほうが大分マズいと思うのはこの僕だけだろうか」

「なによ? もしかして、ドウテイで変態な緋色坂クンからしたら、私が毎回浮いてるたびに無抵抗にクラスでスカートの中身を見せてしまうようなラッキースケベ的な展開を妄想してたり? うわ、キモイね流石に」

「そんなことしとらんわ! というか、お前みたいなヤツに需要なんてないから、ああ!」


 そもそも、仇名とは相手に親しみを込めて呼ぶための”愛称”とは異なり、悪評、事実無根の評判や人間関係のいざこざを噂する名前という意味である。

 また渾名あだなというのは愛称と同じような意味であり、仇名とは意味が異なる。


 そうだな。

 悪評、か。

 自分のコイツに対する実体験でもいいだろうか。


「まぁそれはおいておいても、君が変態だっていう証拠はあるよ?」

「どんな証拠だよ、言ってみろよ」


 っと、コイツの仇名を考えていたら変な話題が飛んできてしまった。もちろん、爽やか系イケメンの僕からすれば、この程度のおちょくりの対処簡単なんだが。

 仕方がなく意識をこれに割いてやる。

 ま、どうせこういうのは僕の動揺を誘うためのハッタリだ。コイツに対して変な事をした覚えはないし、問題はない。


 そこまでの大事にはならないだろう。


 そんな中で金髪ツインテールは人探し指を口に当てて不気味な冷笑を浮かべて、囁く。いや、それは誤解だ。

 大声で、周りの視線なんてないも同然と、叫ぶようにソレらを陳列した。


「そりゃあ、緋色坂徒京という人間が前、ほがらかに自身の髪性癖について話していたことかな? 『僕はな、ツインテールがいいんだ。え? ショートボブ? あ~、無理無理! ああ、それとエルフが良い。エルフは素晴らしいよ。耳がいい、あのツンツンな耳が美しい! 舐めつくしたい! それに肌はいつまで経ってもツヤツヤなんだよね。ああ、それそれとロリ属性もあり!  ロリ体型の癖にお姉さんキャラ? えぇ、最高すぎる! ああ、それとそれとそれと! やっぱりビックな山は忘れられないよなぁ! 王道だよな! これを混ぜて出来たら、あら不思議!? ぼいんぼいんツインテールお姉さん系ロリエルフ美少女の完成────!!』って」


 ほらね、全然大したことないで……しょ………………って?


 おい、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て────!!!!。


 その瞬間、心臓の鼓動が早くなる。


 爆速だ。拍動数、一秒間に一万回ぐらいしていたかもしれない。いや、していた。体温は急激に上昇し、血液はマグマのようにマウナロア火山、体中が噴火したように燃え上がる。

 なんで僕はこんなに動揺している!?

 必死に脳内の思考回路に電流を走らせて、思考した。


 ふむ、なるほど。

 彼女が先程発した破廉恥にも程がある台詞はなんでか知らないが、身に覚えのあるセリフだったのだ。というか自分が言った台詞だ。

 だがコイツの前でそんな台詞を言った覚えもない。

 詳しくは覚えてはないが、言ってないはずだ。


 じゃあ、なんでコイツは知っている!?


「ななな、誰のセリフだよ!?」

「しっかりと認めたまえよ、緋色坂徒京クン?」

「フル……ネームで呼ぶなぁ!? 煽ってんだろ! 僕はお前にそんな台詞を言った記憶はないぞ!」


『僕はお前にそんな台詞を言った記憶はない』

 ここで自分の墓穴を掘ったことは、一生恨むべき失言だったとそのリアルタイムに感じた。


 それじゃあまるで、僕が別の場所でその発言をしたみたいじゃないか。


「ちゃ、ちゃうちゃうちゃう! 言ってない! 僕は断じてそうは言ってないぞ!」

「ニシシ、とら〇あ────」

「ぎゃぁああああああああ!!!!!!」


 僕は叫んだ。ただ叫んだ。


 彼女が唐突に発した単語が、聞き覚えのある”店名”だったから。

 同時に脳裏に映像が流れ込んできた。一か月前、ある少年が某健全な本屋さんで推しの作家さんの新作本を手にとってニヤニヤしながら気味悪くオタクあるあるの早口言葉を発動、連呼していた壮絶な現場。

 そんな地獄絵図が映り込んだのだった。


 悪いけど、ちょっと引いちゃうよね。


 え? その少年は誰かって?

 僕……だ……よ……?


 身に覚えがあって当然だった。だって自分自身がしっかりと一か月前に本屋でそんなことをマジで言っていたのだから。


「どこで、どこで見てたんだよーーお前ーーー!!!!」

「え? もちろん、緋色坂クンと因縁付られたあとだからね。ライバルの同行は観察するよ。ちょうど、本屋に立ち寄るのを視たから、君が本に夢中になっている最中、背後一メートル後ろから聞いてたんだよね。変態クンの独白をね」

「い、一メートル!?」


 え!? 僕が独り言で言っていたあの破廉恥な様々なセリフが背後一メートルで聞かれていたって!?

 待てよ。怖い! 怖すぎる!


「待て待て待て待て待て待て待て待て待て怖いわ怖いわ怖いし怖いわ怖いわ怖いし怖いわ怖いわ!」

「えぇ、そうかなぁ?」

「そりゃそうだ、このキチガイ鬼畜ツインテールストーカーがぁああああああ!!!!!」


 役満に役満を重ねた重神。

 彼女は確かに、常軌を逸した『キチガイ』で、まぁ容姿だけでいったら僕の性癖にヘッドショットする『ツインテール』に、ただただ単純に先程の話を聞いた感想の『ストーカー』。

 それらどれか一つですら充分なのにも関わらず、彼女は全てがそろっていた。エグ〇ディアだった。


 キチガイ鬼畜ツインテールガール。

 略して、鬼畜ツインテ。


 そしてそれが、僕の中での彼女の”仇名”となるのだった。



 数十分経過。



「はぁ、着いたぞ」

「なんか疲れてるようだねぇ、なんでだろうね?」

「テメェの所為だよ、神楽鐘かぐらがね雪凪せつなぎ

「えぇ~?」


 或間駅前のベーカリー『夢丸』。

 ベーカリーということは、パン屋さんなのだが。どうやらこの店では、パンを売るほかにカフェも営業しているらしい。

 美味しいパンと一緒にコーヒーを飲む。

 ふつうの女子高校生たちがお洒落と感じるのか、ここは毎回騒がしく混んでいる。


 駅を自転車で通過する時によく、行列になっているのを見たもんだ。


「お前の大声が原因で、きっと僕の性癖が町ゆく人々数人にバレただろうしな」

「大丈夫! 誰もそんなの気にしないから」

「むむ、いや、そうだけど。精神的ダメージってのは大きいんだぞ? いくらこの僕でも、メンタルは弱めなんだ」

「だから、大丈夫だって」


 そんなことはない。ここは認めるわけにはいかない。

 断じて否定させてもらおう。


「……はぁ。なんで僕の周りのヤツらはこんなヤツらしかいないんだろうな」


 もっとも、僕に関わってくれるヤツなんて木色とコイツ、そして妹ぐらいしかいないけどね。

 いや、そんな悲しいことを思い出させないでくれ!

 いや、悲しくないけどね。別に関わる人がいなくたって、友達がいなくたって、まったくもって悲しくもないし虚しくもない。

 逆にだよ、友達が出来て何の利点がある?

 そんなものが出来てしまったら、失った時の代償がでかくなるだろう? そうだ、僕が友達を作らない(つくれない)理由ってのは単純なんだ。


 友達を作らなければ、何も持ち合わせていなければ、失うという行為がなくて済むのだ。そう、失うものがなにもない。無敵フィーバーな人間かいぶつ、それこそが僕なのだ。


 友達がいない、悪いかよ?

 失うものが無い人間ほど強いヤツは、この世界に一人ともいないんだよ。

 少なくとも、僕はそう思うね!


「こんなヤツらって、なによ。馬鹿にされたーきーぶーんー」

「この僕にストーカー紛いなことをしておいて、馬鹿にされるだけで済むなら安いもんだと思え。一般人なら普通に通報している案件だからな?」

「大丈夫、一般人なら私が後ろにいたことさえも気づかないしさ」

「そういう問題じゃねぇよ」


 誰にも見られてないからって犯罪が犯罪じゃなくなくなるってわけじゃあないんだよボケナス。


「ま、そんなカッとすんなって? 老けるよ? 白髪出るよ?」

「うっせー‼ まだ高校生なのに若白髪が生えてきて、洗面所の鏡の前でちょっと心配になった僕のことを気遣えよ!」

「あぁ」


 しまった、口が滑った。


 おいおい。

 そのせいで、彼女は『あ、マジなんですか緋色坂さん』みたいな引いた目しちゃってるよ。黒くて、濁った眼光だよ。ていうか、なんで馬鹿にしてきたアイツの方がシラケてんだよ。

 シラケていいのはこっちの方だよ。泣いていいのもな。


「ごほん、と。よし、これ以上アイツを待たせてると冗談抜きでキレられそうだからな。早くいこう。お前の話もアイツが怒ってたら聞いてもらえないだろうしな」

「げっ、それまずいじゃん。早くいこか」

「……自分のこととなると、急ぐんだな」

「そりゃそうだよ? だって、自分のことなんだから」


 自分のことだから、自分第一になるは当然。自然の摂理として、僕もそのことを否定したりはしない。自分第一という生き方を否定するなら、緋色坂徒京という存在を否定するのと一緒だからな。


 まぁ今の発言は、ちょっと愚痴ってみただけに過ぎない。


 まぁ自分のことを優先するのはヨシとしても、僕のことを馬鹿にするのだけは止めてもらいたいものだ。


 そう思いつつ、喫茶店パン屋さんのドアと同化した手を回すのだった。



 ◇◇◇



「どうやら君の時計は壊れていたようだね、徒京クン」

「……どうやら、道に迷っちゃったんだよな」

「毎日の登下校に使用している道沿いなのにも?」

「────」


 最初に言っておこう。

 この探偵『小南こなみミト』には冗談が、冗談抜きで伝わらない。店に入って左側、カフェテリアエリアにあるソファー席のテーブルの一つで。まるでかの名探偵のように顎に手を当てて、彼はコチラを睥睨へいげいしていた。

 額がピクピクしている。怒っている。


 赤髪にサングラス、白衣を着た男。

 信じられないって? なら、もう一度ご唱和下さい。

 この探偵は『赤髪にサングラス、白衣を着た男』である。

 ……不審者だな。


 一見するとただの変人だが、コイツこそが僕をこき使っている探偵である。


「ま、私もね。ちょっとばかし、助手が予定より二時間ほど遅れたぐらいで怒るほど大人げない人間になったつもりはないのだよ」

「そうか、そりゃ助かるけども」


 どう見ても怒っている様に見えるんだよ、僕から見たらな。

 激おこぷんぷん丸ってヤツだよこれ。


「今回の事件は言わば強盗を捕まえろ、っていう簡単な依頼だ。緊急性は問われない。だから構わないとも、ええ!」

「完全に怒ってるだろ、あんた!」

「そんなことはないさ。ああ、それと私のことをは先生と呼びたまえ」


 厭だね。

 そう心で否定する。


 絶妙な空気が流れる中で、探偵はちょうど店員さんが持ってきたコーヒーを手に取り、香ばしい匂いを堪能した後に液体を喉に入れた。

 う、うむ。探偵がコーヒーを飲む姿は、やはり絵になるな。

 羨ましい……、っじゃなくてだな。

 いや、たとえ絵になるとしてもだ。コーヒーを飲んだ後に目をかっぴらいてキリっとやる姿は、正直ちょっと、いやかなりムカついた。

 カッコつけているつもりなのだろうか? いや実際カッコイイけどさ、サングラスを外せばコイツはいわゆるイケオジって部類だし。

 でも言わないのが僕なりの優しさなのだ。


 というかそんなこと言ったらカウンター食らいそうで怖いからな。

 事なかれ主義の緋色坂徒京にはこの選択が妥当なのだ。


「取り敢えず緊急性はない。座りたまえよ」


 まだ隣にいるツインテさんには触れない。

 僕と雪凪はアイコンタクトを取って、小南と相席する。テーブルをまたいだ反対側の席に二人で座り、彼と対面した。


「あ、えーと」

「で、要件はきっと彼女だろう」

「ああ、そうだな」


 鋭い視線が、僕の隣に突き刺さる。


「コイツは、えーと、神楽鐘かぐらがね雪凪せつなぎ。僕の同級生だよ」

「ふむふむ。あぁ。私は感動したよ」

「何にだよ」

「徒京クンが人間を連れて来たことに」


 はい?

 そこはせめて、異性を連れてきたことに、だろうが! なんだよ人を連れてきたことにって? 僕はコイツに対人恐怖症とでも思われているのだろうか。いや実際、ソレ紛いであって友達なんてつくりやしないので、よそから見ればそういう風に見えるのかもしれないが。


「感動、いや感激か。観劇して感激したよ」

芝居げきじゃないわ! 僕だって、異性ぐらい連れてくる! ……それに、変な関係じゃないからな。ただ困っていたから連れてきただけだ」

「はぁ、ならば君が助けてやればいいじゃないか」


 どうしてまた、こんな質の悪い。

 僕はただの狼人間であり、コイツを助けてやることなんて出来ない。だがコイツはきっと助けてくれるだろう。

 だから紹介したのだ。


「僕には無理だ。だけど、ただ困ってる人がいたんだ、無責任かもしれないが、そのまま放置することなんて出来ない、だから連れてきた、解決出来るだろ人に。それに呪いで困っている人がいたら連れてこい。って言ったのはあんただろう」

「そうだったかな?」

「そうだよ、とぼけないでくれ」

「まぁいいだろう。私はこれでも探偵だからね。ちょっとした怪事の原因を追及するなんて簡単なことだ、なにせそれが仕事なんだからね。なに。辛くはないさ、面倒なだけでね」


 クク、と彼は微笑した。

 何が面白いんだろうか。もう二ヶ月ぐらいの付き合いだが、コイツの笑いのツボは全くもって分からない。

 まさに奇想天外、だ。


「じゃああんたは、コイツを助けてくれるのか」

「ノー。私は半分助けるが、半分は助けない。するのは、事件の原因解明だよ。それが探偵の仕事だと、今さっき言っただろう。最期のピースをハメるのは、私ではない。それと私のことは先生と呼びたまえ」

「……」


 ああ、やっぱりそうか。

 コイツはいつもそういう。


 やはり、コイツは変わらない存在だ。

 一週間前も、二ヶ月前も。

 何一つ言動も、意志も、全てを貫いて生きている。

 まるで思考が固定されているように。


「では、問答を始めるとしよう。いくら私が名探偵でも、少なくとも少量の情報がなければ、推理なんて出来たもんじゃないからね。……そして、そこで推理するかどうか判断しよう」



 問答開始────になるはずだったんだが。

 彼女が口をはさんだ。



「ねぇ、ちょっと待ってよ。私はまだ、この人を信用したりしてないんだけど。探偵探偵って、名前も知らないし、ただの探偵が私のこの良く分からない現象を解明出来るっていうの? 正直、信じられない。探偵って、浮気調査とかしてる存在なんでしょ」

「ふむ」


 おいおい、急に何か喋ると思ったらトゲトゲしてる。

 まぁ確かに、雪凪の言う事もちゃんと一理ある。普通の人間なら、いくら同級生に紹介された人材といえど、正体不明の探偵なんて信用できるもんじゃないし、何か色々と質問されても嫌なだけだろう。


「なるほど、その警戒心は大切だ。今の若者はなってないからね」

「ねぇ、質問に答えて? あなたの名前は? あなたの本当の仕事は? 実績は? 何歳? 普段は何をしているの?」


 かなり攻めたな。


「分かった、答えよう。だが依頼人から逆質問とはね。……質問に答えることも仕事の一環だ。だから相応の対価は必要だが?」

「もちろん。払うよ、何円?」

「私は現金が嫌いでね、体で支払ってもらおうか」

「え……」


 かなり攻めたな!?


 探偵、その発言はコンプラ的にアウトなんじゃないですか! どうなんですかね。僕の心の中がハラハラしてるよ。グレーゾーンなら、神様から警告されちゃってこの世界消されるよ、やばいよやばいよ。

 それに雪凪は高校生だぞ、法律に引っかかってレッツゴープリズンだよ。もしかしてプリズン〇レイクしてくるの?

 しなくていいよ、別に。


 それにほら、肝心の雪凪さんも目が死んでるし、引いちゃってるし。


「なに、私はこんな幼子に興味はない。体で支払うというのは、性的なことじゃないからアンシンしたまえ」

「それでも探偵なの? 私、信じられなくなってきたんだけど……」

「ガチ引きされると、いくらメンタルの強い私でも悲しいという感情が芽生えるのだが」


 被害者ずらするなと言いたい。

 ここで野次を入れるのとついでに、ただの悪口も言ってやりたいぜ。だがここでは、動じた様子もなく真顔の探偵。

 というか、コイツも冗談が言えるんだな。

 いや、冗談に言い慣れてないせいで、彼女に冗談だと認識されてなかったけど。冗談っていうのは、受け手が”冗談”と分かってくれなければ成立しないのだ。

 言葉遊びのプロでもある探偵さんなら、それぐらい分かってると思うのだが────。


「ともかくだ。そういう意味ではない。ただ肉体労働、そうだな……今回の盗人を捕まえてもらう、ぐらいはしてもらおう。なに、それだとお釣りが出てしまうからな。ここで確約しよう。君の悩みの原因は解明させるさ、質問にも答える。それでいいだろう?」


 どうやら、はやく話を終わらせたいらしい。

 どうやらこの探偵が今日僕を呼び出した理由であろう、盗人を捕まえるのを対価に質問も答えるし、彼女の悩みの原因を探ってくれるらしい。

 それだけ肉体労働が面倒くさいのだろう、コイツ的には。

 でも、その交渉には僕程度でも気づける問題がある。


「それじゃ本末転倒でしょ。私があなたを信用するに値するかどうかを、質問しようと思ったのに」


 そうだ。その通りである。

 第一、この話になったのは彼女が、このインチキスーパー詐欺師が本当に自分の悩みを解明することの出来る探偵かどうかを探りたかったわけなのだから。

 それを調べるためにもし働いて、それでコイツが本当に詐欺師だったとしたら? タダ働きになってしまうし、ムカつくだろう。


「もちろん、君が私に渡す対価っていうのは”後払い”で構わない。言っただろう、盗人の件に緊急性はないとね」

「そう、なら分かった。そうさせてもらう」

「ああ、そうしよう」


 後払いか。

 確かに、それならば……彼女にとって利点でしかない。それに探偵もこの約束を反故にする理由はない。

 彼の信条的に裏切らないとは分かっているが、ここで約束を反故にしてしまえば彼の本来の目的が達成出来ないからな。


「さて、話もまとまったことだ。まずは君のターンだ。私によく質問してくれたまえ」


 こうして、本来とは逆の立ち位置である問答が始まるのだった。

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