『雪凪刹那②』
チェーンの外れたママチャリを校門前に置いて、ゆっくりと、そして段々と速く、走り出す。曇天の空、絶対零度の大気、アスファルトの冷めた地面。
凍結した全てを僕が吸込み、そして吐く。
先程まで固まっていた体が熱を持って暑くなった。
ああ、この身で走るのは久しぶりだし疲れるな。
「はぁ、はぁ、……はぁ!」
住宅地の道路を走り抜け、街中を通り抜け、どこかへ向かう。
必死に走っている僕は相当に醜いのだろう、町行く人々から冷めた目で見られた。くそう、まるで獣を見る目で見やがって。自己嫌悪で病んで死にたくなるのを我慢して、無我夢中に走り続けた。
肝心の
一瞬出てくる彼女の影がなければ、自分も彼女を追跡出来ていないだろう。
「なんでアイツ、あんなに忍者なんだよ!」
音もなくふわふわと飛んでいくアイツは、幽霊みたいだ。もしかすると本当に幽霊なのかもしれない。
ある程度まで走って、なんとなく向かっている場所に見当がついてきた。
「この直線上にあるのは、
どうやら、目的地は山らしい。
太陽は沈みかけている。
早く追いついてママチャリの恨み……ごほんっ、あの浮いてることをキカナイト気が済まないし、家の門限に後れてしまう。
脚の加速もラストスパートだ、本気を出して僕は走ることにした。
看板を超えて、ガードレールを超えて、柵を超えて。
ただ進んだ。
◇◇◇
「げほぉぃ! ごほぉっ! うげぇ! あはぁ、はぁ、はぁ。疲れた。ああ、久しぶりに全力で走った」
逢魔が時。
膝に手をついて荒息で喘ぎながらも、森の海の空気を大きく吸い込んだ。それよりも、と辺りを見渡して舌打ちをする。
見失った、か。
この闇に飲み込まれつつある森の中でたった一人、人探しをするなんて不可能にも程がある。
「こりゃ、見つけるのはむり……じゃない。僕は探す」
下げていた顔を上げて、息を整えるついでに森を歩き始める。
北西の風が木々を靡いて、心地よい冬眠の環境だ。
枯葉がぺらりぺらりと落ちていく。
くしゃみが出そうでもある。
「へくしょん!」
やはり出た。
身震いしてしまうし、時間感覚も忘れてきた。
というか、これからどうしようか。
そんな悩み事が一つぽつんと浮かぶ。
帰り道ってどこだ。
同時に、昔聞いた話を思い出した。
樹海。元は富士山の麓の公園内に広がる森林地帯が、風になびいて森林が海のようにうねるように見えたことから
樹海と呼ばれるようになったらしい。そして、ここもまさに樹海とまではいかずとも大陸棚ぐらいはあるだろう。
大陸棚で迷ってしまったのだ、ボクは。
「そして、樹海には色々と怖い都市伝説があるんだよな」
そう、都市伝説。
名前は違えど、あらゆる時代、あらゆる土地、あらゆる世界に存在するであろう噂話だ。樹海にまつわる都市伝説として『樹海はコンパスが効かない、迷いの森』であったり『樹海にはそこら中に死体が転がっている』、『樹海には人を襲う動物がいる』などなど。
「……思い出せばどれも怖い話ばかりだな。いや、都市伝説ってそういうもんか」
人間というのは何故か知らない怖い話が好きなんだ。多様性? いやいや、これは絶対にそうだと僕は断言するね。
じゃなきゃ東西南北、古今東西、俳句や詩を始まりとして幽霊をテーマとした話が絶えないのは理由がつかないからな。
「樹海廉価版、大陸棚ね。冗談抜きで冗談にならねぇぜ」
で、だ。ここは大陸棚。
樹海の亜種みたいなものである。つまるところ、もしかすると────ここにも、そのような都市伝説が当てはまってしまうのかもしれないと考えてしまう。
まぁ僕は怖いもの知らずだし?
都市伝説とか聞いたって、怖い話を聞いたって、夜に一人でトイレ行けなくなったことなんてないし?
別に急に物音がしたって、驚かないし、叫び声すら上げやしないし?
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
きゃぁああああああああああああああ!?
失敬。
思わず叫び声が森の中で聞こえてきたので、心の中で叫んでしまった。……ほら、ほらな? 急に物音がしたって僕は驚かなかっただろ? そうだろう? もっとも、驚きすぎて失神しかけて、口が開いて、喉と心臓と肺が破壊されて、絶叫よりも酷い状態だったのだが。
って、待て。
今の叫び声、誰のだ?
「あれ、聞き覚えのある声だなって……
……めちゃくちゃ怖いけど、あの
だから足を再稼働させて、僕は声の方へと全速力で走り出した。
◇◇◇
あれから数十秒後。
僕の視線の先には一人の少女が映っていた。その少女の名前は『
輝くような黄金ツインテールをした彼女は涙目で体育座りしていて今は一応浮いていない、地べたにいるが。
するとあら不思議、何もしてないコチラ側が申し訳なってくる、策士だ。
「あ、あのー。どうしました?」
「うぅ……うぅ、ぅう」
「ちょ、鳴くのやめてくれません!? こっちが悪くなってくるんですけど!?」
「ニシシ」
「ニシシ?」
はい?
体育座りをして顔を下げていた彼女の方から、なんか笑い声が聞こえてきた。ニシシって、なんだろうか。
西新宿? 西氏? にしんそば?
全部ちゃうなぁ、ほな笑い声か。
じゃあ僕は笑われたんか!?
ただコイツのせいで自転車に転ばされてなんだなんだと思ってたら、ソイツが同級生で、因縁の相手で、浮いてるとかいう役満属性だったから追いかけちゃっただけなのに。
なんで笑うんだよ!?
ただ僕は気になった相手に許可なく、ただ追いかけてただけなのに。
あれ、僕これじゃあストーカーじゃね!?
確かにこれなら泣かれるのも分かる。
笑われるにも分かる。
下手したらあの絶叫も、自分の所為だったのか?
全部合点がいくのが怖いです、僕は。
「な、なんで笑う!」
「笑ってないけどね」
「じゃあなんだ今の声は!」
「んーとね、ライバルに対する精神的攻撃」
僕がさきほどまで散々天才と呼んできたコイツに馴れ馴れしい態度を取っているのにはちょっとした理由がある。それは二ヶ月前にちょっとしたいざこざがあったのだ。とはいっても、些細なモノ。部活動対抗スポーツ大会での話。
話せば長くなるので、今その話を紹介するのは止めておく。というか、話したくないから話さないかもしれない。
なにせ、僕ら帰宅部チームはぼろ負けだったから。
まぁそれはいいとして。
どうやらコイツは、軟弱な僕のことをからかっているらしい。なんてヤツだよコイツはさ。
さきほど、走ってここに来た時も彼女は体育座りですすり泣いていたから実に驚いたものだ。
「ライバルに対する、か。言うようになったじゃないか、
「分かりやすい嘘、乙」
「……なぜバレた」
「け〇き坂さんは嘘つきだからね」
「僕の名前は緋色坂だ。あのな、それだと唐突なアイドルへのネガキャンみたいになるぞ」
うげ、と彼女はべろを出す。
か、可愛い……とは言わんぞ! 僕のプライドはそれを許さない。僕の男としての、ライバルとしてのプライドがそれを許さないからだ!
「それよりも! なんで追いかけてきたのかね、ねぇねぇ。この美少女な私に対して欲情したのかね?」
「してねぇよ!」
「じゃあなんでついてきたのかね? 私、疑問だよ」
「そんなの、お前がなんでか浮いてたからだろ! というか、その口調やめろ。なんかムカつくんだよ」
その声を聞くと、嫌な奴を思い出す。
「まぁまぁ、落ち着けってブラザー」
「僕はお前の弟または兄になった覚えはない!」
「ありまーす。喧嘩した覚えはね。喧嘩した仲、つまりはブラザーでしょ?」
確かに喧嘩した覚えは……、ある。
滅茶苦茶ある。
二ヶ月前も、そうだ。
だがそんなのは良い。
「はいはい、じゃあ分かった。教えてくれよ。その体質の理由をさ、ブラザー」
「げっ、私の攻撃を返された……っ」
「そうだとも」
「んん~~、教えたくないね」
口を指でチャックする雪凪。
どうやらよほど話したくないらしい。
さて、これはどうするか。いくら自分でも、口を開きたくない少女を無理やりして話を聞こうとするなんて無理だ。
僕は紳士だからな。
「ふぅむ」
どうするか、と腕を組んでみる。
すると彼女は言ってくれた。
「だって一般人を巻きたくないし。君とは対等なライバルでいたいからね」
「対等なライバルねぇ。僕は一般人ねぇ」
まぁ、そうかもしれない。
クラスでは人気者だが、物理的に浮いている天才少女と、クラスで浮いているただの男子高校生。それのどこが対等な関係、ライバルと言えようか。
僕はコイツの事をライバルだとは認めてないし、認めることは出来ない。言葉では反抗するが、心の中では彼女が天才であるが故に隔たりを感じている。
つまるところ、彼女は特別な存在であったのが加速して、世界からズレた存在になってしまったということだ。だからそんなまだ良く分かってない世界に一般人を連れ込みたくないのだろう。
これはあくまでも僕の推測であるのだが。いや、違うかもしれないな。
きっと、これは、予想ではなく、本当だ。
あの時の出来事で彼女の優しさには触れている。知っているからな。アイツが、僕の噓を噓だと知っているのだから、僕は、コイツの真実を真実だと知っているのだから。
なるほど。
だがその気遣いは間違っている。
ぼく、緋色坂徒京は一般人である。確かに二ヶ月前までは、確実に、一般人であり、普通の人間であった。その言い草だと、今は違うと否定しているように捉えられるがその通りなのだ。今、ふつうの男子高校生を自称している緋色坂徒京という人間は、人間ではあるものの、一般人ではない。
諸事情により”探偵”に手伝わされているし、荒事をさせられるし、そして何より。
「そうそう、だから私はね、話さないよー」
「ぐるぅっ!!」
「え?」
その時、草を掻き分けてコチラへ何かが神速で迫ってくるのを聞いた。速くて常人には理解すら及ばない。ドスンドスン、と足音がこだましている。
どうやら音的には”巨大な動物”だが。
耳を澄ませて、よーく聞く。
距離にして五百メートルもないか。
「ふむ、樹海の都市伝説もあながち間違ってないのかもな」
「はい?」
「なぁ、
「どういうことだってばよ???」
「端的にいうと、クマ倒せる?」
「え? クマ?」
「そう、クマだ」
烏が鳴いて泣き叫ぶ。バタバタと飛んでいく音は不吉を予感させる。
まぁこんな感じで音が平坦な会話を織りなしていると、ソレは飛来した。ぐわぁと、唐突にソイツは草を掻き分けて獲物を狙って牙を剥き突撃してくる。
それは、全長にして二メートルぐらいだろうか。
ソイツは、やはりクマだった。
「ちょ、私は浮けるだけだからクマはムリぃぃ!?!?!?!?!??!?!?」
そういえば、或間山の麓にクマ出没注意の看板があったな。
「じゃあ、ここで見せてやる」
「へ?」
「僕はお前と同じように一般人じゃないってことをな!」
服の袖をまくって右腕の肌を露出させた。
さて、ここで彼女に一般人ではないアピールをするのと同時に、恩をきせることで、話を聞けるかもしれない。
まぁ実際、聞きたいから彼女を追ってきたという理由もあれば、
取り敢えず、目の前のコイツを撃退しようと僕は全速力で腕に力を込めて、寸前一センチメートルまで迫ったクマを殴った。
普通ならば効くことのない一撃。
しかしクマはその一撃で気絶した。
「え!?」
「ほらな、違うだろ」
「……」
雪凪は絶句していた。その理由はきっと、僕が一撃でクマを倒したということと、僕の”右腕が獣の様なモノに変化していた”からだろう。
黒色の毛で覆われて、先端には鋭利な
ただの凶器同然の腕。
そんな凶器の腕で殴ったものの感触的に殺してはいない。というか僕にはクマを殺すことは出来ない。一発殴って気絶させることぐらいは頑張ればできる、程度であってそこまでの殺傷能力は持ち合わせていないのだ。
もしそんな力で殴ろうとするなら、僕の腕が骨折するだろう。粉々に粉砕だ。
「……え」
さて、言いきれなかった事をあえてここで、かっこつけさえながら言わせてもらうとしよう。
気絶し地面に崩れ落ちていく巨大物体を前方にただ心の中で言った。
僕、緋色坂徒京は一般人ではない。
諸事情により”探偵”に手伝わされているし、荒事をさせられるし、そして何より。
────狼なのだから。
◇◇◇
僕は二ヶ月前、親友の本当の姿に出会った。いつものように帰った後、僕の家を襲った怪物。それはまさしく僕の親友であって──、玄関で見た彼の姿は、手足がところどころ獣の様になっていて。
まさしく、化け物だったのだと衝撃を受けたのを覚えている。それから我を失っている彼に殺されかけた僕は不思議にも一人の人間と出会って、救われた。
それが僕を今こき使っている探偵様──小南だ。
あいつはあの時から、あまりにも胡散臭かった。
まぁそして、それから色々とあって僕は半分人間半分狼の様な存在になってしまったのだが。外見は普段人間よりになっているものの、中身……、人格的な部分はともかく、魂の半分が狼に置き換わっているらしい。
正確には狼の”化け物”に、らしいが。
だから今の僕は狼の化け物が持っていた力を使うことができる。
だがもう本来の力は廃れてきっていて、今に行使できるのは残り香程度のものらしいが。
詳しいところは、よく知らない。
で、そんな非科学的なはなし、誰が信じるかって? いやいや、そんなものスーパー天才である僕も信じられなかったさ。最初はね。
だがしかし、信じざるを得なくなった。
でなきゃ、この事象は説明できないのだから。
で、だ。
人外化け物と同化した当時の自分はいわゆる瀕死状態ってヤツだった。無理やり──そう、無理矢理に僕はあの狼に移り変わったのだから。
器は耐えきれず、僕の体が耐えきれるわけもなくもう指先一つも動かない、絶体絶命、このままいけば野垂れ死ぬだろう、ってレベルの損傷を負ってしまったのだ。
そんな状況の時に、またしても探偵小南が現れて「君のことを助けよう。だがその代わり、君には私の助手として三ヶ月の間役に立ってもらう。ん? 私のことをなんと呼んだらいいって? もちろん、先生だとも。私のことは先生と呼びたまえ」
なんて恩に着る形となったのである。
瀕死だった自分を助けてもらう代わりに、三か月間、僕は彼の助手として働く。僕と彼はそんな関係なのだ。
それに最初に狼から命を助けられたという恩もあるしな。
「へぇ、そりゃそりゃ。その二ヶ月前の事件って、私と会ったあと?」
「ん。そうか、そうだったな。お前とあったのも二ヶ月前だ。まぁおまえとひと悶着あったあとの話だな」
「ふーん、深入りはしないでおくけど」
街への帰路を
「ああ。で、お前はどうなんだよ
「え? なんのこと?」
「そんなの決まってるだろ。僕が一般人じゃないように、お前も一般人じゃない。だって今日の放課後、浮いてたじゃないか。物理的にな。というか、だから僕は追いかけてきたんだぞ? 慌てた顔してたし」
「……クラスで浮いてるのは君だけどね」
「一々五月蠅い!」
なんてヤツなんだコイツは。
デリカシーの欠片もない。僕が完璧で天才的な紳士じゃなければ、うるせぇ絶壁野郎が揉ませろとぐらいまでは言っていたかもしれないのに。
コイツの一言一句が人をイラつかせるのだ。
「はぁ、うるさいなぁ、これぐらいで。これだからドウテイなんだよ」
「ドウ……、テイ……? なっ!? 僕をバカにするなよ!?」
「じゃあ違う????」
「……違いません」
くそっ、処女の癖に──ドウテイだと僕をバカにしやがって。
これは到底許される行為ではない。
「じゃあお前はどうなんだ」
「私はもちろん処女だよ?」
「ほーらみろ、お前だって僕と同じ未経験弱者じゃないか」
「違いますーっ。私はあなたと違って、ちゃんと信念を持って意志を持って、ソレを貫いているだけ。これは、愛する人にあげるのだ♡」
「それじゃあまるで僕が、ちゃんとした信念を持たず、意志すら持たず、ふにゃふにゃしているだけだから何もできてない雑魚みたいになるじゃないか!?」
そうだとも! 彼女はそう胸を張る。
ああ、くそ。
そういうつもりなら、言ってやるよ、禁忌の台詞をな。
「絶壁のくせに」
「なんだって!?」
「は、いや。貧乳野郎のくせにバカにするのか……って……」
「きみ、今ので全世界の女性を敵に回したよ?」
「違うね。僕がバカにしたのは、処女で貧乳のくせに、ドウテイでソーセージの僕を馬鹿にする貧乳だよ。つまり、お前だ!」
すると問答無用で蹴りが飛んでくるものの、大丈夫、もちろん慣れている。なにせ僕は生まれて十七年間、木色という暴力魔を相手にしてきたのだからな。同じステージにいる木色と雪凪なら、コイツの方が一段レベルが下だ!
彼女はスカートの中身が見えることも厭わずに回し蹴りを発動するものの、腰を落として姿勢を低くすることでソレを回避する。
蹴りは僕の髪の毛を擦って、びゅんと風切り恩を鳴らした。
「あっぶないなっ!」
「ふんっ!」
どうやら、怒らせてしまったらしい。
もっとも、悪いのは僕じゃなくてコイツなのだが。最初に煽ってきたのはコイツのくせに、負けたら拗ねるのかよ。
「まるで子供だな」
「馬鹿にしないで、頭の良さなら私の方が格上ですけど?」
「違うな。お前は確かに勉強は出来る。だがな、勉強が出来るからってそれが頭の良さとイコールで結びつくわけじゃあないんだよ。世間には勉強ができる馬鹿っていうのもいるし、勉強のできない天才だっているんだよ」
そう。
世の中多様性だ。
そして金髪クレイジーガールに指を差す。
「そしてお前は勉強の出来る馬鹿野郎だ」
「なっ、どうやらキミィ。そうとう死にたいよ、ようだね?」
「そんなこと一言も言ってねーよ!」
彼女は目潰しする体制に入っていたので、僕は両手で自分の大切で可愛い両目をガードしながらそう叫んだ。
閑話休題。
それよりだ。
話が逸れてしまったが、こんな金髪絶壁ツインテール美少女を引き留めて、わざわざセクハラ紛いなドウテイショジョについて議論したかったわけじゃない。
僕がしたかったのは、コイツの浮いている…………いいや、その表現だと誤解を生むだろう。なにより僕が自分自身のことを自虐しているようで気付いてしまう。
だからココは彼女のあの現象を、浮遊とでも名付けておこう。
ゴロが悪いって? 慣れるさ、気にするな。
「それよりだ、雪凪。なんでお前は浮遊しちゃってたんだ?」
「さぁ、私にも分からないよ。明確なターニングポイントがあったわけじゃないからね」
「はぁ、そりゃ大変だ。原因不明ってヤツだな」
「そうなんだよ~でもこの場所に来ると、浮くのが治るんだよねぇ。あれかな? 夜空が綺麗だから」
「というと?」
「私、星を見るのが好きなんだよね。星を見つめてれば、つまらない感情じゃん? 星は綺麗でしょ──」
「なるほどねぇ」
そう言って溜息をつく隣人。
でも僕は見逃していない。
さきほどこの浮遊が何故起こったのか理由を聞こうとした時、彼女は『教えたくない』といったのだ。今度は分からない、で誤魔化そうとしているが無意味である。この探偵の助手である緋色坂徒京様には見抜けるんだよ!
わーはっはっはっ!!
最も、その内容なんて分かりっこないのだけど。
「なぁ雪凪。お前はさ、その浮遊が原因で色々と困ってたりしない?」
「…………もちろん、困ってるけど? 生活に支障をきたすしね。浮くっていっても、ほんの十分ぐらいだけど」
「大変だな」
空を見上げれば、既に暗くなっていて、緋色の月が懸かっていた。
「なあ雪凪」
「なに?」
「僕なら、お前をその体質から解放する方法を知っている人を知っているかもしれない。その体質を治したいのなら、紹介するか?」
そこで脳裏に思い浮かんだのが、憎き探偵だった。
「え、まじまじのまじ?」
「ああ、マジだよ。確証はないけどな、アイツなら知っている気がする」
「へぇ、そりゃそりゃ。じゃあ紹介。お願いしようかな?」
じゃあ早速、彼に電話して今から向かうと伝えておこう。そう思って、ポケットに突っこんでいたスマートフォンを乱暴に取り出して起動した。
ピピ、と無機質な電子音と共にあらゆる情報がディスプレイに投影されていく。
「……げっ」
「む。どうしたの急に苦い顔して、電池でも切れた??」
「違う、が。忘れていた」
そういえば、彼女を追うのに夢中で『探偵に今すぐ来るように』と呼び出されていたことを忘れてしまっていた。
電話アプリの不在着信二十三件を見てめまいがした様な気もする。
さて、ここでするべきことは謝罪……じゃなくて、言い訳を考えておくことだろう。ああ、そうだとも。
過ぎた事は変えられないとさきほど自分が話していたばかりなのだし、どうすれば激怒を回避できるか、うまく雷撃を喰らわずに済むかを考えたほうが得策だろう。
「あれ、スマートフォン切っちゃって。本当にどうしたのって?」
「いや、電話するのは止めた。圏外だったからな」
「さっき繋がっているように見えたけど?」
「そりゃあ幻覚だろうな。きっとその浮遊の副作用だ」
もっとも、主作用も害でしかないので悲しいもんなんだがな。
僕の
ジト目金髪天使はツインテールをぴょんと跳ねさせて、コチラを見上げるように腰を下げて目を細めたのだった。
そしてこう付け足された。
「そんなのサイアクなんですけどー」
その時、不覚にも鼻血が出てしまったのは言うまでもないことだろう。
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